23-3.応援したい(シュライゼン視点)








 *・*・*(シュライゼン視点)







 カイルに報告してから、俺は急いで転移を使って王宮に帰ってきた。


 何故なら、俺や父上にとって大変な事が起こったからなんだぞ!



「大変なんだぞ、父う​──ぅぇえええ!?」



 もう本当に緊急事態だと思った俺は、ノックもせずに執務室に入ったんだが。


 俺が叫んだ直後に、例の文鎮がいきなり飛んできて!


 慌てて避けて、また扉を破壊させてしまったんだぞ。


 あとで修繕の魔法をかけるからって、実の息子に容赦ないんだぞ!


 まあ、俺も部屋に入ってからはさすがにしまった、とかは思ったけど。



「​───────…………うるさい。もう少し静かに入らんか」



 どこもかしこも書類の山。


 俺の部屋もなかなかではあるが、やはり城の主となればその何倍もを処理する必要があって当然。


 これを、あと四日間で終われるか心配だ。


 かと言え、俺も今日のために急いで終わらせたものの、この後どれだけ溜め込まれたか、考えるだけでも恐ろしい。


 が、今は自分の身に降りかかる労働以上に知らせたい事があるのだ!



「おやおや、殿下。お早いお戻りで」



 爺やもいたらしく、書類の間から縫うようにして出てきた。


 父上よりもずっと歳上のはずなのに、仕事をこなしてる本人よりも涼しい表情でいるのはいつも不思議だ。


 俺の顔を見てから一度奥に行ったが、すぐに冷たいお茶のセットを持って戻ってきた。



「この有様ですので、立ちながらになってしまいますが」


「ありがとうなんだぞ。けど、今はお茶を飲む時間も惜しい! 二人とも聞いてくれ!」


「なんだ。マンシェリーとの自慢だったら、今は控えろ。俺は一刻も早く会いたいんだ!」


「そうじゃないんだぞ! マンシェリーもだが…………カイルが多分彼女に恋してる」


「おや?」


「……………………なん、だと?」



 爺やもだが、さすがの父上も羽根ペンを置いて即座に立ち上がった。


 その表情は、徹夜続きのせいで疲労が色濃く表れていても……アイスブルーのような冷たい色の瞳は、怒りではなく困惑となっていた。



「あれが……あれが、恋……だと?」


「しかも、陛下が決断されましたが……ご婚約なされた『姫様』にですか?」


「まず、想像してほしいんだぞ。叔父上の息子なのに、表情の変化がてんでないカイルが……ちょっとだけでも笑いかけるとか」



 俺の言葉に、爺やはにこにこと笑うだけだったが……父上は段々と青ざめていくので対照的過ぎた。



「カイルキアが……笑う? 笑うって、どんなんだ? お前みたいに高笑いするわけじゃないんだろ? マンシェリーにだけ……笑ったのか?」


「うむ。にこにこじゃないんだが、普通の女性なら絶対堕ちるやつ。叔父上が叔母上を射止めようとしてたやつみたいに?」


「…………やはり、デュファンの息子か」



 頭をがしがしと掻いてから、父上はどかっとまた椅子に座り出した。



「ほっほ。アクシア様に多大な尊敬をされてたあの方でしたら、ご息女であられる姫様にお惹かれなさっても……何も不思議ではありますまい」


「予想はしてなくもなかったが……義務感以上に好意を抱いたか。やはり、赤ん坊の時に一番に好かれていたのを思い出したのでは……」


「うーん、多分それだけじゃないんだぞ?」


「なんだと?」



 俺もまだ憶測の域を出ていないが、下手な推測で二人とも傷つけたくはない。


 だからこそ、父上と爺やには話すんだぞ。



「マンシェリーの前世……チサトって言うそうなんだが。健気でいい子なんだ。その彼女の気質が……母上とそっくりだったんだぞ。憧れてた人と外見だけじゃなく内面まで似通ってると、カイル自身も戸惑ってる部分も多い」



 だけど、それ故に惹かれていないとも言えない。


 それは、『チャロナ』か『マンシェリー』か。


 どちらに好意を向けているのか、あの視線と表情の変化だけでは俺も確定は出来なかった。



「それはあれか? 惹かれてるのは、『マンシェリー姫』だからではなく……チサトと言う存在を受け継いだままの、一人の少女をか?」


「だと思うんだぞ。マックスにも聞いたんだけど、義務感だけなら表情を変えるはずがないのに……この前の事件後に出迎えた時は、幼馴染みとして付き合いが長い彼でも驚くような行動をしたらしい」


「……何をした」



 あー、感情を爆発させるかもしれないけど言うんだぞ。


 俺も、数時間前にマックスの店で聞いた時はひっくり返ったしね!



「…………ちゃんとではないけど、抱擁しかけた」


「ほほぅ!」


「まだ婚礼前の娘に何してんだぁあああああ!」


「だーから、ぎゅっともしてないんだぞー」



 書類はひっくり返さなかったが、顔はマックスの目のように真っ赤になってしまった。


 まあ、たしかに。


 王として、庇護者に認定させたカイルが……マンシェリーに真実を打ち明けてもいないのに抱きしめかけたと知れば……こうなるのはわかってたが。


 けど、事実は事実なのでしょうがない。



「良い変化ではございませぬか? 姫様を一番に想われるお相手が元王弟殿下のご子息でしたら。政務側としては、王家の血筋の確約。ご家族としては、この上ない良縁ですぞ?」


「わかってる……わかってるんだが! シュラ! マンシェリーの方はどうなんだ!」


「あー…………それ、なんだけど」



 言っていいものかどうなのか。


 が、聞かれたからには答えなくてはいけない。


 少し喉が渇いてきたので、爺やが持ったままのグラスのお茶を取り、半分程煽った。



「殿下?」


「…………マンシェリーは、今の自分の本当の身分を知らないからもあるけど。多分、カイルに惹かれているのに諦めようとしてる」


「「諦める……??」」


「俺の事を、今日は例外があったけど……頑なに兄呼びすらもしないのは、王族と明かしてなくても『貴族』だから。ホムラの皇族でも養子制度はあるのに……前世の知識と経験が邪魔をしてるのか、恋愛そのものを諦めてる可能性が高い」



 マックスが茶化してたりしても、俺の呼び方以上に強く否定していた。


 俺が昔、マックスに教わった異世界知識の中には、身分差も越えて結ばれる強い愛の物語もあったのだ。


 だが、マンシェリーも記憶が戻ったのならそう言う類の知識はあるはずなのに……自分が幸せになれる状況を遠ざけていた。



「カイルキア様の美貌には惹かれていても……恋そのものを否定なさっているのでしょうか?」


「うーん。俺も今日自分の目で見てきた以外はマックスから聞いた話だけなんだけど……」


「では、シュラ。お前・・の目から見た二人はどう思う?」


「言っていいのかい?」



 俺、個人としての見解を堂々と言ってもいいのだろうか?


 父親本人が言えと言うなら、遠慮なく言いたいとこだが。


 少し躊躇ってると、早く言えと目線だけで催促してきたから、もう我慢はやめた。



「外見だけなら超お似合いなんだぞ! 叔父上と叔母上の美貌をちょうどよく受け継いだカイルと、母上と瓜二つのマンシェリー!」



 姿絵だけなら一度は見てみたかった、って構図。


 今日の姫抱っこは敢えて言わないでおくが、超超お似合いだったんだぞ。


 俺は、従兄弟もだが妹の気持ちも応援するんだぞ!



「くっ……昔争ってた結果を、まさか次世代で叶えさせようとは」


「まだ決定じゃないんだぞ?」


「だが。お前にもわかるくらい互いが惹かれあっているのなら……芽を摘む必要はないのだろう」


「陛下。それは、カイルキア様のためだけではありませんね?」


「外見だけなら、カイルキアは羨望の的ですまない存在だが……。その相手を諦める姿勢をマンシェリーがしているのなら、本物だろうな」


「ご自身がそうであられたように、ですかな?」


「……認めたくはないが、まあ……そんなところだ」



 父上と叔父上の、母上を巡る武勇伝。


 ああ、マンシェリーにも是非聞かせてやりたいが……多分、当分先だろうなぁ。



「が、婚礼については最低二年は期間を設ける! これは絶対認めさせる!」


「とか言っても。マンシェリーの事だから、城には留まらないと思うんだぞ? 働き者だし、あの屋敷のパン職人としてしばらくは居るんじゃないかい?」


「何故だ!」


「それは……おそらく、姫様がお育ちになられた環境と転生前の記憶のせいでは?」


「いやだぁあああああああ!」



 俺と爺やが、マンシェリーの将来について予想しただけなのに。


 もう嫁にやってしまったとでも思ったのか、机に突っ伏して泣き出してしまった。



「いやだぁあああ、俺としばらく一緒にいて欲しいぃいいいい!」


「姫様方の恋を応援されるのでしたら、仕方のない事ですぞ陛下?」


「爺や、経験済み?」


「ほっほ。伊達に娘達の門出を祝う側が多かったもので」



 今はこうして応援出来る側には立てていられるが。


 マンシェリーにもだけど、カイルにも本当に幸せになって欲しい。


 どちらの苦労が、報われるためにも。




「打ち明けたら、絶対ひと月以上は居て欲しいぃいいい!」


「わがまま過ぎるんだぞ、父上!」



 とりあえず、このどっちつかずのバカ父上ウザい!

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