10-3.出れなかった枷が



「色々話し込んじゃったけど、あんたにあたしの事話したのはやっぱさっきのパンよ。この世界に来てガッカリしたのって、あの激不味パンどもだから正直効能以外でも感動したわ」


「あ、ありがとう……ございます」


「敬語もいいわよ? そんな年変わんないんだし、ガールズトークする時とかに不要だもの」


「け、けど……今のま……悠花ゆうかさんは有名人ですし」


「こう言う二人っきりの時は気にしないわよ。あたしが言うんだから、チーちゃんも普通にしてって」


「は……あ……う、うん」



 サイラ君達には、きっとここまでの事情は話してないはず。


 私も彼らのほとんどには話してないし、その……性別は違っても、同じ転生者が友人になってくれるのは心強かった。


 なら、遠慮する方が失礼だ。悠花さんにも失礼だし。



「カイルには後で自分から言っておくわ。ひとまず戻りましょうか、パンがなくならないためにも」


「たくさん作ったよ?」


「いいえ、エスティがああ言ってもがいるわ。とゆーわけでぇー」



 結界を解除してから、再びお姫様抱っこに。


 今度はロティを私がしっかり抱えてから出発したので、彼女が置いてかれる事もない。


 マックスさんは女の人じゃないけれど、中身がこうだとわかると変に羞恥心も出てこなかった。


 そのまま食堂までダッシュ、と思ってたら、中庭辺りでスミレ色の髪色と遭遇。


 カイルキア様だ!



「?…………なにをしているんだ、マックス!」


『でふぅ!』


「か、カイル様……こ、これは」



 怖い怖い怖い怖い怖いぃ!


 カイルキア様の表情がいつになく険しくて、怖いぃ!



「いくらうちの使用人だからとは言え、女性を無闇に抱き上げるなと言っていたはずだが? 来た旨は聞いていたが、何故チャロナ達と一緒なんだ?」


「怒んなってカイル。こいつと俺はある意味・・・・同郷だってわかったからだ」


「……本当か」



 大声で話せない内容なので、ロティにまた結界を張ってもらった。


 カイルキア様はロティの魔法詠唱を見るのが初めてだから、ちょっとだけ驚いてたけど。



「俺の事情はあんた知ってるだろ? つーわけで、まったく同じだったんだよ。俺とチャロナの前世の出身地が」


「…………だからとは言え、簡単に抱き抱えるな!」


「なんだぁ? 嫉妬?」


「違う!」


「それよか、こんな俺ランク以上のレア錬金術師……屋敷ならともかく下町には出せねーだろ?」



 それは、雇われた後にカイルキア様から言われた。


 お屋敷の敷地内から無闇に出せない。

 不便だろうが、その分パンなどの料理は好きに作って構わない。


 そう言った制約をつけられたのだ。

 あと、ロティは今のところ私の影に入るとか透明化する事も出来ないから、人混みの多い場所には連れていけない。


 こんな可愛い精霊が、競売なんかの賭博関係者に見つかったら大変だからだ。



「じゃ、そーゆーときは呼べよ。ずっと籠らせとくのはよくねーだろ?」


「「え?」」


「護衛だよ護衛、チーちゃんも俺の事情知ってんなら、気兼ねないだろ?」


「しかし…………チー?」


「俺の中身女だし?」


「今は違うだろうが!」


「まあそこはほっといて……俺はまだ冒険者だ、一応引退したあんたとは違う」



 その申し出と、現在の職業ジョブを突きつけると、何故かカイルキア様はぐっと口を閉ざしてしまった。



「…………わかった」


「旦那、様?」


「すぐではないが……食材の調達も覚えなくてはいけないだろう。エイマー達が出る時にでも同行させる」


「そーと決まれば、チーちゃん戻るわよぉ! 美味しいパンがあたしを待ってるぅ!」


「俺の前でその口調になるな!」



 しかし、話はまとまったようなのでマックスさんの暴走は止まらず。


 ささっとロティに結界解除を頼み、そのままダッシュしそうだったから、私はすぐにカイルキア様に声をかける。


「だ、旦那様の分は、シェトラスさんが確保してますから!」


「あ、ああ……」


「んじゃ、行くわよぉん!」


『「ひゃぁ!」』



 言伝だけを言うと、マックスさんは高速力スキルくらいにダッシュしたのだった。







 *・*・*








 そして、数分後。


 食堂に戻ったんだけど、マックスさんの予想してた事態が起こっていた。



「あぁああああああああんんん!」



 これは悲痛な叫びです、決していかがわしいことではないです。


 何が起きたかと言うと、寄せてたテーブルの上がほとんどすっからかんだったのだ。


 その原因は、出る前までいなかった人達の所為らしく。



「あ、ごめんごめ〜ん。美味しくてつい〜?」


「ついで済まない事態よん、ラスティ!」



 原因の張本人は、菜園責任者のラスティさん。そのおまけという具合に、エピアちゃんも彼の隣でもぐもぐと口を動かしていた。


 どうやら、エスメラルダさん達も食べてても、大半をたいらげたのはこの二人みたい。



「あたしの……あたしの、パンぅううう」


「どっか行っちまうのが悪いんだよ。出来立ての方が美味いんだから、残しておく奴がいるかい?」


「う、うううう、うう……」


「お、お時間いただければ……焼きますよ?」


「あ゛りがどぉ〜〜チーちゃん!」


「「「「チーちゃん??」」」」


「君達、こんな短時間で仲良くなったのかい?」



 下ろしてもらいながら言えば、マックスさんはすがりつくように号泣し出した。


 多分抱き着かないのは、一応想ってる相手のエイマーさんがいるからだろう。


 せめて頭を撫でてやってると、そのエイマーさんが布をかぶせた何かを持って来てくれた。



「一応、パンだけはひとつずつ死守したよ? チャロナくん達もまだ食べてないからね?」


「エイマーっ、あんた神⁉︎」


「大袈裟だなぁ」



 今度はエイマーさんに抱き着きに行こうとしてたマックスさんだったけど、パンが潰れるのを阻止すべくエイマーさんに止められた。



「あ、せっかくなら少し温めなおしますね?」



 白パンもだけど、コーンマヨはあったかい方が美味しい。


 加熱ヒートと、炙るスコーチを使い分けて、出来立てホカホカの状態を再現。


 遠くでサイラ君やエピアちゃんがよだれをこぼしそうだったけど、これはあげれません。



「いっただきま〜すぅ」


『いちゃだきまふぅ!』



 これも豪快に口を開けた二人は、まずコーンマヨパンから手を伸ばした。



「んん゛! 酸味の少ないマヨの味が焼かれたことで香ばしく……あんま〜いトウモロコシとの相性抜群よ! パンもすっごくフワッフワで美味しいわ!」



『あんぐぐ……むぐぐ……でふ、でふぅ!』



 二人の表情を見てると私も我慢出来ない!



 まだレベルアップには程遠かったはずだから、遠慮なくかぶりつく。




【PTを付与します。




『こんがりマヨコーンパン』



 ・製造30個=300PT

 ・食事1個=40PT



 

 次のレベルUPまであと2060PT



 】





 朝のうちに一度レベルアップしたから、天の声が聞こえる以外の変化はない。


 まだ一桁だから、レベルアップのPTが少ないけど、エイマーさんやシェトラスさん以外の前じゃ油断が出来ない。


 白パンの方は二個とっておいてくれてるけど、マックスさんにあげよう。


 それにしても、マヨコーンの美味しさは温め直しても健在! コーンもシャキシャキしてるし、食感も楽しい!



「それに白パンもふんわふわだわ〜、ほんと、美味しい!」



 マックスさんはあっと言う間にパンを全部平らげてしまい、エイマーさんが用意してくれたハーブティーでひと息つかれた。



「あ、エイマー。買い出しとかって、次いつあるのん?」


「買い出し? そうだな……早くても、明後日だが」


「じゃあ、そん時ついて行くわ〜。カイルから許可もらってるし、チーちゃんの護衛になったから」


「あ、ずっりぃ! 俺も行きたい!」


「だーめだよ、サイラ。あんたにはまだまだ休暇はやれないよ?」


「……はーい」



 まだお屋敷に来て一週間しか経っていないけど……さらに騒がしくなりそうだ。



(お役目もあるけど、ここに就職出来て良かった!)



 辛い思い出はまだ吹っ切れていないが、きっと大丈夫。


 ロティだけじゃなく、旦那様や皆さんがいるから!



「けど、そっかぁ〜……うーん、こっちの仕事はひと段落ついてるし……エピアも、一緒に混ぜてもらえば〜?」



 とここで、ハーブティーでひと息ついてたラスティさんもエピアちゃんの同行許可を出してしまった。


 これには、エピアちゃんもぱたんきゅーって具合に床に倒れそうになり、そこをすかさずマックスさんがキャッチしてくださったが。



「上司の許可がもらえたんなら、行くわよぉ〜!」



 助ける意味もあっただろうけど、連れてく前提の救助だったようだ。


 ウキウキスキップしながらメイミーさんを探しに行ってしまい、私はひとまずエイマーさんと卓の片付けをすることに。


 サイラ君とエスメラルダさんも手伝ってくださっていると、ラスティさんが私のところにやってきた。



「チャロナちゃんパンご馳走様ぁ〜。あんなにも美味しく作れるって何かコツでもあるの〜?」


「えーと……」



幸福の錬金術ハッピークッキング』の事は一部話してあっても、全体的な事はほんの一部の人にしか伝えていない。


 コピーはこの世界じゃ、チートなスキルだから、いくらお屋敷の人でも無闇に見せびらかしたり出来ないのだ。



「私伝手にレシピを渡そう、どっちがいい?」



 とここで、助っ人が。


 エイマーさんは事情を全部知ってるし、本来のレシピ紙なんかに書き写しをお願い出来るのなら助かった。



「ん〜、そうだねぇ……マヨネーズも良かったけど、片手間に食べれるんなら白パンかなぁ〜? ほかの夏野菜でも、あんな風に出来る〜?」


「野菜によりますが」


「穀物に近い方がいい?」


「いいえ。芋とかでも大丈夫です」


「それならぁ……粉にするのも大変だけど、ペポロンをお願いしたいんだ」



 ペポロンとは、かぼちゃに似た甘い野菜。


 かぼちゃは日本に定着した緑皮だが、ペポロンはレモン色に似た黄色い皮。糖度は、かぼちゃよりもペポロンの方が高いとされている。


 今夏が旬の、美味しい野菜だ。



「旦那様に頼まれてるものの合間に、やってみますね!」


「急がなくていいよ〜?」


「無茶はしません!」



 普段の仕事としても、バリエーション豊富なパンを作るのも皆さんに喜ばれるだろうから、何事も挑戦だ。

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