8-1.菜園まで
*・*・*
「よーし、付いてこーい!」
「はーい」
『でっふぅ!』
翌日の昼過ぎ。
サイラ君先導の元、菜園に案内してもらうことになった。もちろん、お互いの仕事がひと段落してからなのと、それぞれの上司に許可を得てから。
『おしょとぉ〜おしょとぉ〜!』
「嬉しそうだな、ロティ?」
『でっふぅ!』
ロティお披露目?は、初日の朝の挨拶からしたけど、サイラ君も他の皆さんも『よろしく』と受け入れてくださった。
特に、女性陣はロティが可愛いからとハグなどのスキンシップが凄かったわ。人見知りしないロティはきゃっきゃしながら受け入れてたけど。
今も、サイラ君の肩に乗りながらはしゃいでます。
「迷子にはならねーと思うけど、行くぞ」
「うん」
リハビリ以来の散歩だけど、お庭はどこもかしこも広い。
貯蔵庫の裏からスタートして、裏庭経由で目的地に向かってるけど先は長そうだ。
別に木がすごいとかじゃなくって、塀が遠くてどこまでが敷地なのかわからないから。
「広いんだね、お庭」
「農地は塀向こうだけど、一部は塀の中なんだよ。俺んとこのコカトリスは中だけど」
「魔物だから?」
「そ。特性を抑えてるからって、無闇に放し飼い出来ねーしな? と言っても、旦那様の部下さん家まで結構距離あるし、他にお屋敷とかねーけど」
「特性……って、石化の光?」
「お、さっすが元冒険者。そうそう、何世代前とかに術をかけたのがそのまま移るんだけどよ? それでも、勢いすげーのは攻撃力高いからさ」
覚える事がいっぱいありそう。
前世云々はともかく、特殊な錬金術が使える事は伝え済み。それで、パンに野菜が必要なのも納得してもらえてはいる。
だから、歩きながらも途中で止まったりして、サイラ君が教えてくれるのを覚える事に。
持ち歩きボールペンとかがないから、全部記憶して覚えなきゃいけないんでちょっと大変だ。
「よぉ、サイラ。新しく出来た同僚に教えてんのか?」
「久しぶりだからってヘマすんなよ?」
「お、ロティちゃんじゃん! よっ」
『でっふぅ〜!』
「ヘマなんてしねーよ!」
塀中の農地に近づくにつれ、人が増えてきた。
ほとんどの人が、サイラ君と似た作業着を着てる人ばかり。
私も軽くお辞儀しながら挨拶すれば、お兄さんおじさんの皆さんも軽く手を振ってくれた。
「お前んとこにいきなり連れてくのか?」
「ちげーよ。エピアと歳近いし、あいつが珍しく興味持ってっから会わせんだ」
「なーる? 女の子は久々だもんなぁ? けど、大丈夫か?」
「……多分」
極度の恥ずかしがり屋さんとは聞いてるが、そこまで心配されるほどなのかな?
「ま、悪い子じゃねーし。チャロナちゃん、こいつもだけどエピアとも仲良くしてやってくれ」
「は、はい!」
ちょっといかついおじさんに頭をぽんぽんとなでられたけど、手つきは優しいし皆さんいい人だ。
「よ、夜のパンも頑張ります!」
「お! そいつぁ嬉しいな!」
「あのバターロールもだけど、サンドイッチの弁当も美味かった!」
「夜食も期待してるぜ!」
声援をいただいてから、もう一度会釈して私達は先を急いだ。
「皆いい人だねー?」
「そりゃ、最終面接は旦那様がするからさ? 募集は多いけど、審査きっびしーんだぜ?」
「サイラ君も?」
「おぅ。いちおーエイ姉の親戚だからって伝手はあっても、カイル様との面接は怖かった……」
うん。カイルキア様って、表情の変化があんまり大きくないから、基本的に怖い。
そう思うのは、最初だけだけど……今は、少しでも表情の変化があると嬉しい。
今朝もお昼も、私が作ったジャムをたっぷりつけて、パンをたくさん食べてくださったもの。
「旦那様もだけど、皆にも美味しいパンを作るね!」
「マジ! お、もう着くぜー」
『「おおー」』
低い高さの花壇を抜け、大きな鉄製の扉近くに着けば、サイラ君が来い来いと手招きしてくれた。
「ここを通るの?」
「ああ。つっても、大扉開けたらコカトリス以外の魔物も出入りする可能性あるし、こっちの扉な」
開けてくれたのは、大扉の左側にある模様に見えた小さな扉。
開くと、屈めばなんとか通れる大きさだった。
サイラ君が開けてくれて、私とロティが先に行くようにと言ったのでゆっくりくぐれば……一面緑の絨毯が目に飛び込んできた!
「うっわ! これ、もしかしてトウモロコシ⁉︎」
『でふでっふぅ!』
孤児院にいた時は畑の隅に数株程度植わってたくらいだったが……ここは規模が違う。
何ヘクタールかわかんないけど、100株ですまないくらいの広さ!
よく見たら、奥に小麦畑も見えたが、先に目に入ったトウモロコシに釘付けになっちゃう。
「今旬らしいからなぁ?」
くぐってきた扉を閉めると、サイラ君はまた先を歩き出した。
「早朝収穫が特に大変らしいぜ? この屋敷はまかなえる分以外、領地内の商業ギルドにも卸してんだ。いい食材の流通管理や、食べ切れねー食材を無駄にしないってためにもな?」
「旦那様の方針?」
「そーそー。この屋敷の使用人って、普通の貴族んとこより段違いに少ないからさ」
その分少数精鋭で、無理ない範囲での労働と作物への研究が行われてるらしい。
一種の訓練学校のように思えたが、参加した事ないからわからないけども。
それから、作物の畝をいくつか通り過ぎて、作業小屋にしては民家くらい大きい建物まで歩いた。
「あそこが、エピアとラスティさんがいるとこだよ。おーい、ラスティさーん!」
「はぁーい?」
サイラ君が大声で呼ぶと、ほぼ同時くらいに小屋の扉が開いて誰かが出てきた。
麦わら帽子に、農作業用なのか黒いツナギ。
健康そうに焼けた肌は少し褐色。
だけど、顔はレクター先生をもう少し柔らかくしたような、ほにゃほにゃ笑顔の男の人だった。
「時間ぴったりだね〜、サイラ君」
「もち! エピアは?」
「あ〜、今の声で奥に引っ込んじゃったよぉ〜」
「またかよ! せっかく連れてきたのに」
「まあ、すぐに出てくると思うから〜……君達が新人ちゃん達だね〜? はじめまして〜農地管理者のラスティで〜す」
「は、はじめまして、チャロナです!」
『ロティでふぅ〜』
間のびした口調は、これまた独特だけど……すっごくいい人
差し出された手は農作業で出来た肉刺で硬いけど、あったかくて優しい手だ。少し淡いグリーンの瞳も、すっごく優しい色。
「パンすっごく美味しいよ〜。僕もだけどー、エピアも珍しくおかわりするくらいなんだ〜」
「あ、ありがとうございます!」
「これからよろしくね〜? ほ〜ら、エピア? いい加減挨拶したいんなら、出てきなよ〜?」
くるっと振り返られても、入り口は彼の体で塞がれてるので、中はよく見えない。
ただ、少しして、小さな小さな声が聞こえてきた。
「…………って……は、……ずかし……………………です」
想像してた以上の恥ずかしがり屋さんだと、理解。
「おい、エピア? せっかく連れてきたんだから、言いたがってた礼くらい言えよ?」
「…………で、も…………は、ずかし」
「同じ女だろっ。いい奴だし、出て来いって!」
「…………う」
「ほ〜ら、おいで?」
ちょっと可愛い声だなーって、ラスティさんが中から連れてくるのを待ってると……段々見えてきた長い紫のおさげが目に入ってきた。
「…………は……じめ、まし……て」
ラスティさんに隠れながらも、なんとか挨拶してくれたエピアちゃん。
顔半分しか見えなかったが、前髪が長くて鼻まで隠れてた。
「あ、はじめまして。チャロナです」
『ロティでふぅ〜!』
「ひゃっ⁉︎」
私もだけど、ロティが元気いっぱいに挨拶したら、エピアちゃんはびっくりしてラスティさんの背に完全に隠れてしまった。
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