4-2.パンの審査
*・*・*
準備も整い、パンやジャム達を旦那様の卓へ……と思ったんですが。
(───────……なんで、こんな配置に??)
と言うのも、審査してくださるのは旦那様であるカイルキア様。
それ以外にも、厨房とメイドの代表としてメイミーさん達がいらっしゃる事になっていた。レクター先生は、提案者なので同席。
そこまでは私も理解はしていたんだけど、何故か食堂の一角に卓を固めて全員が座ってる構図に!
あと、私もロティと座るように言われたんですが、どう言うわけか旦那様の向かい側じゃなくて右隣!
緊張感が増すだけですみません!
『ぱーちぃーでふか?』
「ロティ、違うから!」
元の姿に戻ったロティは、私の肩に乗りながら可愛く首を傾げてたようだが、これは違う違うとすぐに否定した。
「今から、私達がお屋敷で働けられるようになるかどうかの、試験だって言われたでしょ?」
『ちぇどぉ、あの怖いお顔のおにーさんのお
「うん、私もわかんないけど。とりあえず、これ持って行こう!」
入り口で少しだけ小声で打ち合わせしてから、私はロティを落とさない速度でワゴンを押し出し、皆さんのところへ向かう。
「お待たせしました。バターロールになります」
気持ちも切り替えて、焦りを表に出さないようにする。
前世勤めてたパン屋では、イートインコーナーの対応もしてたのでその要領で旦那様から順にお出ししていく。
旦那様は、目線だけでこちらを見た時に、肩にいたロティの姿を見ると少し目を見開かれた。あの歌の主だとわかってても、精霊を見るのは驚いたのかも。
元冒険者で、所属していたパーティーメンバーには契約している人がいたらしいが、ロティのような赤ちゃんじゃなかったのだろう。
私もチャロナのままでいた時は、精霊はもっと神秘的だったりカッコいい存在と思ってたから非常にわかる。
ロティのことはさて置き、旦那様の前にパンを二個乗せたお皿とジャムなどの付け合わせセットの小皿を置いた。
「ジャムは、いちごジャムにマーマレード、ブルーベリー。たまごサラダの隣にある白いのは、初めてだと思いますがチーズのクリームのようなものです」
「…………これが、チーズ?」
私が説明すると、旦那様はすぐにチーズの小皿を持ち上げてじっと見つめ出した。
食べはしなかったが、多分カッテージチーズに蜂蜜じゃないのを加えたからかもしれない。
他全部が甘いものなので、カッテージチーズだけはオリーブオイルと塩胡椒を混ぜてある。だから、日本じゃない常識を持つ人にとっては、少々ゲテモノに見えるはず。
もちろん、説明はします。
「ジャムだけだと口の中がずっと甘くなりますので、味を変えて楽しんでいただくのに、塩胡椒以外にオリーブオイルを入れました。口当たりがさっぱりしますよ」
「…………なるほど。食べる相手を気遣って、か」
そして、旦那様は小皿を置いてから全員に配るように言い、私達も席に着くようにと、指示を出した。
いよいよだと、また緊張感が高まっていくが。
食べていただいてる間にも審査されるだろうから、小さく深呼吸をして準備を整えていく。
最後に、ワゴンを壁際へ寄せてからロティを抱えて席に着いた。
「───────……では、いただくか」
旦那様の一声に、皆さんは軽く頷く。
私にも一応用意はしたが、これは試験だからと手をつけない。
この世界に来て最初に作ったパンだけど、今後の就職がかかってるのだから!
(……大丈夫、大丈夫)
チャロナにとっては初めての経験でも、『
シェトラスさん達にもあれだけ喜んでもらえたんだから、自信を持とう。
気持ちを落ち着かせて顔を上げると、少しびっくりする光景が飛び込んできた。
(……じゃ、ジャムすっご!)
ほぼ直近にいる旦那様が、男前のお顔に似合わずパンにジャムをたっぷり塗りつけていた。
シェトラスさん達の作ってたパンにも同じようにされてたのかはわからないが、それでも塗り過ぎ。
今にもお皿にジャムがこぼれそうなくらいだったから。
だけど、食べてくださるようなので、そのまま口に入るまでを思わずじっと見つめちゃう!
「…………っ!」
一度噛んでから数秒。
旦那様の手がピタリと止まった時に、私は口の中にたまりかけてた唾液を静かに飲み込む。
不安や焦り、緊張感が最高潮にまで達しそうになったが、まだ口は挟めない。
とにかく、次の反応を待とうとじっとしてれば、それはすぐに起こった。
「───────…………美味い」
その一言を皮切りにして、彼は勢いよくパンを食べ出した。
今度はジャムをつけずに直接。それにも美味いと言ってくださり、次にチーズの方も塗ってから豪快な一口。
実に男らしい食べっぷりを見せてくださったんだけど、パンがなくなると、途端に無表情からがっかりされてしまった。
「…………いかん。審査、であったのを」
漏らした言葉にも、顔以上に残念がってる感情が伺えた。
私はと言えば、彼の食べっぷりに圧倒されてたけれど……少しずつだが、緊張がほぐれてきて、『良かった』と安心出来た。
「お口に合ったようで、良かったです」
だから口を挟みながら、自分の分を差し出した。
「…………いや。それはお前が食べろ。自分が作ったのを食べれないのはもったいない」
「そ、そうですか?」
口ではそうおっしゃってても、明らかに欲しそうな視線が実にいたいです。
すると、私とは逆隣りに座っていらしたレクター先生が、にっこにこに笑いながら旦那様の頭を殴った!
「もう決めてるんなら、さっさといいなよカイル?」
「…………本気、で殴るな」
「じれったいんだから、食欲よりも雇用主として早く言った方がいいでしょ?」
「え?」
『でふ?』
まだ旦那様の口からは聞いてないのに、どうしてレクター先生が判定されちゃうのだろうか?
不思議に思いながらも旦那様が回復されるのを待っていると、彼は軽く咳払いされてから私の方に顔を向けてきた。
「見苦しいところを見せてすまない。レクターも言っていたが、パンについては及第点どころじゃない。これは、我がセルディアス王国の王族に献上すべき品だ」
「お、おおお、王族⁉︎」
そこまで、と否定したい気持ちになったが、ここのパンを口にした時のメイミーさんの言葉を思い出した。
(あんなボソボソのパンが、王様達も
この世界の、どの国でもそれが同じであれば、驚きはするけれど納得はいく。
【枯渇の悪食】による影響は、ロティ曰く、主食が特に酷いようだから。
「ひとまず、試験については合格だ。王族の方はおいおいになるが、とりあえずこの屋敷で働く事は許可する」
『でっふぅ!』
「あ……あ、ありがとうございます!」
旦那様から、採用の言葉をいただけた。
思わず、ロティを抱えたまま立ち上がり、卓に顔がつくんじゃないかってくらいに深く腰を折った。
涙もじんわりと出てきたけれど、拭いてる余裕はない。
だって、この世界に生まれて、初めて必要とされたから!
「……顔を上げてくれ。俺は、思った事を言ったまでだ」
「……もったいない、お言葉です」
けれど、言う通りに顔を上げてから、私は泣きながらも頑張って笑顔を作る。
にじんだ視界でも、旦那様の緩んだ口元が見えた。
「……まあ、そうだな。これから、うちの食卓の要となる。よろしく」
「はい!」
『ロティも頑張るでふぅ!』
「……あ、ああ。ロティ、もな」
試験の合格を言い渡され、今からは私も含めて昼食会に変わる事になり。旦那様にも残ってたパンをお出ししてから、私とロティもようやくパンを手に取る。
たまごサラダやチーズディップもいいけど、最初にシェトラスさん達と作ったジャムとバターを塗った。
旦那様がジャムを塗りたくってたのが、なんだか美味しそうに思えたんで。
『美味しそうでふぅ〜』
「ロティも一緒にしようか?」
『あい〜』
いちごとブルーベリーのダブルベリーにバター少し。
3分の1くらいに割ったバターロールに塗ってからロティにも渡してあげた。
(涙……出るかもしれないけれど)
旦那様が褒めてくださったパンの味に、ちゃんとなっているのか確かめたい。
おそるおそるってくらいにゆっくり口元に持っていき、少しだけ口に入れて噛む!
「───────…………お……おいしぃ」
ジャムやバターの美味しさはもちろんだけど。
パンはコカトリスのドリュールのお陰で、表面は香ばしくて。
他のパンにあった、パサパサとかで喉でむせる感覚もなく、ひたすらしっとりと柔らかなふわふわ感。
(日本のパンだ……あの頃は普通だったけど、美味しい……美味しすぎる!)
噛めば噛む程、甘さと柔らかさが口いっぱいに広がってって、胸の中があったかくなってく。
その美味しさと温かさに、私も思わず涙が出てしまった。
「い……生きてて、良かったぁ」
あの時崖から落ちて記憶が戻っても、きっと旦那様に見つけていただかなければ、こんなにも美味しいパンは出来なかった。
あのまま動けないままのたれ死んでいたら、ここでロティと出会う事もなく何も出来なかった。
辛さはいっぱいあったけど、嬉しくて嬉しくて。
パンの美味しさも噛み締めながら泣いていると、ロティがメイミーさん達から渡されたのかナプキンのような布でぽんぽんと拭いてくれた。
……と思ったら、ロティじゃなくて旦那様だったから思わずびっくりしたけど!
「そう、生きてるから次がある」
しっかり拭き終わってから、ふいに彼が口にした言葉は覚えがある。
言い回しは少し違うけど、私が起きた直後に言ってくださったのと同じ言葉だ。
「俺も冒険者だった頃、駆け出しもだったが経験を積んでも幾度となく境地はあった。その度に思うのは今言った言葉だ」
「だ……旦那様でも?」
「カイルでいい。……貴族問わず、人だからな。生きる上で何があるかはわからない」
それに付け加えるかのように、『チャロナを助けたのもだ』と言われ、なんだかパンを食べた時とは違う胸のあったかさを感じた。
「……本当に、助けていただきありがとうございましたっ」
彼のお陰で今がある私は、感謝してもし切れない。
まだもぐもぐ食べてたロティを撫でながら、もう一度御礼を言うとカイルキア様は口元だけを少し緩ませてくれた。
「……前にも言ったが、詳しい話は食事の後にしよう。俺とメイミー、レクターがいいか。皆の前で言うかどうする?」
「…………皆さんの前で言わせてください」
もう錬金術の事もだけど、隠し立てなんて不器用で出来ないからだ。
ただ、パンを全部食べ終えるとまた天の声が聞こえてきたのでびっくりはしたけれど。
【ポイントを付与します。
『ふわふわバターロール』
・製造15個=150PT
・食事2個=50PT
レベルUP!
→200PT獲得により、レベル3に!
特別PT付与
→コカトリスのたまごサラダ=25PT
→いちごのジャム=15PT
→カッテージチーズ=35PT
次のレベルUPまであと40PT
】
「チャロナ、チャロナ!」
「ふぇ⁉︎」
天の声に集中してたら、何故かカイルキア様に思いっきり揺さぶられてたので思わず変な声が出てしまう!
「ど、どうされました?」
「それはこちらが聞きたい。急に動かなくなった上に目の光も消えたから驚いたぞ!」
『大丈夫でふぅ〜ご主人様がレベルアップされただけでふ!』
「「レベル……アップ?」」
ロティが浮かびながらえっへんと可愛く胸を張ってたけど、まだ説明前だからカイルキア様も誰もがわからない状況のまま。
ひとまず、落ち着くのにコーヒーを淹れていただいてから、私達はまた席に着くことにしました。
「話してくれるか?」
「はい」
それから私は、今の生い立ちも含めてすべて皆さんの前で話し出した。
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