3-4.パン作り完了


 けれど、ロティも最初言っていたパンやご飯の製法が、間違ったまま300年も伝わってきたにしたって……まるで、小さな子供が始める作り方と変わりない。


 他に何が原因があるのかと、もう一度サンドイッチを食べてみた。


 ひとつ、ふたつ。



(やっぱり、たまごは美味しいのに……パンはボソボソのパッサパサ)



 それと、食べ進めているうちに、舌に粉っぽいものがくっつく。


 何だろうと、行儀が悪いけど指にくっつけてみたら唾液でちょっと伸びた。



(これ……)



 持ってたサンドイッチを全部食べてみても、粉っぽさは舌に残る。


 まず間違いない、と不安げに見つめてきてたお二人に顔を上げた。



「これ、打ち粉のつけ過ぎも、原因のひとつかもしれません」


「「打ち粉が?」」


「エイマーさんが専用の手袋で、生地を触るとおっしゃってましたがそれでも生地はくっつくはずです。それを少しでも解消するのに……打ち粉を生地に思いっきりつけていませんか? あと成形の時にも」


「凄いよ、チャロナくんっ。ほとんど説明していないのに!」



 やはり、あのガス抜きの手前を見たお陰と味の違いを確かめられたからだ。


 前世の勤めてたパン屋では、時々出張で保育園などでパン教室を開く機会があって、千里ちさともアシスタントとして出向いてた。


 その時は、子供達の手が汚れにくいように、ビニールのエンボス手袋をつけさせたりとか、好きに生地を触らせたりとか。


 あの記憶が少し戻っただけで、原因がわかれて良かった。



「……私も、小さい頃はよく生地を好き勝手に触ってたので」



 ただ、エイマーさんの答えには誤魔化しておく。


 メイミーさん達以外、旦那様にも伝えていない事を、まだこの人達には言えないからだ。



「……なるほど、粉のつけ過ぎも。これは、師匠達が知ったら天変地異の革命とも言いかねないなぁ。もっとも、【枯渇の悪食】がきっかけで大抵のレシピは衰えてしまったが」



 シェトラスさんの口から、はっきりと悪食の言葉が出てきた。


 ロティから少し聞けたのは、今で言ういにしえの口伝達が失われた事について。



(いったい、どれほど失われてしまったの? 本当に美味しい料理達って)



 考えても、私達ですぐには解決なんて無理。



「発酵が終わるまでまだまだ時間があります! バターロールにならジャムやカッテージチーズ以外にも、あのたまごサラダが合うと思います。シェトラスさん、エイマーさん、作り方教えてくれませんか?」



 だから、少しでも楽しく行こうと私は両手を叩いた。


 お二人は少し呆気にとられていたけど、私の顔を見るとすぐに苦笑いして頷きあった。



「マヨネーズは私が作ろう」



 と言うわけで、マヨネーズは作り置きがなかったのでエイマーさんが。


 作り方は贅沢に卵黄タイプでたっぷりという具合に。


 その間に、私はシェトラスさんとゆで卵作り。


 ただ、この卵、マヨネーズの時も思ったが、全体的にチョコミント柄って不思議な卵だった。



「あの、シェトラスさん……この卵って?」


「ああ。市場ではあまり手に入りにくいけど、このお屋敷だと専門の飼育員もいるから贅沢に使えるんだよ。コカトリスの卵でね」


「こ、コカトリス⁉︎」



 冒険中の時は運良く出会わずとも、雄鶏とヘビとを合わせたような姿の、視線だけで相手を石化させるバジリスクのような伝説上の生き物。


 それを、貴族様でも飼育可能にして常食にするなんて凄いですまない。


 そんな貴重な卵を、置き場には100個単位で常備されていた。



「濃厚でソースにも絶品になるんだよ。さあこれで作ろうか?」


「は、はい!」



 色々驚いてちゃいけない! 提案したのはこっちなんだからと私もお手伝いすることに。


 まずは、一般的なゆで卵作りでも、スプーンで卵の後ろにヒビを軽く入れる。


 これを水から鍋で煮立たせ、沸騰させてからスプーンで軽くかき混ぜる。スプーンから伝わる音が、だいぶ静かになったらシンクに移して流水に浸す。


 殻剥きは全員で。


 モンスターの卵でも有精卵のためか、つるんとキレイに剥けて見た目はニワトリのとほとんど一緒。



「白身は私が荒く切るから、チャロナちゃんはくり抜いた中身をお願いするよ」



 渡されたボウルにある黄身を、マッシャーで適度に潰す。


 これが出来たら、白身とマヨネーズを少しずつ混ぜ、仕上げに塩胡椒で味を整える。


 最後にひと口スプーンで味見させてもらった。



「〜〜っ、美味しいです!」



 さっきもサンドイッチで食べたけど、黄身も白身もお互いを邪魔しないのに濃厚で深い味わい。


 同じ原材料の卵で作ったマヨネーズもこってりしつつ、お酢が少し酸っぱくてもまろやか。


 これは、絶対レタスとかと一緒にロールパンでオープンサンドイッチにしてもいいはず。



『あ〜と、3分〜で完了〜でふぅ!』



 感動に浸ってると、ロティから声が上がったので三人で見に行くことに。


 ガラス戸を覗くと、たしかにいい具合。


 柔らかそうで、ふっくらと膨らんで焼けば絶対美味しそうな感じだ。



『ご主人様ぁ〜』


「なぁに?」


『ロティもたまご食べたかったでふぅうう』


「あ、ごめん。けど、後でパンにたっぷり塗って食べよう?」


『でふ! あ、か〜んりょ〜!』



 話してる間に3分経ったようなので、天板ごと出す。


 これに、水で溶いたコカトリスの卵で作ったドリュールを刷毛で塗り、ロティが変身した黒塗りの立派なオーブンに入れる。



『10分から15分焼きでふ!』



 余熱は既に一度目の変身で設定済みだったようなので心配はないみたい。



『出来上がり〜まで、く〜りゅくりゅ〜

 出来上がり〜まで、くりゅ〜くりゅくりゅ〜っ


 おいち〜おいち〜ぱ〜んが、出来まふ〜よ〜』



 いきなり歌い出したので、なんだろうと思ったけど。


 これは、料理でも生産部類の錬金術なのを思い出した。



(たしか、製造のチュートリアルがこれで出来るんだっけ?)



 既についてた特典のようなのは異空間収納ボックスらしいが、別の特典も今回付与されるって。



「ふふ、可愛らしい歌だね?」


「ええ。では、私が今のうちにメイミーを呼んできますね」


「あ、エイマーさん。出来れば、レクター先生もお願いしたいんですが……」


「レクターくんか。わかった、一応声はかけてみるよ」



 ロティの可愛い歌が続く中、私はシェトラスさんと食堂の方でテーブルセッティングをすることに。


 大きなお屋敷だけれど、食堂は30人が入れればいいくらいと意外にも手狭。


 ただ一点、奥のテラスに近いの窓側の席だけピッカピカだった。



「あそこは、旦那様が座られるんだよ?」


「え、ここで召し上がられるんですか?」



 専用の部屋とか、個人の部屋とかそんなイメージが強かったのに、冒険者の経験があるからかどんどんそのイメージが崩れていく。


 でも、やっぱり屋敷の主人だから、食べる場所は豪華だ。



(あそこで……召し上がっていただく)



 その判定で、私とロティの今後の人生が変わってしまう。


 だけど、緊張感は薄まらないが、不思議と不安はない。ロティの活躍と私の日本のパン作りの知識と技術があれば、きっと大丈夫だと信じ始めているから!



「さあ、旦那様もじきにいらっしゃるはずだよ」


「は、はい! もうすぐ焼き上がるでしょうし」


「……俺を呼んだか?」


「え?」



 艶のある低い声が背後から聴こえてきて、まさか、と背筋がぴんと伸びてしまった。


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