3-1.いよいよパン作り①








 *・*・*








 あれからさらに三日。


 体力回復も兼ねて、散歩でのリハビリだったり、軽くお屋敷を案内していただいたりなどと、のんびり過ごしていた。


 ロティはロティで、すぐにでもパン作りをしたくてうずうずしてたけど。思った以上に私の体が疲弊してた事がわかると、『我慢でふぅ』といい子にしててくれた。


 その甲斐があってか、今日は体調も万全。


 厨房からの許可もいただけたとメイミーさんから聞けたので、久々に寝巻き以外のお着替えだ!



「今の厨房にいる人の古着だけど……やっぱり体格差があるわね」


「…………シカタナイデス」



 着替えたのは、白いコックスーツ。


 前世、製パン学校時代に使ってたのともあんまり代わり映えはしないんだけど。



(こっちの世界じゃオーダーメイドは当然だけど……この差は何⁉︎)



 一応女性用らしいが、年齢と体格差のせいで……胸が、胸が非常にダボダボでカッコ悪い!



『ご主人様ぁ〜、可愛いでふぅ?』


「可愛くないよ! カッコ悪いから!」


「ズボンはちょうどいいけど、上は今のところそれしかないのよ。試験に合格したら、ちゃんと作ってあげれるけど」


「いえ、お借りします」



 服装くらいで贅沢言ってる場合じゃない。


 今日のパン作り次第で、私の今後の人生が大きく変わってしまう。


 ここに採用されるか、ロティと旅立つかの選択肢。


 後者についても養成をしてくださると言うけれど、持ってしまった異能ギフトの秘密を抱えたまま生きてく自信はまだない。


 甘えかもしれないが、この場所で一からスタートしていきたいのだ! 多少?ダボつく服くらいでメソメソするわけにはいかない。



「じゃ、向こうには話は通してあるから行きましょうか?」



 髪もシニヨンに似たお団子スタイルでまとめ上げ、いざ厨房へ。


 ここは客間なのでお屋敷の三階にあるが、厨房は当然一階。ただ、移動は階段じゃなくてなんと魔法陣!



(え、エレベーターみたい……っ)



 だけどそれとは違う、未来装置にも似てるが壁に設置されたダイヤルひとつで、移動可能って便利過ぎる。


 だから、カイルキア様お一人でも、あの時私のご飯を運べたんだと納得。


 そう関心してるうちに、あっという間に一階に到着してしまった。



「この部屋を出て、つきあたりにあるのが厨房よ」



 食堂らしい大きな扉を過ぎてから、さらに専用口らしい金属の扉の前に案内された。


 メイミーさんがノックをしてから中に入らせてもらうと、広い厨房なのに待ってたコックさんはお二人だけでした。



「初めまして、チャロナちゃん。私は料理長のシェトラスと言います」


「自分は副料理長のエイマーです。よろしくお願いします」



 シェトラスさんは、私くらいの年齢の娘さんがいてもおかしくない感じの、素敵なおじさま。


 エイマーさんは、女性でもクールビューティでとっても素敵。アイスブルーの涼しげな瞳がちょっと猫っぽいけど、私以上に背が高いしスタイリッシュだし、料理人なのがもったいないくらいだ。


 おそらく、今着てるお古を貸してくださったのはエイマーさんのはず。胸を見ると、コックスーツでも隠せない程のふくよかさ!



「ちゃ、チャロナ=マンシェリーと言います。今日はよろしくお願いします!」



 本当に、試験とは言ってもほとんど私もワガママでこんな素敵な厨房をお借りしていいのかとも思う。


 ただ、ロティを肩に乗せたまま出来るだけ腰を折ると、シェトラスさん達から小さな笑い声が聞こえてくる。



「これはこれは、可愛らしいお嬢さんですな?」


「ええ、料理長。肩に乗せている契約精霊も実に愛らしい」



 なにがツボになったかはわからないけれど、合格点はいただけた感じ?



「ふふ、そうでしょう? チャロナちゃん、お二人は旦那様がお小さい頃から仕えていらっしゃるのよ」


「メイミーと私はほとんど同期だが」


「あら、エイマーさんの方が先輩ですよっ」



 実に和やかな雰囲気で癒されます。


 ロティはロティで、エイマーさんに抱っこしていいか聞かれたので自主的に行っていた。


 クールビューティさんに、赤ちゃんがいたんだと思わせる雰囲気になるが、エイマーさんはエルフでもハーフエルフでもないから耳は尖っていません。



「ところで、チャロナちゃん。食事はお口に合ったかな?」


「すっごく美味しかったです!」



 パン以外は、と言うのは今は内緒。


 私も、今の段階で日本にいた時のようなパンを作れるのはまだ半信半疑だからだ。


 それをここで実証すべく、厨房をお借りするんだもの。やるしかない!



「少しメイミーに聞いたけれども、錬金術に料理とは…………我々は一通りの道具と材料を揃えばよろしいかな?」

「は、はい! お借りします!」



 レクター先生のように、多方面に知識を得ていらっしゃるようではないので、ひとまず用意だけお願いしました。


 材料は、



 強力粉

 常温のバター

 砂糖

 牛乳

 浄化水

 塩

 卵

 イースト(乾燥のがあった)



 以上。




『ご主人様〜いよいよでふね〜!』


「うん、頑張ろう!」



 シミュレーションなどは部屋で暇つぶしを兼ねてやっていたが、多分成功するはず。


 多分とつけちゃうのは、今までの錬金術がうまくいった試しがないから。



(でも、やるだけやるんだ!)



 そして、再び日本の美味しいパンを口に出来るようにするのが目標。


 今回選んだのは、主食で無難なバターロールの予定。



『で〜は! 幸福の錬金術ハッピークッキング〜っ、READY? GO!』


「〜〜……っ、ロティ、変換チェンジ!」



 ひと前だから、出だしが恥ずかしいだけで済まないけれど、決めたからには私もロティに続いた。


 私が号令をかけると、ロティの赤いイヤリングがチリリンと音を立てる。



変換チェンジ撹拌ミキサー!』



 続いて、ぽぽぽんと彼女の周りにキラッキラのスモークが現れて、ロティを覆っていく。


 ここまでは、シミュレーション通りだ。


 スモークが消えていくにつれ、調理台にいたはずのロティの姿が、業務用より少し小さめなパン用のミキサーボウルに変わってた。



『最初は材料を入れてくださいでふ〜!』


「了解!」



 後ろでなんか異常に驚かれたのは、今はスルーさせていただき、手早く材料をボウルに投入していく。


 スキムミルクがないから、水と牛乳の量を調整してからボウルに投入する。まだ材料を入れただけなのに、パン屋の時の仕込みを思い出すようで楽しくなった。



「ロティ、スタートボタンはあるの? それとも合図すればいい?」


『速度変化の横にありゅ、赤いボタンでふ! 速さはロティが管理ちまふので、ご主人様はしょの間にジャム作りでふ!』


「わかったわ。……っと、これね?」



 言われた場所には、ロティのイヤリングに似た赤いつまみがあった。


 そこをカチッと鳴るまで下に切り替えれば、大きな釣り針みたいな撹拌翼が動き出して、少しずつだが材料を混ぜ込んでいく。



撹拌するミキシングでふ!』


「よし、私はジャム作りね! っと……シェトラスさん、コンロの方もお借りしていいですか?」



 さっきから誰も声を掛けて来ないので不安になったが、少しぽかんとしてた三人は、私が声をかければ『はっ!』っと我に返った。



「い、いや、大丈夫だよ。コンロも自由に使っていいけど、何かお手伝いは?」


「じゃあ……今から言う材料の場所をお聞きしたいんですが」


「チャロナくん、私も手伝おう。人手が多いことに越したことはないからね?」


「ありがとうございます!」



 メイミーさんは、出来上がり次第お茶の準備はしてくださると一旦離脱。


 人手が増えたことで、せっかくだから三種類のジャムを作ることにしました。


 シェトラスさんはマーマレード。


 エイマーさんはブルーベリー。


 私は定番のイチゴジャム。


 パンはともかく、ジャム類は絶品だったから心配しません。


 むしろ、前世のパン屋でも仕込む機会が少なかった、私が作るのはおこがましいかもしれないが。


 とりあえず、ロティの仕込みが終わるまで急ぐ急ぐ!



『あ〜と、5分で生地を確かめてくださいでふ〜!』



 灰汁取りをしてる際に、ミキサーボウルのロティからそんなアラームが聞こえてきた。


 エイマーさんに鍋をお願いして少し見に行けば、たしかにいい具合に生地がまとまっている。



「うん! 綺麗な卵色。バターもたっぷり入れたし、美味しいバターロールになりそう!」



 関心してるとすぐに『チェックでふ!』と声が上がり、一度ミキサーも止まったのでためらわずに生地を触る。



「え、そんな⁉︎」



 エイマーさんから声が上がったので振り返れば、私に声をかけるつもりでいたのか結構近くに立っていた。



「ど、どうかしましたか?」


「あ……ああ、驚かせてすまない。君が生地にそのまま触れるのに驚いてしまって」


「え、普通に触りませんか?」


「専用の手袋はあるんだ。さっき持ってこようと思ったんだけど」



 マザー達とは作る機会がなかったが、この世界のパン作りって、どうやら素手で触れるものじゃないらしい。


 けど、私はただ生地の具合を確かめるわけじゃないので、そのまま少量をぱくりと。


 これも当然、エイマーさんを驚かせてしまった。



「な、ななな、何を⁉︎」


「……うん。甘みも塩気も程よい……これなら大丈夫!」


「わ、わざわざ味見を……?」


「今回は初回だからですが! ソースの味見をするのと同じですっ」


「…………生地を味見がソースと同じって」



 ……いきなりやり過ぎたかもしれない。


 調理法の違いが結構あるからじゃ、エイマーさんが少しだけふらついてしまった。


 まだコンロにいたシェトラスさんの方は、何故か楽しそうに笑っているけれど。



「それも錬金術の一つかもしれないが、面白いね? エイマー、いちいち驚いてたらキリがないよ?」


「は、はい……」



 ロティ以外にまだ前世について、誰にも何も話せてないけれど、知識についてはあまりおおっぴらにし過ぎちゃいけないかも。


 でも、だけど、恩返しに美味しいパンを作るのには妥協したくはない!


 そこだけは、とボウルから素手で、ロティの用意してくれたバッドに生地を出していく。

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