女神降臨 後編

 国取りに関してはそのような感じです。他に言うこともないかしら。最初は質で、最後には数で勝ちました。


 王妃ですか? 彼女が大好きだった皮剥の刑に処してあげましたとも。醜い中身を皆様の目に触れさせられて、彼女の高い高い矜持はさぞかしズタボロになったことでしょうね。でも潔く自害しなかった彼女が悪いのですよ。たぶん、他ならぬわたくしがクーデターを起こし、特に危なげなく成功させたことが信じられなかったのでしょうけどね。


 ……そういえば。育ててやった、助けてやった恩を忘れたのか、とか世迷い言を吐かれましたね。一体何を騒いでいたのかしら。


 生かしておいてくれなんて誰が頼んだと言うのでしょう?

 大人の男はもちろん脅威です。しかし、女は子を孕み、子はいつか育ち、育てばいずれ脅威は芽吹いて実るもの。単に彼女自身が浅慮であったとしか言いようがありませんね。仔猫とて虎に化ける可能性を見抜けなかったのはどう考えたって本人の落ち度ですから。


 大体その台詞は、実の息子を欲におぼれて殺した母親が口にして良いものではない。そうは思いませんこと?

 ですからわたくし舌も引き抜いてやりました。あんな奴にあっても意味のないものですからね。


 三日放置して刑に耐えきったのなら生涯幽閉程度で許して差し上げても良かったのですけど、よっぽどショックだったのでしょうか。半日も持ちませんでしたね。



 私がそれから国にしたことですか? まあ、先代様がそれなりに暴れてくださいましたのでその尻ぬぐいと、所々は善政を保っていましたのでその維持といった所でしょうか。

 先代様がいけなかったのは、保守を徹底しようとした所。彼女は王族の直系でなかったとはいえ、さかのぼれば傍系にあたるような生粋のお貴族様でしたからね。一部の特権階級の言うことだけ聞いていても、いずれ必ず行き詰まるに決まっています。彼らはいわば代々親のすねをかじってきた屑の中の屑。保身だけが妙にうまくて、ノブレスオブリージュですか? あんなものは我が国では幻想でした。いないわけではなかったけど、本当に本当にごくごく少数で意味をなさなかった。


 かといって、全民平等ほどばからしい政策はありません。わたくしは断言します。わたくしの国土で生きているものの内本当に必要なものは二割ほど。他の六割は使い方によっては有用なもので、余る二割はただの数合わせです。


 集団で過ごす生き物には多様性が必要でしょう? わたくしがどれほどふるいわけを行った所で、一定数はわたくしの望まない生命が残るのです。血眼になってその不穏分子をつぶしても後から後からきりがありません。王妃様はその辺りがわかっていらっしゃらなかった。

 蛆虫つぶしはある程度で諦めるべきです。諦めて飼い慣らしてしまえばよろしい。潔癖は無駄です。どうせどう頑張っても自分が雑菌まみれなのですから。


 王妃様を打ち負かすのは結構手っ取り早くできたのですが、その後国を安定させるまでにはそれなりの時間がかかってしまいました。やはりわたくしが幼い女王だったために、ならば我がと考える馬鹿がしばらく湧いたんですの。まあ仕方ありませんね。


 仕方ないので一族郎党含め反逆者は全員とっ捕まえて、生きたまま肛門から串刺しの刑に処してやりました。数百数千並べた所で、ようやくわたくしがどういった人物なのかわかっていただけたのでしょうか。でも残虐なだけだと身内が恐慌に陥ってしまいますから、平民貧民の衛生状態を整えて差し上げたり、農耕畜産に力を入れて食料の自給自足率を上げようと頑張ってみたり、都市開発を行って新たな土地に進出したりと、とにかく忙しい日々が続きました。


 我が君に満足な状態でお会いできるとわたくしが思えるようになったときは、別れてから四年も年月が経ってしまっていました。けれどおかげで我が国は見違えるようになったと言えるのではないでしょうか?

 わたくしはどんな馬鹿にもわかるように根気よく教えていったのです。

 バスティトーは豊穣の女神。わたくしに従うということは繁栄であり、わたくしに逆らうということは滅亡であるのだと。それでも側近曰く本来十年かかるような改革を半分以下のときで済ませてしまったのだから明らかに偉業だ、らしいですけどね。本当のことかしら。


 当時十二歳だった小娘のわたくしも、十六になって女らしく成長できました。これなら我が君も満足してくださるだろうと心ときめかせながら自分磨きもせっせと続けていたある日のことですよ。



 あの女の存在を知ったのは。



 四年。四年間待ちました。わかりますか、この耐えがたい年が。最初の一年は戦争で。残る三年は国作りで。その間わたくしはわたくしを殺し続けてきた。あの方に再び相見える、ただそのためだけに。


 本当はお会いしたかった。ずっと我が君のことを知っていたかった。我が君のことを想い続けていたかった。けれど、一度触れてしまえばもう二度と離れられなくなることがわかりきっていたので、苦渋の、泣く泣くの決断でした。国取りに集中している間はあの方に関する一切の情報を遮断し、脇目も振らずに取り組んでいたのです。ひょっとしたらその間に死んでしまっているかもしれなかった。恐ろしい時間でした。公務の最中はまだいい。ふと一人になってあの方の存在を思い出す度に毎回頭がおかしくなりそうだった。


 わたくしの寝室には幾重もの爪痕が残りました。

 会いたい。会いたい。会いたい。会うために早く。早く。早く。



 ――満を持してのことでした。どれほどわたくしがそのときを楽しみにしていたかおわかりいただけますか? それが全部ぶちこわしになったのです。


 我が君は相変わらず望まぬ不遇な王子のままでした。それはいい。昔よりさらに男らしく美しくなっていらした。これも当たり前。


 なぜ。

 あの方の隣に。

 他の女がいるのですか。


 なぜ。

 あの方は。

 わたくし以外の誰かと。

 婚約なぞ、しているのですか。





 わたくしね。

 最初にそれを知ったとき、あまりの憤りに部下を半殺しにしてしまいましたのよ。とっさのことで、あともう少し我に返るのが遅かったら本当に殺してしまっていたかもしれない。

 別に人殺しを嫌がっているとかではありませんが、その男がわたくしにとってそれなりに有用な人物だったものですから、普段ならまずすることのなかった失態だと言うことです。


 わかりますか? わかりませんよね?


 世界を滅ぼしたいほどの怒り。屈辱。




 ――我を見よ! 我が名はバスティトー、美の女神の名を司りし女ぞ!


 ごらんになってくださいませ。これほどの美女が二人といましょうや? 我が君のためなら商売男から技術を盗むことだって怠りませんでしたとも。




 わたくしの一体どこが、何が不満なんだ、イライアス! ふざけるな! わたくしがお前のことでこんなに心乱し悩ませ官能と苦痛にあえぎながらも煩悩を封じていた年月に? あなたはあっさり他の女にふらふらなびいていたですって?




 絶対に許さない。絶対に。




 ええ、ええ。想定していなかったわけではありませんよ。一応仮説としては頭の片隅に置いておりましたし、我が君は性根からろくでなしですから、そうであろうと察してはいましたとも。結婚は武器であり、女は控えさせてしかるべきだ。婚約者の一人や二人、いても仕方ない。娼館でのお遊びの経験、一つや二つあって当たり前。あの男が新しい女を連れていないはずがない――。


 頭ではわかっているんですよ、頭では。


 でも、理屈を理解していたからって、許せるってわけじゃあ、ありませんよね?




 ああでも、それでも、そんな駄目男な部分も大好き! わたくしがついてあげていないと本当にどうしようもない人なんだから! 

 やっぱり我が君と並べるのはわたくしぐらいでございます。あのような小娘、愛人にすらおこがましい。


 しかも調べてみたらまあ憎たらしいこと憎たらしいこと。父親の愛情を一身に受けて育った? 天真爛漫で素直? お転婆で跳ね回って、貴族にしては価値観が村娘のよう。

 馬鹿ですか我が君は。なんであの人は昔からこう、この手の女にすぐに引っかかるんでしょうね。身をもって知っていましたけど他人で突きつけられると改めて業腹だわ。


 自分がまともじゃないくせに他人には誰より何よりまともを望むのね。そしてそんな人間から一途に愛されたいと仰るのですね。


 まともじゃないわたくしでは足りない。そう言うことなのですね。


 ……うふふふふ。


 冷たいですねえ、イライアス。あんなおぼこに何もできませんよ。あなたを理解することも満足させることも不可能です。

 なぜなら彼女は愛されて育った子ども。愛されなかったあなたとは違うのです、我が君。

 幸せに結ばれる? あり得ませんね。

 あなたは底なしの沼。キティですら物足りないと思ったあなたをぴったりあなたの望む形で満足させられるような女なんて、実在しませんのよ。


 いい加減察しなさい。あなたの要求は、あなたの身の程に対して高過ぎます。


 でもね、わたくしならあなたの穴を埋めてあげる。あなたのことはわたくしがすべてお世話して差し上げる。夜寂しいと言うのなら毎日抱いてあげる。欲しいと言うなら子どもだって産んであげる。いいえ。どっちもいらないって言ったって押しつけてやる。わたくしはずうっと我慢してきたんです。それぐらい払っていただいて当然ですよね?


 だから、イライアス。いりませんよ、他の人なんか。他の女なんか!

 ねえ、そうでしょう?

 そうです。

 ……そうなのですよ。




 我が君。わたくし、実はこう笑っていますが、内心相当怒っていますのよ。他の女を作って、わたくしのことをすっかり忘れようとなさっていたこと。ふふふ、後できっちり身体で払っていただきましょうね。

 二度と忘れられないように髪の毛の先から指の端まで全部刻みつけてやる。わたくしを侮辱した代償は重いぞ、人間。ああ憎たらしい。今すぐにでも殺してやろうか。




 それでもやはり恋しい気持ちは捨てられない。この世界は地獄です。ずっと独り相撲を続けています。どうしようもないのですけどね。




 ……一年。我が君とわたくしが密かに再会してから一年、さらに耐えました。一年あれば十分でした。わたくしは決めたのです。


 あの男は駄目な人ですから、徹底的に根こそぎ全部蹂躙してやらないと理解できません。

 だから、あの人が一番欲しっているものをこの世からなくすことに致しました。そのための一年の仕込みです。国民にもあちら側にも散々根回しして手を尽くして。




 どういうことかですって? おわかりいただけませんか? わたくしが今日祝杯を上げているのは、何も我が君を手中にとらえられただけの記念にはとどまりませんのよ。


 家族も、恋人も、帰る故郷も、全部ぜーんぶ滅ぼしてあげました。

 我が君に触れているときほどではありませんでしたけど、それなりに楽しかったですよ。これがあの方の父親、この雌豚はあの方の母親、この猿はあの方の種違いの兄――。一つ一つわたくし自ら確認して、城の門に丁寧に飾ってから建物ごと爆破して参りました。

 輝かしき王都スヴァルベラでしたっけ? それも昨日で最後です。

 一軒一軒丁寧に焼き払い、人間共は残らず刈り取りました。男と子どもと老人はいらないので殺しました。妙齢の女は、我が国の兵士達がわたくしが少しやり過ぎたせいで嫁不足気味だったらしいので、取ってよろしいことにしました。本当は将来面倒になりそうなことは断っておきたかったのですけど、いと高き民であらせられる王都の人間が卑しく野蛮な獣人に愛情を向けることはまずありませんからね。あったらあったで観察対象にするまで。


 井戸には毒を投げ込み、血はがれきで埋め、焦土には塩を撒きました。この国が二度とよみがえることがないように。



 我が君の過去なんていりませんよ。わたくしという未来があれば十分。

 楽しみですね。我が君に真実を教えて差し上げる瞬間が。でも別に言わなくてもいいの。ありもしない現実に憧れる我が君を横で見ていられるだけで、わたくしとても満足ですもの。




 ――ああ、人間共に対するわたくしの処置ですが、特にあの泥棒猫は卑しい父親ごとお似合いの境遇までたたき落としてあげましてよ。

 最初に部下達に襲わせました。基本ですね。ご令嬢がお転婆なんてしてるからそんなことになるのです。

 それから頃合いを見て、いかにもな聖職者を慰めとして送り込みました。笑えるほどたやすかったですよ。あの女が落ちてくるのは。

 後は気をつけながら、敬虔でお優しい聖職者ことわたくしの下僕を通して真実の愛を演出してあげただけ。

 我が君と彼女の方から婚約を破棄させたのは、もちろんその方が我が君がイラッとするからですよ。ささやかな嫌がらせです。


 だってわたくしこの件に関してだけは一歩も譲るつもりがありませんからね。


 王都襲撃の折、ついでですから彼らの館にも足を伸ばしました。最後に種明かしをしたら金切り声を上げていたけれど、一時でも良い夢を見させてあげたのだから温情がある方でしょ?

 あの女も本当はちゃんときっちり殺しておきたかったんですけどね。下僕がどうしてもとねだるものですから、両手両足を刎ねた上でそれでも欲しいならとくれてやりました。一体どこがそんなに気に入ったのでしょうね。でもまあ、偏執には多少理解がありますし、下僕が幸せそうだったのでわたくし結構いいことをしたのではないかと思っています。


 ああ、もちろん一連の蛮行は、お嬢様の大好きなお父様の前で行って差し上げてよ。ショック死なんてなかなか面白いものも見せていただきました。娘の方は気絶で済んだようですけどね。

 お互いに薄情者の親子ですね。本当に配慮ある父親なら娘が最初に襲われたときに自分で殺しておくべきでしたし、娘だって愛するお父様を苦しめたくないなら自害するべきでした。あさましくいじましく生き残ったのでお似合いの末路を与えてやったまで。




 でもまあ、いいでしょう。それぐらいしたらようやく少しはわたくしの気も紛れました。

 我が君の唇を与えられたことは一生許さないけど、散々あの女がこんな目に遭っているのは我が君のせいですよと教えて差し上げましたからね。一生呪って惨めに死ぬがよい、哀れで不運なあばずれめ。




 うふふ。どうしましょうねえ。我が君には元婚約者殿の現状、教えてあげるべきでしょうか?


 いいえ、いいえ。

 あなたの心を占めるのはわたくし一人でよろしい。

 でももし万が一我が君があの女についての未練を断ち切れないようでしたら、塩漬けの両手足を持ってきてあげないといけないのかしら。さすがにそれぐらいしたら百年の恋だって冷めるでしょ。と言うかいい加減諦めてください。


 そんなことになる日が来るとしたら、わたくしとても平静ではいられない。あなたの賢明な態度を祈っていますよ、我が君。


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