第7話 そうして僕はママになる
僕と王妃。
どちらもが首を斜め45度で見つめ合っていたが、このままでは話が進まないので1つの提案をする。
「どうやらお互い認識には誤りがあるようだし、良ければ交互に質問しあうのはどうだろう?」
少し考える素振りを見せる王妃だがすぐに微笑むと答えを返してきた。
「…そうですね。こちらも聞きたいことがございますのでそうしていただけると助かります」
「分かった、じゃあこちらから質問しよう。まず…僕が『救世の大魔導師』というのはどういうことだ?身に覚えが無いのだが…」
「それはもちろん以前世界を脅かした『
…当然のように言われたがまるで意味が分からない。
「すまない、まずその『病魔ヶ刻』というのは…?」
「『病魔ヶ刻』というのは不治の伝染病に付けられた名前です。かつて世界中に広がり人類は滅亡の危機にさえ直面した病です。治す手段もなく、数多の種族達は滅ぶことを覚悟しました。
…しかし!」
…王妃がこちらにキラキラとした視線を送ってきている。
さながら信仰している神に出会った宗教家のようだ。
「大魔導師様の秘術により地上を侵していた病は消え去り、人々は救われたのです!だから我らは感謝の意を込めて貴女様のことを『救世の大魔導師』と呼ぶようになりました」
「なるほど…なるほど?」
おかしい…説明されればされるほど記憶に無い出来事が広がっていく。
ぜんぜん覚えの無い話を聞かされているためこちらは全く理解できない。
このままでは首が45度よりも傾いてしまうかもしれない。
「う~ん?」と腕組みをしながら唸っていたそのとき、こちらの様子を見てまだ僕が理解していないことを察した王妃が補足をしてきた。
「お覚えではありませんか?言の葉の秘術でおっしゃったではありませんか、『地上の人間に蔓延る病魔を滅ぼせ』と」
「…………まさか」
そんなことを言った覚えはない。
…だがそれと似た感じの言葉を言った覚えなら確かにあった。
そう…あの人類を滅ぼそうとした日だ。
もし僕の思っていることが正しいなら、恐らくあの日の言葉足らずで言った『創世の至言』は確かに滅ぼしていたのだ。
僕が滅ぼそうとしていた人間…に蔓延っていた病魔を。
…今思えば水晶で村の様子を伺っていたとき、村人達が喜びあっていたのは病が治ったからか!
「私達が今こうしてここにいるのは貴女様のお陰です。我が国で貴女に感謝していない人間はいないでしょう」
「…いやまぁ…うん…」
乾いた笑みしか出来ない。
言えない。
本当は人類、
滅ぼそうとしていたなんて言えない。
それにしても滅ぼそうとした結果、その相手を助けていたなんて皮肉な話だ。
今この状況では非常に助かる事実だが。
つまり僕は犯罪者ではなく善人として名が広まっていて、この国の人間達は僕を救世主として崇めている節があるようだし。
「つまり僕が研究に籠っていた間にそう呼ばれるるようになったということだな。分かった」
「ご理解いただけて良かったです。
では今度はこちらの質問を」
「どうぞ」
「その…私達の知る限りではレスティオルゥ様は男性だと伺っていたのですが…」
ちらちらとこちらを見ている王妃。
言いたいことはわかる。
どうみても今の僕を男だと思う者はいないだろうし。
「もとは男だったが、今は自分で作った体を使っている。そのときに女性になったんだ」
その言葉を聞いた王妃が子供のように瞳を輝かせる。
「なんと、秘術を用いればそのようなことが可能なのですね…流石は大魔導師様!」
「…まぁな」
…言えない…その秘術が暴発して元の体が灰に帰したことは口が裂けても言えない…。
「では、次はこちらだ。オルカの村が町になったのはいつだ?」
「オルカの町ですか?」
王妃が顎に手を当てて悩んでいる。
「…確か、約60年ほど前だったと…」
「60年?そんな馬鹿な。僕の感覚では数年しか……いや、待て。今はサタナ歴2943年であっているか?」
オルカの村とオルカの町。
明らかに記憶との差異があり念のために確認しようとしたが思っていた回答とは違う答えが返ってくる。
「申し上げ難いのですが…今はサタナ歴3043年になります」
「…3043年!?」
3043年、つまりは僕が表社会から姿を消して200年過ぎていることになる。
だが僕は暦を読み間違えるほど余裕が無かったわけではない。
しかし記憶の時間と現実は大きくかけ離れていた。
では記憶と現実の間に何があったのか考えていると、僕は自然と脳裏に巡らせていた記憶に違和感を覚えた。
…そう言えば『創世の至言』を使って眠った後に目が覚めると、周りがホコリだらけだったな。
あのときは寝起きだから頭があまり回ってなかったが、今考えるとおかしい。
自分で言うのもなんだが僕は几帳面な性格だ。
週に三度は掃除をしていたはずなのに、あんなにホコリが積もるわけはない。
つまり僕は『創世の至言』を使ったときに長い間眠っていた?
「…そう言えば時間とか言わずに『少し』って適当なことを言った気がするな…」
おそらく僕は『創世の至言』により「少し(100年)」の眠りについていたんだろう。
でなければ100年の歳月に説明がつかないし…。
…それにしても『
…やっぱり『
「分かった、僕の聞きたいのはここまでだ。そちらはまだ何かあるか?」
「でしたら本題に入る前にもう1つよろしいですか?」
「ああ、どうぞ」
こちらを見る王妃…の視線が僕の後ろへと移る。
「そちらのエルフの少女とはどのような関係なのですか?」
「…関係…関係か…」
そう言われれば僕はこの子を拾いはしたがどのように扱うか決めてはいなかった。
ただ僕と同じ暗闇に放ってはおけなかった。
だから連れてきたのだ。
名前もなく家もない少女。
だが少なくともこれからは僕が育てるのだし、立場と…あと名前を決めておくべきだろう。
実際彼女に相応しくちょうどいい称号は1つあるのだし。
不安そうにこちらを見るエルフの少女。
彼女の頭に「ぽんっ」と手のひらを当てた僕は王妃の方へと向き直る。
「この子の名前は『
「それは…本当ですか!?」
その場が騒然とする。
まぁ、いきなり娘だとか言われても困るか。
「偉大なる大魔導師様の後継者なのですね!」
なにいってんだこの人。
何やら目を煌めかせティアを見て「ああ!神よ!今日この素晴らしき出会いに感謝します!」と天を仰ぐ王妃。
涙を流して娘に頭を下げる兵士達。
…どうやら思った以上に僕関連の信仰心は厚いらしい。
少なくともこの様子を見るに僕の娘と名乗らせておけばこの国でこの子が迫害されることは無いに等しいだろう。
安心した僕は娘に視線を向ける、が…。
「…?…ティア?どうした?」
なぜか僕の背中に顔を押し当て抱きついているティア。
話しかけても返事はなく背中に隠れた顔からは様子も窺えない。
いきなり娘だとか言ったから怒ったのだろうか?
やはり子供の相手は難しい。
このまま彼女の機嫌が戻るの待つのもあれなので、空へと意識が飛んでいる王妃に咳払いと共に話しかける。
「おほん!ところで王妃様…」
「イデオンです。
『イデオン・アヴァントヘイム』
どうかイデオンとお呼びください大魔導師様」
「では僕のこともティオでいい。イデオン」
「畏まりましたティオ様」
ドレスのスカートを上げ頭を下げるイデオン。
…本当は様も要らないんだけどな…。
「頼みたいことが二つある。
1つ、僕とティアは今住む場所を無くして困っていてな。新しい生活拠点を貰えるとありがたいのだが。ああ、勿論それに対する対価は後で…」
「なにをおっしゃいます!!!」
「うわっ!?」
突如僕の目の前に目を輝かせた王妃が現れる。
いま瞬間移動かと言う程の速度で移動した王妃が怖い。
「私達の今は貴女様に与えられた物!対価は既にいただいております!何なりと!何なりとご命令を!」
圧倒的な迫力に気圧される僕。
やはり一途な信仰ほど恐ろしいものはない。
「わ、わかった。じゃあもう1つ頼みを聞いてくれ!」
「はい!どうぞ!神殿を建てますか!」
「いや、建てないでくれ。二つ目の頼みは…これから僕とティアは普通の町で普通に暮らしたい。だから僕達のことはなるべく秘密にしてくれ」
このまま大魔導師とか言われたまま町に住めば、騒ぎになることは想像できる。
だが僕が望むのは研究しやすい静かな場所と、ティアが楽しく過ごせる空間だ。
であれば大魔導師なんて目立つことこの上ない称号なぞ隠してしまうに限る。
…目の前のイデオンはとても残念そうな顔をしているが…。
「……わかりました、すぐに手配させていただきます。ティオとティアという身より無き魔術師の家族という設定で」
「よろしく頼む」
「はい。…………ところで黄金の大魔導師像などは……」
「当然の却下だ」
「ソンナー」
そんなものは断固拒否する!
◆●◆●◆●◆●◆
王妃の素早い手配によりその日の夕方には僕とティアは新しい家に入ることが出来た。
海と山に挟まれた村。
その村から少しはなれた位置にある住む人無き家が掃除され僕とティアに渡されたのだ。
『なにかご用の際は城までお越しください』
別れ際にイデオンはそう言っていたがしばらく厄介になることはないだろう。
そんなことを考えて家の中へと足を踏み出した僕だが、ふと背後のティアが歩を止めていることに気がつき振り返る。
「どうした?もしかしてこの家は嫌か?」
「…!(ふるふる)」
必死に首を横に振るティア。
違うらしい。
しかし何も言わないティアがこちらを真っ直ぐに見ていることに気がつき、口を閉じる。
どうやら何か言いたいことがあるようだ。
「…あの…その…」
言いよどむ彼女がしっかりと自分の言葉を話せるように僕は待つ。
そして遠慮がちに口を開いた彼女は自信無さげにこちらに尋ねてきた。
「…『お母さん』って…呼んでも…いいですか…?」
「………!」
怯えるような彼女の瞳からその心を感じる。
大きくなるまでに誰でも当たり前のように口にするその単語をまるで宝石のように扱う目の前の少女。
おそらく今までそんな当たり前の言葉にすら当てはまる相手がいなかったのだろう。
種族に『忌み子』と呼ばれたその時から。
僕はなんだか無性に腹立たしくなり、玄関口に立っていたティアの前に膝をつき彼女の頭を優しく撫でた。
「当たり前だろう。お前は僕の娘なんだからな」
「…!お母さん!」
ティアがこちらに走ってくる。
僕の胸に飛び込んでくる。
―きっと僕はこの今を忘れないだろう。
欠けていた僕の中に溶け込む、抱き締めた家族の温もりを。
涙を流しながらも嬉しそうな笑顔を浮かべ、
こちらに必死に抱き付く不幸な娘の幸せの始まりを。
どうやら人類滅亡の計画は…永久に凍結しそうである。
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