スクールフェスティバルマジック!!

濱崎ハル

不思議な能力とモデル美少女

第1話不思議な能力とモデル美少女①

 教室は活気で満ちていた。

 文化祭を三カ月後に控えた、六月の末。

 黒板にはクラス委員の手によって、たくさんの文字が並べられていた。

 『文化祭 クラスの出し物 演劇 オズの魔法使い』

 その文字の横には、演出、脚本、照明、衣装と役割が羅列されていて、それぞれにクラスメートの名前が書かれている。

 俺はこれがやりたい、それはだれそれが得意だよ、といった声が飛び交っている様子を、窓側後方の席に座っている僕は、一歩ひいたところから眺めていた。

 クラスメートが一丸となって楽しそうに騒いでいる光景は、見ているだけで楽しかった。いくら眺めていても、飽きない。

 視界の端に、すーっと白いものが伸びるのが映り込み、僕は、窓の向こうの空に目をやった。雲一つない青空に、飛行機が一直線に白いラインを引いている。

 三階にある二年三組の教室からグラウンドを見下ろした。本格的な夏を間近に太陽の光を反射した緑が、青々と輝いていてまぶしかった。

「ちょっと、そのやる気ない感じなんなの?」

 外の様子に夏の始まりを感じていると、隣の席から、責めるような声が飛んできた。振り向くと、古川瑞希ふるかわみずきが冷たい視線を僕に向けていた。

「やる気ないわけじゃないけど」

「真人、役者やらないんでしょ?」

「うん」

「それなら、早く何かしらの係になっとかないと、後でまた面倒ごと押し付けられちゃうよ」

 黒板を見ると、ほとんどの役割は、既に担当の生徒が決まっているようだった。こうしたものの中には、決まってみんながやりたがらない少し面倒な役割がある。瑞希は、僕がそれを押し付けられてしまうことを、心配してくれているのだ。

「僕は、別に面倒ごとでも構わないけど」

 僕の言葉に、瑞希はあきれたようにため息をついた。

「では、これから役者決めに入ります」

 クラス委員長である新垣にいがきくんの声がすると、瑞希は僕から目を離し、少し腰を浮かせて黒板の方に向き直った。僕はちょっと苦笑いを浮かべると、一層熱を帯びるクラスメートに目をやった。

 瑞希は、クラスの催し物が演劇と決まったときから、主役を狙っていた。だから、役者決めが始まった今、僕に構っている余裕などないのだ。

 そして、主役ではないが、瑞希と同じくらいの熱量で何かしらの役を狙っている人が、もうひとり。

 僕は、前方にいる瀬戸司せとつかさに目をやった。彼は、興奮のあまり立ち上がっている。

「では、まず、ブリキ人形の役から」

「はい!」

 教室でひとり立ち上がっていた司が、全力で挙手した。

 僕はふと去年の文化祭のことを思い出した。一年一組クラス全員で作ったお化け屋敷。当日のことはたいして記憶になく、ひたすらスーパーから段ボールをかき集めたことだけが頭に残っている。

 段ボール調達係としてはりきったら、集めすぎて大量に余らせてしまった。

 あれから、もう一年。高校生活は、思いのほかあっという間なのかもしれない。

「では、係が決まっていない人は、手を挙げてください」

 役者決めも、無事、すべてが決まったようで、あとは決まっていない役割に、残った人をくっつけていく段取りになっていた。

 ドロシーの文字の下には、古川瑞希と書かれている。彼女は、お目当ての役を手に入れたみたいだ。

「真人、手、挙げないと」

 瑞希から声をかけられ、僕は、反射的に手を挙げた。クラスでの出来事をぼんやり眺めていただけだった僕は、まだ、何の役割にも属していなかった。

 周りを見渡すと、僕と同じことをしている人は誰もいないようだった。役割が決まっていないのは僕だけであるようだ。

「……えっと」

 手を挙げる僕を見て、クラス委員の女子があいまいな表情をしていた。

福本真人ふくもとまさと

 と、自ら名乗ると、クラス委員の表情はぱっと明るくなり、黒板に僕の名前が追加された。

 『大道具 福本真人』

 僕は晴れて、大道具係に任命された。

 果たして、大道具とはどういうことをやるのだろうか。大きな道具を、どうにかするのか。運ぶのか、作るのか。中学のときの美術の成績はずっと4だったから、何か役に立てるかもしれない。

 一通り役割が決まると、クラスのみんなは、ガラガラと机や椅子を動かす音を響かせながら、立ち上がり始めた。クラス委員の指示により、決まった役割ごとに集まるそうだ。

「主役、やったじゃん」

 瑞希に声をかけると、彼女は「まあね」と言って、役者組の集まりへ向かっていった。それを見届けてから、僕も立ち上がる。しかし、役割が決まったときは、大道具は僕ひとりしかいなかった。だから、集まるところがない。

 どうしたらいいのか、と改めて黒板を見た。

 すると、僕の名前の隣に、新たに並んでいる名前があった。

 『桐谷梨々香きりたにりりか

 僕はそれを見て、首をかしげた。

 桐谷梨々香。僕は、その人を知らない。クラスメート全員の顔と名前は一致しているはずなので、黒板に知らない名前があるのはありえなかった。それを証明するように、黒板全体を見渡しても他に知らない名前はない。そして、周りに目を回しても、見たことのない人はいなかった。


 屋上には、太陽の光を遮るものがないせいで、日影がない。

 直射日光を身体全体に受けた僕は、スマートホンを身体の陰に隠して「大道具」と検索した。

 舞台美術。建物、岩石、背景など、登場人物が手に取ることのできないもの、とある。

 なにやら、大きなものを作るらしい。でも、今の僕には、そのノウハウも道具も材料もない。そもそも、何を作ればいいのかわからない。問題は山積みらしい。

 どこから手をつければいいのか、と途方に暮れていると、ガチャリと音がして扉から司が現れた。

「おっす」

 先ほどブリキ人形の役を勝ち取った彼は、爽やかな笑顔を向けて、僕のもとに来る。

 文化祭の話し合いがひと段落したところで、僕は彼からここ屋上に来るように言われていた。

 僕と司は、小学校からずっと同じ学校に通っている。そして、僕がクラスメートのなかで数少ない、口を利くことができる友達だ。

「役者決め、張り切ってたね」

「高校二年の文化祭なんて、目立ってなんぼでしょ」

 司は、僕の向かい側のフェンスに、勢いよくもたれかかった。ものが何ひとつない屋上を挟んで、僕と司が向かい合う。これは、僕たちのいつものポジションだった。僕と司は、こうしてよく言葉を交わし合う。

「真人は、何の係だっけ?」

「大道具」

 そう言うと、司はくすっと笑った。

「相変わらず、面倒そうなこと任されてるな」

「僕は構わないから」

「まあ、お前らしいけど」

「で、話ってなんなの?」

 僕がスマートホンをポケットにしまうと、司は姿勢を正した。

「聞きたいことがあるんだけど」

「聞きたいこと?」

 司は、一度、視線を僕から外した。

「古川ってどうなの?」

「瑞希のこと?」

「うん。お前と古川って幼馴染なんだろ?」

 瑞希は、僕の隣の家に住んでいる。だから、昔っからの顔なじみで、それこそ僕たちがお母さんのお腹の中にいるころから、近くにいた。

 司から瑞希の名前が出てくるのは、今までにないことだった。同じクラスになって数カ月経つが、二人が親しそうにしているところは見たことがない。

「そうだけど。どうって、どういうこと?」

「それは……」

 司は、落ち着きなく、視線をふらふらさせている。

「もしかして、気になるの?」

「うん」

 司は瑞希のことが好きになったようだった。

 瑞希は、隣に住んでいるけど、小学校から中学校までは私立の学校に通っていた。だから、今まで公立にしか通ったことのない僕は、高校生になって初めて彼女と同じ学校に通うことになった。

 だから、小中と僕と同じ学校に通っていた司は、高校二年生になって初めて瑞希と知り合った。

「付き合ってるやつとか、いるのか?」

 僕は、そういう話に疎い。おそらく、恋愛というものがよくわかっていないのかもしれない。でも、瑞希にそういう人がいないことは知っている。

「いないと思うけど」

 そう言うと、司は、嬉しそうな顔をして僕を見た。

「そうか」

 司は素っ気なさそうにそう言ったが、表情に喜びを隠しきれていなかった。

「じゃ、俺、課題の再提出あるから、行くわ」

 そう言って、僕に手を振る。司が僕を屋上に呼び出した理由は、これだったようだ。

「あのさ」

 今の話とは別のことで、僕は気になっていることがあった。

「なんだ?」

「桐谷梨々香って知ってる?」

 それは、僕と同じ大道具係に名前のあった人だ。

 司は、はて、と首を傾げた。

「知らないけど」

「そっか」

 司も、その名前に心当たりがないようだった。

 桐谷梨々香。いったい、誰なんだ。

「係にその名前が――」

 そう口を開いたが、気づけば、もう屋上に司の姿はなかった。


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