新しい暮らし②
マドルスの演奏が終わると、リアンは力強く拍手をした。
「凄いよ!」
その声からも、リアンが興奮しているのが分かる。
「お前のピアノも凄いんだぞ!」
「本当!?」
「あぁ…じいちゃんの血を受け継いでいるんだからな」
マドルスはそう言うと、豪快に笑った。
そして二人は暫く、楽しそうに笑い合った。
「リアン、腹減らないか?そろそろ飯にしよう」
部屋を出た二人は、長い廊下を歩き出した。
そして家の中とは思えない時間を歩き、先を歩くマドルスは、とある部屋の中へと入って行った。
後を追っていたリアンも、部屋の様子を伺うようにして、中へと続く。
部屋の中央には縦長の大きな黒いテーブルが置いてある。
その上には白いクロスが敷かれ、コップや食器などが置かれている。
そしてテーブルの両端には、黒い服を着た男が二人立っている。
黒い服を着た一人が椅子を引くと、そこにマドルスは腰を下ろした。
「そこに座りなさい」
マドルスの指した、対面の席へとリアンは向かった。
すると、席の後ろで待機していた黒い服を着た男も、椅子を引いてくれた。
「ありがとう」
リアンはお礼を言った後、椅子に腰掛けた。
「お礼はいいんだよ、それが仕事なんだから」
マドルスは縦長のテーブルの先で、少し厳しめの表情を浮かべている。
「あっ、はい」
リアンはさっき言われた事を忘れていたのだ。
リアンは舌をペロッと出して、側に立つ黒い服の男に視線を送った。
黒い服の男は、リアンのその仕草を見て、微笑んだ。
「この二人は、我々の世話をしてくれる。それが彼等の仕事なんだ。何か用心がある時には、彼等に言うんだぞ…礼なんて言わなくていいんだからな」
マドルスはそう言うと、側にいる執事に合図を送った。
それから暫くすると、料理が運ばれてきた。
リアンは、目の前に置かれたスープを見詰め呟く。
「これだけ?」
テーブルにはスープ以外の料理はない。
リアンは素直にそう思ったのだ。
そして、テーブルの上にあったパンを食べつつ、スープを少しずつ飲んだ。
リアンのスープを啜る音を聞き、マドルスは怪訝な表情を浮かべている。
「…リアン、スープは音を立てずにこうやって飲むんだぞ」
マドルスはスプーンでスープを掬い、何の音も立てずに、口の中へと入れた。
リアンは見よう見まねで、マドルスと同じような動作をし、音を立てないように注意しながら、スープを飲んだ。
「…さっきの食べ方の方がおいしかったよ」
「…ははは、そうか…でもな、テーブルマナーというものがあってだな……お前は知らないらしいから、今日はじいちゃんの真似をして食べてみろ」
「…うん」
リアンは次々と運ばれてくる料理をマドルスの真似をして食べていった。
真似るのに必死で味なんか分からなかったが、料理はすごいご馳走ばかりだ。
「もっと好きに食べたいな……ジャンだったら…」
リアンはそう思い、空しくなった。
ジャンとはもう暮らせないからだ。
会話が弾むジャンとの食事とは違い、静かに出されたものを食べる食事が終わり、リアンは一人部屋に戻った。
今日からここが自分の部屋となる。
まだ実感は湧かないものの、荷物を部屋の中へと置いていく。
そして最後に、フェルドの絵をベッド側の壁に飾り付け、枕元にフェルドとソフィアとジャンが仲良く写っている写真を飾った。
「…おやすみ」
リアンは写真の中の皆に挨拶をし、眠りに就いた。
次の日リアンは車に乗り、マドルスと共に学校に向かった。
「こちらが孫のリアン.ソーヤです…これからよろしくお願いいたします」
マドルスは学園長室で、学園長に向かって頭を下げている。
学園長は天下のピアニストに頭を下げられ、大変かしこまっている様子だ。
「…わ、分かりました…こちらこそよろしくお願いいたします」
学園長は床に頭が付くぐらいのお辞儀を返した。
「リアン、がんばれよ」
マドルスはそう言い残し、学校を去って行った。
リアンは学園長に連れられ、これから学び舎となる教室へと向かう。
そして二人は、まだ授業前なのに静まり返る教室へと入り、学園長直々に、生徒達にリアンを紹介した。
「皆さん、こちらマドルス.ソーヤさんのお孫さんのリアン.ソーヤ君です…突然ですが、こちらのクラスで、皆さんと一緒にお勉強することになりました。よろしくお願いします」
そう言うと、学園長はどこか満足げに、リアンを残し、教室から出て行った。
「…お願いします」
リアンは黒板の前に立つ、このクラスの担任らしい女性に挨拶をした。
「…はい、では席はあちらで」
女性は何も聞いていなかったらしく、驚きながら空いている席を指差した。
「はい…皆さんお願いします」
リアンは今度はクラスメイトに向かって、挨拶をした。
そのクラスメイト達はリアンを見て、驚きの顔をしている。
注目を一身に受けながら、リアンは言われた空席に着いた。
「シャルラ先生!マドルス.ソーヤって、あのマドルス.ソーヤですか!?」
生徒の一人が、担任のシャルラに向かい尋ねた。
「…分からないわ…私も転校生の話しなんて聞いてなかったから…では、授業を始めます」
その言葉を聞き、皆は姿勢を正した。
きちんと教育の行き届いた学校なのだろう。
リアンは学園長に貰った教科書を、鞄から取り出すと、開いた。
しかし、シャルラが何を言ってるのか、チンプンカンプンだ。
前の学校と比べて、この学校は、学力のレベルが相当高いようだ。
理解仕切れないリアンは、上の空で聞いている。
「つまらないな…ドニーは今頃楽しんでるかな」
リアンは授業中、そんな事を考え、つまらない授業を乗り切った。
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