酒場③
まったく、この店の客は、ビール以外の飲み物は口にしないのか?
たまには、値のはるウィスキーでも注文してくれよ。
ジャンはビールをグラスに注ぎながら、そう思った。
そういえば、この店でビール以外の飲み物の注文が入ったのは、どのくらい前の事だろう?
一年前?二年前?ジャンには覚えがなかった。
少なくともジャンが、この店の店主になる前の事だろう。
常連客しかこないような、こんな田舎の酒場だから、しかたがないといえば、しかたがないのだろうか?
時計の針は九時を指している。
店の中は、程良く混んできた様子だ。
大人にとってはまだ宵の口だが、十二歳のリアンにとっては、もう夜遅い時刻だ。
「おいリアン、そろそろあがってくれ」
ジャンは、忙しく動き回るリアンに声を掛けた。
「おっ?もうあがるか、おやすみ」
常連客達は飲む手を止め、リアンに手を挙げる。
「みんな、おやすみなさい」
リアンは持っていたビールを客の元に届けると、みんなに挨拶をして、店の二階へと上がって行った。
店の二階は住居になっている。
リビング、風呂、トイレ、そして二つの部屋。
決して広いとは言えないが、二人で住むには十分な広さだ。
「フゥー…」
椅子に腰掛けたリアンは、疲れた様子で溜め息を付く。
そしてテーブルの上の鍋から、ジャン特製のシチューを皿によそうと、1人きりの食事を始めた。
やけに具が大きいシチューは、作ってから時間が経っているせいか、すっかり冷たくなってしまっている。
ジャンからはいつも、鍋を温め直してから食べろと言われていたが、1人きりの食事のせいか、リアンはいつも温め直さずに食べていた。
そのせいか、なかなか食が進まない。
パンを一口と、冷たいシチューを半分程平らげたところで、リアンは食事を止めた。
そして食器を洗い終えると、風呂場へと向かう。
「フゥー…」
程良く熱いシャワーを頭から浴びてリアンは、また溜め息を付いた。
そして微かに花の香りのするせっけんを泡立て全身に塗りたくると、汗をかいて汚れた体を丁寧に洗い、風呂場を出た。
「…ワハッハハ…ハハ」
下の階からは、賑やかな声が聞こえてくる。
リアンはそれをよそに、まだ濡れている髪をタオルでゴシゴシと拭きながらベットにゴロンと横になった。
そしてよっぽど疲れていたせいか、そのまま夢の世界へと行ってしまったようだ。
「…トントン…コトコト」
台所から聞こえてくる音で、リアンは目を覚ました。
どうやらジャンが朝食の準備をしている様子だ。
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