　僕は、昨日、旅行をした。

　もちろん、夢の中のことである。今の僕は旅行どころか、家から一歩も出られない。それどころか、家の中での日常生活でさえ、満足にこなせない。外出なんて夢のまた夢だ。それで夢に見たのだけど。

　その夢は日本国内一周の夢だった。僕は、どこかの旅行会社の企画したパックツアーに参加して、日本のあちこちを回るのだ。自転車に乗っていたような気もする。僕は普段、自転車になど乗らないというのに。

　そのパック旅行はSF関係の企画らしく、僕は他のツアー参加者とともにSFと関係がある場所を何箇所か回らされた。僕が参加していたのも『MM9』と何か関係があるかららしい。ああ、道理で、『MM9』で怪獣が暴れた地点って、すべて実際にある場所だもんな。ツアー企画、成立するわ。

　もっとも夢には妻や美月は出てこなかった。二人とも旅行が嫌いなのだ。美月は

ちょくちょくと親友と旅行に行ったりもするのだが、妻なんか僕との二人きりの旅行すら毛嫌いするほどだ。だから僕の潜在意識も妻が嫌がる選択を避けたのかもしれない。

　対する僕は一人旅が好きなタイプ。よく変わった旅をする。たいていは小説のヒン

トをつかむ旅行だ。『プロジェクトぴあの』ではマルチン・シリング社の幾何関数実態模型コレクションを見るために丸の内のインターメディアテクに出かけたり、あるいは『MM9』の続編のために茨城県のJ-PARC（大強度陽子加速器施設）を見学したことをも。ああ、旅行とは違うけど『BISビブリオバトル部』を書いてる間は、関西地方のいろんな学校やらファンクラブや図書館を回ったっけなあ。一つでも多くのビブリオバトルを見て回りたくて。

　今はもうどれも失われてしまった。

　それは永遠に戻らない。

　だから僕は、そんなことを知らない人々、脳梗塞という病気に無縁な人が羨まし

い。みんなはそれがどれほど幸運なことなのか知らないのだ。