人は虐殺をする
人気マンガ『僕のヒーローアカデミア』で、作中人物に「丸太」という名前を使ったことが問題になった。「丸太」というのは有名な731部隊で毒ガスの人体実験に使われた中国人捕虜を指すコードネーム。それを不用意に使ったのはけしからんというのだ。
僕は作者にとって少しは同情的だった。今となっては、さすがに日中戦争のエピソードのすべてを覚えていることなんて、無理な話だろう。担当編集者にしても同様で、戦後生まれで、まさか「丸太」という言葉にそんな暗い意味があるとは知らなかったのだろう。いったい戦後何十年過ぎているのか。
ただ、「丸太」の件で中国人が抗議してきたのは、当然のことだと思うし、それに対して『少年ジャンプ』の編集者が対応したのも無理のないことだと思う。
ただ、この件では、デマが乱れ飛んでるのが僕は気になっている。
それは「七三一部隊は中国人が考えたデマ」というデマである。
アホらしいデマなんだけど、意外に信じる人間がいて驚いている。七三一部隊は中国人が考えた話ではない。アメリカ人のノーバート・フェル博士の「フェル・レポート」、エドウィン・V・ヒルとジョセフ・ヴィクターらがまとめた「ヘル・レポート」という報告に詳しく書かれている。彼らは日本人が中国人を使って人体実験をしていたことを、貴重な記録だと思っていたらしい。日本人がいくら「デマだ」と言っても無駄なのである。
考えてみればこの手のデマは他にもある。よくあるのが「南京大虐殺なんてデマだ」というデマである。ほんとに多くの人が信じている。特に日本では『戦争論』とか『ゴーマニズム宣言』というマンガで取り上げられたことで、いっぺんに信じる人間が増えた。
僕は『神は沈黙せず』の中でこのデマを取り上げた。その際に角川書店から使用した数冊の本の提出を命じられた。微妙な問題だけに、万が一にも資料の間違いがあってはいけないと考えられたのだ。結果は「問題なし」と判断され、『神は沈黙せず』は無事に出版できた。
ちなみに、僕が資料として使った本は「数冊」どころじゃない。少なくとも三十冊以上。もちろん、中国人が書いた本も一部にあるが、大半は日本兵が書いた当時の日記や、当時の南京にいたアメリカ人やドイツ人の記録である。そこには当時の南京にいた中国人が何千何万人という単位で虐殺されていたことがはっきり書かれている。犠牲者の数は不明である。よく言われている「三十万人」というのは多すぎるのではないかと思うのだが、たとえ「三万人」でも十分に「大虐殺」と呼んでいいと僕は思う。
僕がなぜ南京大虐殺にこだわるかというと、それは僕の信念――「人間は知的生命体じゃない」に一致するからだ。
知的生命体が虐殺なんてするものか。
ところで、このころ知り合った「ゆう」さんとは、今でもツイッターでよく話している関係だ。僕よりもはるかに戦史に詳しく、膨大な量の資料を常に常備している。誰か出版関係の人、この人に本を出させてあげて欲しい。こんな人が埋もれてるなんてもったいない!
ただ、僕は断固として主張するものだが、こんな過去の旧日本軍の悪事を、現代の若い人に背負わせるのは間違いである。
どの国の人も、過去に大量虐殺ぐらいはやっている。アメリカ人なんて広島や長崎の悪事を何ら反省していないではないか。だから、何十年も昔の悪事をほじくり返すのはやめるべきだ。ましてや過去の事なんて知らない若い人なんてどうしろというのか。
僕らは過去にとらわれるんじゃなく、未来に生きるべきなんだと思う。
だが、歴史修正主義には断固としてノーと言おう。「南京大虐殺」や「七三一部隊」、あるいは関東大震災の際の朝鮮人虐殺を否定するような連中には。
彼らは反省などしていない。日本人がやった悪事を否定して、「日本は常に正しかった」と主張する。そんなことがあるわけがなかろう。どこの国もやるんだよ。
ちなみに、日本だけではなく、ドイツには今でも「ナチスのガス室なんて嘘だ」という奴がいるらしい。
彼らの主張は口当たりはいいが、甘過ぎて危険である。
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