三回忌 その三
「妙子さんどこにおらさるんか分からんのかい?」
旦子の問いに大儀は頷く。
「ん、静さんの葬儀ん後すぐ引っ越してしもうたんや。ケータイも替えたみたいで連絡付かんでな、去年の小包は京都から来てんやろ?」
大儀にとっては妙子の消息が分かる手掛かりになると考えていたが、それを否定したのは長狭であった。
「多分おってないと思う。京都やったら前住んでた所を差出人住所にしてるんちゃう?」
「何のためのわざわざそんなことを?」
堀江は実母の回りくどい行為に眉をひそめる。
「『堀江コーポレーション』の経営危機を報せるため、やと思います。御曹司が社長になってから経営が右肩下がりで、ここ何年も赤字経営を続けてるので」
「今更俺には関係ないでしょう、縁を切ってきたんは向こうですよ」
「その言い分は通用しないと思います。現社長の性分を考えれば自分の都合は通して当たり前いう発想ですから、後継を押し付けて責任逃れすることも十分考えられませんか?」
「……」
長狭の言葉に堀江は言葉を失う。彼が知る実父は正に彼女の言ったとおりで、自身さえ良ければ他の誰かがどうなろうがお構いなしという振る舞いを散々見てきている。ただ長狭が何故そこまで『堀江コーポレーション』の事情に詳しいのか? という疑問が沸き起こるが、それを今訊ねてよいものか言葉に困っていた。
「話の腰を折るようで悪いんだけどささ、なしてそったら仁君とこの会社事情に詳しいのさ?」
話に付いていけなくなっている大悟が長狭を見た。
「最初の就職先が『堀江コーポレーション』やったんです。私は先代社長時代秘書課におりましたので、昔の縁でそういった話が一応入ってくるんです。多分ですけど妙子さんも似たような感じで情報を持っておられると考えていいかと……」
「つまり、仁君のお父ちゃんの経営方針を良う思わさってないんが情報を横流ししささってるってことかい?」
「平たく申し上げればそういうことです。現社長は自身の都合で平然と他人を振り回しますので、どこかで恨みを買われても当然でしょうね」
「なるほど、したら現社長とやらがそん責任逃れ込みの世代交代を目論んで仁君を呼び寄せる可能性があらさって……妙子さんはそれを止めらさりたいってことかい?」
大悟の推測に長狭はえぇと頷いた。
「私はそう考えてます。ただ『堀江コーポレーション』がいつその動きを見せるのかまでは分かりませんが」
「アンタらかこうしてここにおらさるってことはそったら遠い未来の話でねえさな。ただわちらでできらさることが無いってのが……」
大悟は考え込むように腕を組む。根田と小野坂は話に付いていけていなかったが、堀江家での問題が状況次第で彼自身に火の粉がかかるということだけは理解できた。
「えぇ。私たちは“金碗家で繋がっている”のであって堀江家で繋がっている訳ではありませんので残念ながらそうなります」
「そうなった時は俺自身で何とかします、多分それしか方法は無いでしょうね」
堀江は開き直ったような表情であっけらかんと言った。
「そうは言うけどどうするつもりなんだよ?」
小野坂は余裕綽々に見えるオーナーの態度が信じられないという顔つきになっている。
「う〜ん。そうなってから考えるけど、もしもの場合は悌君と智君に『オクトゴーヌ』の留守任せなあかんかも」
「それ結構なピンチですよ仁さん」
「言いなりになる気なんですか?」
不安げな表情を見せる根田と石牟礼にまさかと笑いかけた。
「あいつの思い通りになるつもりなんか無いよ、例えすんなりいかん事態やとしても『オクトゴーヌ』には絶対触らせんから」
祖父衛氏から受け継いだ『オクトゴーヌ』を守り抜く……堀江は実父の勝手に対抗できる策はそれしかないと考えていた。従業員である根田、小野坂、石牟礼はもしそういった事態になったらという不安を抱えながらも、オーナーの言葉を信じようと頷き合う。ひとしきり話を終えたところで赤岩家と鵜飼家が到着し、住職による法要のお教が本堂内に響き渡った。
法要を終え、仕事がある赤岩夫妻と鵜飼夫妻を除いた一行はその足で『オクトゴーヌ』に向かうと、この日高校入試の合格発表を控えていた義藤が嬉しそうに出迎えた。
「お帰りーっ!」
「ただいま。その感じやと……」
「おぅ! 春からまた高校生だよ」
これまで学校生活に大した興味を見せていなかったが、合格通知にはそれなりの嬉しさがこみ上げているようだ。
「藤川さんには知らせたん?」
「うん。入学説明会も一応あるからさ、未成年だと保護者同伴の方が良いっぽいんだよ。オレ一人でも全然問題ないのにさぁ」
義藤は不服げに口を尖らせる。
「お前の場合小学生に間違えられたんちゃうか?」
「え〜っ、住民票提出させてる意味ないじゃんかぁ」
相変わらずなやり取りをするデコボココンビに堀江は笑顔を見せる。法要前の込み入った話に気持ちが沈み気味であった根田と小野坂も表情を緩めでいた。
「飯、作ってくれたんだな」
料理の良い薫りに気付いた小野坂が
「一応多めに作っときましたんで、良かったらお昼いかがですか?」
「ん。ナポリタンあらさるかい?」
村木は早速ナポリタンのリクエストをしている。彼が来るのは聞いていたので、ありますよと笑顔を見せた。
「ほなワシもナポリタン貰おかな、アレは衛兄を思い出さすからな」
「かしこまりました」
「今日は客扱いせんでええで」
「分かりました、他に何か要ります?」
「何でもええからスープ付けたってくれる?」
「オニオンスープ用意してます、それでいいですか?」
「ん、それ貰うわ」
村木と大儀のリクエストを聞いた
「「オムライス!」」
「ジュースとか要る?」
「「オレンジジュース!」」
「分かった、ちょっと待ってな。他の皆さんは何か希望ありますか?」
「適当にまくらうべ」
旦子の言葉を受け、義藤が事前に準備しておいた小皿とフォークを客人の前に置いていく。石牟礼も席を立ち、従業員側の人間として厨房に入っていった。
「ボク里見さん呼んできます」
根田は里見も食事に誘おうと三階に上がる。その場にいた人数が減って静かになったところで、村木は大儀の方を見た。
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