三回忌 その二

 結果その場にいた全員連れ立つ形で本堂に入り、老人男性こと金碗大儀はさほど大きくない体を縮こませて落ち着かなさげにしている。彼は四十年以上前に長狭の母と交際の末、駆け落ち同然で行方をくらませていた。

「こんのたくらんけが、さっさと来ささりゃええもんを」

「……」

 旦子は小さくなって座っている大儀を見てため息を吐く。彼は母に叱られた子供のような表情を見せ、長狭の子であるオサムアズサは祖父の姿を不思議そうに見上げていた。

「あんなぁ、じいじなんかいかここにきてんねんで」

 鎮が旦子を見て言った。

「そうなんかい?」

「けどなぁ、いりぐちまえでひきかえすねん」

 子供の正直さがかえって大儀の小心振りを露呈させる羽目となり、今度は長狭と石牟礼がため息を吐く。

「それやったら一回くらい入っときぃや」

 石牟礼は外ではめったに使わない関西弁で父に話しかけている。初めて聞く三人は多少違和を感じたが、家族である長狭母子は至って普通にしていた。

「お母ちゃんと駆け落ちした時もそんな感じやったんちがうの?」

「いやあれはやな……」

「私がお腹の中におって接突かれてたんはあった思うけど、初代オーナーの道夫さんを説得しきれんかって逃げたんやろ? 今みたいにチキンになって」

「うっ……」

 長狭の容赦ない言葉に大儀は更に小さくなる。

「ったく情けない……」

「そない言うけどな玉緒、長兄はなまらおっかないねんぞぉ」

 道夫氏を直接知らない娘相手に大儀はそれをかさにして反旗を翻そうとしたが、旦子に睨みを利かされてあっさり弱腰になる。

「何ぬかしてんだ、もごもごと何くっちゃってんだか分かんねしたから長兄はきもやかさってたんだ」

「したらもうちょべっと優しゅうしてくれらさってもええやんか」

 大儀は初代オーナー道夫氏を怖がる態度を見せているが、甥である大悟にとっては甘々な伯父さんという印象でしかなかったので、にわかに信じられない話を聞かされている気分であった。

「道夫伯父ってそったら恐ろしかったんかい?」

「いんや、こんおんじのはんかくさい態度にやきもきさせられてただけだべ。なんぼ接突かれてたこかさってもこったら男に付いていかさるおなごの気持ちにもならされ、まぁしゃんとしささってないんは今更だけどささ」

 旦子は大儀から長狭、石牟礼姉妹に視線を移す。

「急な話ではあらさるけどアンタら三人はいとこ・・・にならさんだ。多分だけどささ、こっこらと仁君がはとこ・・・いうことにならさるんでないかい?」

「「……」」

 その言葉に姉妹は顔を見合わせてから堀江に視線を向ける。いきなり自身が注目の的になった堀江はちょっとした胸騒ぎを覚え、根田と小野坂は何が起こったのかいまいち把握できていなかった。

「気付いとったんかい? 姉ちゃん」

「仁君見ささって気付いた訳でねえさ、去年の今頃京都から小包が届かさってな」

「京都? ひょっとして“タエちゃん”からかい?」

 “タエちゃん”というワードに堀江の表情が固くなる。旦子はそれを視界の端で捉えていたが、敢えて見ぬふりをしたまま話を続けた。

「ん。差出人は静ちゃんにしささってたけどさ」

「そうかい。実は命日がおんなじなのさ、何やかんやであん二人目に見えん何かで繋がっとるんやな」

 大儀は衛氏と静との縁を感慨深げに振り返っている。

「したらアンタらそっちの葬儀に?」

「ん、参列さしてもろた。ご近所さんとして交流しとったから親戚いうんは公表してなかったけど」

「まぁそったらもんは当事者同士で分かち合わさるんで十分だべ。したら沼井妙子ヌマイタエコさんが衛と静ちゃんとの間にできらさった子いうんは……」

「ん。タエちゃんも旦那も知っとったわ、許可貰うて玉緒と霞にはワシが話した」

「したらアレかい、霞さんは仁君が甥にあたるいうん分からさった上で『オクトゴーヌ』に入らさったんかい?」

 旦子の問いかけに石牟礼ははいと頷いた。

「父が去った『オクトゴーヌ』には以前から興味があったんです。情報が入ってきていた訳ではないので、今も営業を続けているのを知ったのは偶然なのですが」

「でもそれを隠している状態で働くのって心苦しくありませんでしたか?」

 根田の懸念に石牟礼は首を横に振る。

「私はそうでもなかったです、公私の棲み分けを苦手としていませんので。ただ仁さんが苦痛だとお感じであれば切って頂いて構いません」

 石牟礼は表情を変えずに堀江を見た。

「そのつもりはありません、霞さんは『オクトゴーヌ』の仲間ですから」

 堀江にとって石牟礼がどこの誰であろうと気にならなかったが、今になって沼井妙子の名前を聞かされることに対する戸惑いはある。彼にとっては名前しか知らない“産んだだけの母親”にすぎず、堀江家には彼自身の成長記録となるものがほとんど無い状態であった。

「ただ産んでおらんくなった母親のことは興味ありません」

「あぁ、そういうことになっとるんか」

 大儀は堀江を見てから実はなと昔話を始めた。


 自身の過去に引け目を感じた与田静ヨダシズカは、衛氏との別れを選んで帰郷した。その直後に妊娠が分かり、未婚の状態で堀江の実母妙子が誕生した。それから数年後に結婚して沼井姓となり、生涯現夫と添い遂げて一昨年のこの日八十二歳で世を去った。

 妙子は継父との相性も良く、きょうだいはいなかったが沼井家側の縁者とはそれなりに親しくしていたそうだ。そのお陰か連れ子ながらもさほどの不自由は無かったようで、高校を卒業後堀江の父方家系が経営している総合商社『堀江コーポレーション』に就職した。

 彼女は静に似た色白美女で、入社当初から当時御曹司であった堀江の実父に性的関係を迫られていた。婚約者もおり、多くの浮気相手もいた御曹司に見向きもしなかった彼女を半ば強引に手籠めとし、妊娠させて既成事実による結婚を企てた。

 御曹司との結婚を嫌がった妙子は身重の状態で退職し、親戚宅に身を寄せてひっそりと堀江を産んだ。それに合わせて両親である静たちも住んでいた自宅を引き払い、しばらくは沼井家の子として育てられていた。

 ところが妙子に未練を残していた御曹司と後継を欲しがった前経営者である祖父の思惑が合致し、財力を使って妙子と堀江を探し回っていた。堀江が二歳になる直前に所在地を知られてしまい、堀江コーポレーション側が雇った悪徳弁護士の策略のせいで堀江は沼井家から堀江家に引き渡される結果となった。

 子供を奪われた妙子たちは傷心状態のまま親戚宅を離れ、父の転職先となった和歌山に移住した。そこで大儀ら金碗家と出会い、静によって繋がる縁者ではあるが長らくご近所同士としての交流を続けていた。

 沼井氏は十年以上前に亡くなり、静も晩年は失明していた。妙子はそんな母の介護を一手に引き受け、一昨年母を看取って以降行方をくらませている。

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