夏本番 その二
それから数日後、今度は盆踊り大会実行委員の男性二名が『オクトゴーヌ』と『アウローラ』両方に用があると訪ねてきた。
「まずは『アウローラ』さん、今年は“条件”が満たされるべよ」
「一体何の“条件”ですか?」
実行委員の言葉に嶺山はピンときていない。
「箱館市在住が一年を超えらさってるしたからさ、盆踊り大会のミスコンイベントの参加資格条件をクリアしささってんだべ」
「はぁっ? 何で俺にミスコンの話?」
「いや雪路さんのことだべ」
そうだろうなとは思ったが、只でさえ昨年の人質被害で今尚メンタルクリニックに通院中の妹をミスコンなどに出す気は無い。
「お断りします」
「もうちょべっと悩んでほしいべ」
「いや一見健康そうにしてますけどメンタルクリニックに通院してる身なんでね」
「へっ? そったら風にはとても見えんべ」
「んだな。鬱とかしたらあったら明るく接客なんぞできないべ」
「いえそういうんやないんですが……」
刑事事件である以上不要な口外は避けた方が良いかもとはっきりと答えない。しかしそれがかえって相手に隙を与える形となった。
「今年は例年以上に警備に力を入れるつもりしたからさ、参加者の身の安全は……」
「百パー保証はできんでしょ、この話は聞かんかったことにします」
嶺山は仕事に戻ろうと立ち上がった途端、実行委員が二人がかりで彼の脚にすがる。
「「待ってけれ!」」
「いやいや、そない必死にあらなあかんことなんか?」
「せめて雪路さんに話だけでも通してけれ!」
嶺山は引き剥がしても無駄に食らいつく二人の熱意に段々と腹が立ってくる。
「冗談やない! 俺の妹見世物ちゃうぞ!」
「そったらことは重々承知したってさ、他薦票が多過ぎて収拾が……」
「知るかそんなもん! こっちが断っとるんやから諦めい!」
「そこを何とか頼むべ〜! 商店街救ってけれ〜!」
「ミスコンごときで潰れる程度の商店街なんか! 取り敢えず離れい!」
嶺山は再度二人を引き剥がしていると、幸か不幸か雪路が『離れ』に入ってきた。
「何してはるんです?」
先程まで嶺山の脚にすがり付いていた二人はサッと雪路の前に座る。
「こんにちは雪路さん、実はあなたに用があって伺った次第だべ」
「私にですか?」
二人はターゲットを雪路に変えてミスコンのチラシ原稿を差し出した。反射的に受け取ってしまった彼女は、戸惑いながらも内容を黙読して吹き出した。
「私ミスコンいう歳ちがいますよ」
「何ぬかしてんだべ、アンタみたいなめんこい嬢ちゃん誰が放っぽらさんだ?」
「年齢制限二十三歳になってるやないですか、私二十六ですよ」
「そったらもんちゃちゃっと変えらさっちまえばいいさ」
「んだんだ、今年は二十九歳にすっぺ」
実行委員二名は無駄に機転を利かせてどうにか雪路をミスコンに出場させようとしている。嶺山は懲りない二人よりも妹の性分を懸念していた。彼女は外向的な性格も手伝って頼まれると断れないタイプである。
「そこまでなさらんでももっと若うて可愛い子いっぱいおるやないですか」
「いんや! アンタ以上の美女はそったらおらさるもんでね。それにささ、他薦票がサイトにもぎょうさん寄せられてんだべ」
「それ多分組織票やと思いますよ」
雪路は他人事のように笑っているが、実際大阪にいた頃から追っかけ的男性が複数存在していた。それがエスカレートして親衛隊やら私設ファンクラブまで発足させてしまうほどの美女なのだが、下手に実害が無かっただけに本人は至って無自覚である。
「最初はそれも疑ったんだけどさ、SNSでタウン誌をアップしささったんがおらさったらしいんだべ」
「へぇ、そうなんですね」
そういった状況にも多少慣れのある雪路は事も無さげに返答した。嶺山には妹が事態を軽視し過ぎているように見えて心許なくなってくる。
「箱館市警にも厳戒態勢の警備をお願いすっぺ、どうかご考慮してけれ!」
二人はきちんと座り直して土下座する。
「警察かて暇ちがうと思うんですが」
「それに祭りはここだけちゃうぞ」
「大丈夫だべ! パトロール部隊には元国体選手もおらさるべ!」
「完全に信頼みやないですか」
結局は他人任せ丸出しの彼らの態度に堀江と嶺山は肩を落とす。一方の雪路はそこまで深刻に考えておらず、必死な頼み込みに困惑していた。
「考える時間を頂けますか?」
「もちろんだべ! 期限までもうちょべっと時間もあらさるからゆっくり考えてけれ」
「んだんだ。急なお願いしささったからさ、即決はさすがに無理だべよ」
まずは用件を受け取ってもらえたと実行委員は嬉々としている。
「そう思うんならこっちの事情も考慮して」
嶺山は二人の態度に怒りを超えて呆れ返っていた。二人は雪路の用事が済むと堀江に向き直る。
「堀江さん、今年も出店のレシピお願いしていいかい?」
「今日中に調理スタッフと話しておきます、お返事は次回お会いする時で宜しいですか?」
「ん。去年大盛況だったからさ、今年は店舗対抗にして初日のメインイベントにするつもりだべさ」
「ということは調理スタッフ自身が腕を振るうってことですか?」
堀江の言葉に実行委員は頷いた。昨年まではレシピを元に地元婦人会が中心となって調理販売していたので、店舗への負担はほとんど掛からなかった。しかし以前からプロの創作の方がクオリティが高いのでは? という意見が燻っており、人気投票制度を最大限活かすにはそちらの方が盛り上がると大幅な方向転換を決断した。
「ん。今年は特別ゲストの招致に成功しささってさ、丸一日盛り上がれるようシステム変更するべよ」
「投票はそのまま残すべ。去年『オクトゴーヌ』さんは初出場で五位だったからさ、川瀬さんが出場しささるってならさったら期待は集まると思うべ」
「これで宣伝効果が得られたら店舗の人気にも繋がるしたからさ、去年よりも応募数が多い状態なんだべ」
二人は祭りの大幅な改革に手応えを感じているようだ。
「したからさ、去年上位だった店舗には直接オファーして設営場所も優遇させて頂くべ」
「当たれば盛り上がりそうですね」
「ん、期待してけれ。それにさ、最近移住しささった有名ホテルの元チーフシェフがオープンさせた隠れ家レストランも参戦するんだべよ」
「連覇中の『DAIGO』もヤバイかも知んないべ、上手くいかさったらなまら盛り上がるべ」
彼らは話を脱線させながらも、嶺山と堀江に用件を伝えると足早に『離れ』を出て行った。
夜、宿泊分の夕食業務を終えた川瀬は出店レシピの話を伝えると若干渋い表情を見せた。
「嫌やったら吾にやらせる、その日は一切業務できひんから」
「えっ?」
断れば悌にやらせるつもりでいるオーナーの口振りに表情を変える。
「期限までもうちょっと時間あるから、一応考えといてくれる?」
「分かりました。ただこのことは僕が明確な返事をするまで
「何で?」
「両方が同じ結論を出した場合のトラブルを避けるためです」
「その場合義君の返事を優先するけど」
「そうですか、でもやっぱり黙っておいてくださいね」
川瀬は堀江の意思をまともに聞かず一方的にそう言うと、さっさと着替えを済ませて帰路の途に着いた。
「何か面倒臭」
この日は堀江と根田が夜勤に当たっており、それを知っている里見はいつもより早い時間からカフェに降りてきている。彼はラベンダーティーを注文し、根田を話し相手に夜のひと時を楽しんでいた。
「悌君、ちょっとだけ席外すわ」
「ハイ、行ってらっしゃい」
堀江は当初の予定通り『離れ』にいる悌にも出店レシピの話をしておく。
「川瀬さんが辞退したらすぐ動けるよう一応何か考えときます」
「それで頼むわ、そうなるまでは知らぬ存ぜぬでおってくれる?」
「分かりました、それで問題無いです」
悌はしれっとした表情で頷いた。
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