めぐり逢わせ その二

 それから毎日衛のレクチャーが行われた。体調の良い時はペンションが実習場所となり、業務のこなし方や言葉遣いなどを徹底的に叩き込まれる。その甲斐あってか堀江はここへ来た当初のみすぼらしさはすっかり消え、本来のルックスの良さも手伝ってそれなりの好青年に変貌を遂げていた。


 そして衛がオーナーを努めていた当時から取引のあった業者への挨拶回りの際、ほぼ同年代の二人の若者と知り合った。一人目は初代オーナーから取引のある『赤岩青果店』で働いている村木礼ムラキアキラという名で、店主である赤岩遠アカイワトオルの甥にあたる男性だった。年は堀江より二つ上の二十五歳、高校卒業後すぐに出身地の札幌からこの街へとやって来た。

 二人目は『クリーニングうかい』の三代目店主になったばかりの鵜飼信ウカイマコトは堀江と同じ二十三歳だが、一月生まれの堀江に対し彼は八月生まれなので学年は一つ下になる。

 年上の村木は良くも悪くも人懐っこい性格だった。隠す方が普通の内容でも平気で明かし、働く事自体不慣れな堀江にお節介なほどに構ってアドバイスをよこしたりもした。

 一方の鵜飼はほんわかとした雰囲気を持っている男性で、少しばかりピントのずれたおっとりとした性格という印象だった。彼は三男坊なのだが、兄二人が家へ戻ってこない為自分が継ぐことにしたそうで、三代目店主になったのも今年になってからだ。

 そんな二人と知り合ってプライベートレクチャーも半年が過ぎた頃、衛の体調が芳しくなくなり入院生活が始まった。それでも伝えられる事は全て伝えようと口頭でのレクチャーは熱心に行っている。

 入院した衛を旦子や大悟、取引のある馴染みの面々が時々見舞いにやって来ていた。そんなある日のこと、相原母子と川瀬の三人が見舞いに現れた際、大悟が率直な疑問をぶつけた。

「仁君を四代目に据えるとして、料理担当はどうされるんです?」

 その言葉に、衛はう~んと唸る。

「まぁ、目処が立ったら求人でも出すべ。今すぐ再開出来る訳でも無し、流れに任せるさ」

「やっぱしまだ考えてなかったんだべ? アンタ昔からそういうとこあるのよね」

 旦子は性格的に流れ任せに事を進める弟に呆れ返る。彼女は御年八十五歳をなのだが、肌艶も良く毎日お洒落に気を配り、入れ歯無し、自身で歩行、車の運転もお手の物と高齢化社会の生き字引の様な高齢女性である。ここでも見舞いで持ち込まれているお煎餅をバリバリと食べている。

「したら義君雇ってよ、いちいち求人出して面接するんも面倒臭いべ」

 旦子の申し出に衛は本気で驚く。川瀬はまだ若いが料理の腕が良いのは知っているし、何より大悟が直接指導し右腕に育て上げた逸材だった。

「ちょびっと待ってくれよ姉ちゃん。ウチとしては最高な話したって、そっちはどうすんだ? 義君が抜ける穴はでっかいべ」

「そりゃあ今はそうだ、したってどのみち後に入った子たちも育てるしたから。義君だって了承してくれてるし、仁君とも年が近いからやり易いと思うべ」

 話は旦子が仕切り、同席している川瀬はただただにこやかにしているだけだ。彼は口数が少なく、喜怒哀楽もさほど出さないので冷たい印象を与える事もあるのだが、礼儀正しく心優しい若者で、異常なほど子供に好かれる体質であった。

「義君、姉ちゃんあんな事ぬかしてるけど本当に良いのかい?」

 もしかすると押しの強い婆さんに言いくるめられているだけなのでは?と心配になる衛だったが、案外そうでもないらしく僕で良ければと頷いた。

「本当に宜しいんですか?」

 旦子の華やかさに圧倒され、長身で美男子のはずの堀江の存在はすっかり薄くなっている。

「宜しくお願いします。とは言ってもそちらで働くのはリフォームが始まってからになりますが、時々は衛さんのレクチャーを受けに伺います」

 川瀬はすっと立ち上がり堀江に握手を求める。

「こちらこそ」

 そう言って慌てて立ち上がると、ほぼ同じ身長の二人はしっかりと互いの右手を握り合った。

 こうして川瀬の加入が決まり、二人は仲良く衛のレクチャーを受けるようになる。そして堀江が四代目オーナーとしてレクチャーを受け始めてから一年が経った頃、それと並行してペンションのリフォームも本格的に始まった。手造り感を出したいとプロの手が必要なところ以外は自分たちで行っていたため、村木と鵜飼も暇を見つけては手伝うようになっていた。


 積雪の影響を考慮して先に大掛かりな工事を済ませ、リフォームも内装のみとなっていた。堀江たちは立て付けの悪くなった箇所を直したり、客用ベッドで使用する布団の打ち直し等準備に追われていた。

 一方で衛のレクチャーは続いていたが、体内の病原体が悪さを始めたらしく体力は日に日に衰えていく。それでも『オクトゴーヌ』再開に向けて前進するしかなく、彼の体調を案じながらも作業は休みなく続けられている。

 年が明け、病院の計らいで衛を囲んだ正月パーティションが催される。料理は大悟と川瀬が中心となって作った創作おせちが振る舞われ、『赤岩青果店』や『クリーニングうかい』の面々も姿を見せていた。その中に鵜飼が大学生風の若い男性を連れて病室にやって来る。

 誰?一同がそんな表情を彼に向けると、男性を手招きして衛の傍らに立たせた。

「さっきウチのアルバイトとして採用を決めた根田悌ネダスナオ君。折角したから『オクトゴーヌ』で手伝いさせちまっても良いですかい?」

 その言葉に合わせて彼は衛に向け一礼した。息子の勝手な決断に二代目夫妻はポカンとしている。他の者たちもどこから何をどう訊ねて良いものか思案していると、村木がしつも~んと挙手した。

「こん子どこで見つけてきたのさ?」

「家の近所の公園。テント張り始めしたから、しばれるだろうなぁって思って連れて来たべ」

 鵜飼はふわっとした口調で聞かれた事にだけ答える。両親は何も言わないながらも、何故に公園でテントを張る青年の採用を勝手に決めたのかという疑問は当然あった。

「そりゃしばれるだろうけどさ、どう見たって旅行中だべ。君どっから来た?」

「横濱です。最北端の岬でカウントダウンして、初日の出を見た帰りに立ち寄ったんです。ホテル取れなくて公園で野宿しようとテントを張っていたところで鵜飼さんに声を掛けて頂いたんです」

 彼の話し口調は舌っ足らずで、鵜飼以上におっとりした印象を与えるが受け答えはしっかりしており、衛は体を起こして旅行中の青年に興味を示していた。鵜飼は根田の相手を衛に任せて両親に事の経緯を説明している。

「ところで君いくつなんだべ?」

「二十三です、只今就職浪人中です」

「旅行中なのになして『オクトゴーヌ』を手伝おうと?」

 衛の問いに根田は少し考える。

「昨年就活に失敗して働くあてなんて無いんです。かと言って悩んでいても答えは出ませんので、気分を変えようと北海道へ来たんです。それで先ほど鵜飼さんと知り合いまして、『オクトゴーヌ』ってペンションが今内装のリフォームをしている事を知ったんです」

 彼は初対面である衛に対して、臆することなく言葉を紡いでいく。

「人手が要るそうなので、ボクで宜しければお手伝いをさせて頂きたいなって率直に思いました。生きている以上何らかの役には立ちたいですし、カラーコーディネートの資格を持っていますので多少のお力にはなれると思います」

 根田の話に衛は、そおかぁと頷いて堀江を見る。

「アンタが決めていいべ、オーナーなんしたから」

 衛はこの時初めて堀江をオーナーとして扱う。確かにそのために一年以上掛けてレクチャーを受けてきたのだが、こんな形でその日が来るとは思わず戸惑ってしまう。気恥ずかしさが先に立ち、軽く頬を人差し指で掻いてから根田の顔を見た。

「確かに人手は要りますのでそのお言葉は嬉しいです、早速この後からお願いしても宜しいですか?」

 堀江の言葉に根田は初めて笑顔を見せ、宜しくお願いしますと無邪気な声で言った。二人は握手を交わすも、堀江は自己紹介をしていないことに気付く。

「申し遅れました、堀江仁と申します。彼は川瀬義、今のところ二人でやってます」

 堀江は隣にいる川瀬を紹介し、根田は彼とも握手を交わす。そこで村木が少し面白くなさそうに、オレは? と言ってきたので、しまった! という表情であっと声を漏らす。

「彼は村木礼さん。『赤岩青果店』の方で、色々お手伝いして頂いています」

 無事に村木も紹介され、根田は彼とも握手を交わす。鵜飼のお陰で戦力が増え、正月パーティー歓迎会も兼ねて大いに盛り上がった。

 その日から根田は『クリーニングうかい』のアルバイト店員として住み込みで働き始める。当の鵜飼はオープンに合わせて『オクトゴーヌ』へ入れようと考えており、家業よりもリニューアルの準備をメインに仕事をさせていた。

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