第22話 リンダお嬢様と使用人の少女

 勇者が戻ってきてさらに賑やかになった王城で始まったパーティー。

 その途中で会場を後にして、リンダは自分の屋敷に帰ることにした。

 あれ以上アルトと同じ部屋にいるのが耐えられなかったのだ。恥ずかしくて。

 ミリエルはリンダがいることに気づいていなかったが、あの謁見の間に実はリンダも来ていたのだ。上流の貴族の娘として。


<今ですわ、紹介してください>


 アルトの現れた会場で、リンダはミリエルに向かって強く念を送っていたが、それは届いたのだろうか。

 結果を見るのが恥ずかしくて会場をすぐに抜け出したリンダには分からなかったが。

 王城から離れ、見慣れた自分のホームである屋敷が近づいてきて、あれから大分胸の高鳴りは落ち着いた。だが、まだ少し顔を火照らせたままリンダは屋敷の前で止まった馬車を降りた。

 そこに浮ついた気分も冷めるような人物が待っていて、リンダはすぐに真顔になった。

 相手の少女は一応礼儀だけは正しそうに挨拶する。リンダにお付きのこの屋敷で雇っている使用人として留守を守っていたかのように。


「お帰りなさいませ、お嬢様。お早いお帰りでしたね」

「わたくしのいない間にあなたがさぼっていたんじゃないかと思ってね、ニーニャ。遊んでいたんじゃないでしょうね」

「あたいの仕事はお嬢様のお世話係ですから。お嬢様が帰ってきたのでこれからが仕事の本番です」

「ふーん」


 リンダを迎えた使用人の少女の名はニーニャ。この屋敷で支給したメイド服を着ていて、年はリンダより一つ下の九才だ。

 彼女はリンダの父親が何かの気まぐれでどこかから買ってきた奴隷で、年が近いから気が合うんじゃないかという理由で父からリンダに宛がわれた。

 だが、気が合うどころでは無かった。この屋敷で恵まれた暮らしをしていても育ちの悪さは隠せないニーニャの人を計算するような冷めた目がこちらを見下して馬鹿にしているように感じられて、リンダは彼女のことを好んではいなかった。

 しかし、父はどういうわけかこのニーニャのことが気に入っているようだった。とんだ猫かぶり娘だとリンダは思う。

 お嬢様のリンダはちょっといらつきながら使用人の少女ニーニャを連れて屋敷の自分の部屋に入り、そこで両手を広げた。

 ニーニャは慣れた手でドレスを脱がしていく。彼女との付き合いもそこそこ長い。慣れた作業をしながらニーニャは沈黙するリンダに訊いてきた。


「アルト様とは会えたのですか?」

「ええ」


 今朝話したことを。うきうき気分で今日アルトに会えるとニーニャに話してしまっていた。今では恥だと思う。

 お嬢様の恥を頓着もせず、使用人の少女は切り込んでくる。


「では、約束も出来たのですね?」

「え……ええ、それはまだ」

「はあ、やっぱり。明日はゆっくり出来ると思ったのに。びびりのお嬢様なら仕方ないか」


 使用人の少女の地が出た。丁寧な態度を崩した。そんなことよりも言った内容の方が気に食わなくてリンダは吠えた。


「びびりじゃありませんわ! わたくしのような高貴な令嬢ともなれば殿方とは気楽に口を利かない物なのです。約束のことはミリエルさんに一任しています! ミリエルさんはあなたと違ってわたくしの頼れる友人ですのよ!」


 リンダが吠えてもニーニャは驚きもしない。ただいつも通りの冷めた目をして呆れたように言うだけだ。


「お嬢様と友達になる人がいるってのが、あたいにとってはびっくりですよ。どんな聖人なんでしょう。で、そのミリエルさんからの返事はいつ来るんです? この二連休で行くって言ってましたよね? もう一日が終わりますよ」

「あなた、パーティーに連れていかなかったからって僻んでますの!?」

「どうでもいい。もっとゆっくりしたかった。こんなに早く帰ってこなくて良かったのに」


 ニーニャの吐くため息が気に入らない。リンダは教育する必要があると思った。


「そんなさぼり好きのあなたに一つ仕事を与えますわ。これからミリエルさんの家に行って返事を聞いてくるのです!」

「ご自分でされた約束でしょう? ご自分で行かれてはどうですか? ご自分の友達に会うのでしょう?」

「うるさいうるさいうるさい! こういうのは使用人の役目と決まっていますの。分かったらすぐにお行きなさい。返事は『はい』しか許しませんわ!」

「へいへい、仰せのままに、お嬢様」


 主の着替えを終わらせ、脱がせた余所行きのドレスを畳み、ニーニャは仕方なく屋敷を出た。


「あのお嬢様と友達になるなんて、どんな奴だ?」


 出かけるのは面倒だが興味は刺激される。まだ見ぬ物好きな人物を目にすることを思うと、少女の足は少し軽くなるのだった。

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