第21話 勇者と聖少女のいる王国

 王様の後ろ姿が見えなくなるまで見送って、ミリエルは彼と途中で鉢合わせないように少し時間を数えてから自分も謁見の間に戻ることにした。

 来た道を戻ってまた謁見の間の扉をくぐる。

 いよいよ何かが始まるのだろう。謁見の間に集まった人数はミリエルがここを出た時より数倍に増えていた。辺りはガヤガヤととても賑やかだ。

 自分はどこに行けばいいのだろう。背の高い大人が多くて、子供のミリエルの身長ではどこに何があるのかよく分からなかった。

 父と母の姿が見えない。心細く思いながら探そうとするが、その必要はなかった。


「ミリエル、こっちよ」


 すぐにソフィーの方から先にこっちを見つけてくれて、ミリエルは手招きする母の元に急ぎ足で向かった。


「よく分かったね」

「探し人を探すマジックがあるからね。使うまでもなく見つかったけど。あなたは他の人とは違うから」

「違うの?」

「母にとって娘とはそういうものよ」


 ミリエルは母からウインクを送られる。

 母娘で手を繋いで父クレイブの元へ向かった。歩きながら母が訊いてくる。


「体調は大丈夫? ごめんね、挨拶が忙しくてあまり構えなくて」

「わたしなら平気よ。バルコニーで風に当たってたから」

「なんとか間に合ったようだな。ちょうど王様が来たようだぞ」


 娘の姿を見て、父クレイブも安心したようだった。

 彼に促されて、ミリエルは部屋の前方の方を向いた。玉座に近い場所まで来ていたので、ミリエルの身長でも数段上がった玉座の周辺の様子がよく見えた。

 さっき会ったばかりの白い鬚のお爺さんが頭に王冠を被って、壇の横幕から立派な杖を持って現れた。ミリエルはこっそりと母に訊いた。


「王様って前に家に来ていた人だよね?」

「そうよ。思い出したようね」

「母さんが頭に水をかけていた」

「そのことは忘れなさい。向こうも酔って覚えてないから」

「うん」


 そうこう話しているうちに王様が玉座の前まで辿り着いた。そうしてそこから集まった一同を見渡した。

 みんなが王様の言葉を待つ静粛な空気の中、王様は国民を愛する優しい眼差しをして話し始めた。


「皆の者、今日はよくぞ集まってくれた。本日集まってもらったのは他でもない。紹介したい者がいるのだ。ミリエル!」

「へいっ!?」


 いきなり呼ばれて、ミリエルはびっくりして背筋を跳ね上げて硬直してしまった。みんなが何事かと呼ばれた少女を見ている。

 王様の視線が真っすぐにこちらを見ているし、呼ばれた本人もびっくりした反応を見せているので、会場に集まったみんなからも誰が呼ばれたのかは明白だった。

 そうでなくても噂の聖少女と魔王を倒した勇者クレイブと神官ソフィーはこの国では有名人だった。

 ミリエルが困っていると、横から父と母が言ってきた。


「ほら、王様がお前を呼んでいるぞ」

「一人で行ける勇気はある?」

「それはちょっと……」

『仕方のない奴だな』


 ミリエルが覚悟を決められないでいると、中の人が力を入れてきた。

 手を引っ張られ、足を動かされ、ミリエルは無理やり前へと歩かされた。

 父と母からちょっと離れ、二人の視線を背に、ミリエルは小声で中の人に言った。


「ちょっとあんた」

『あれぐらいの奴にびびるな。お前は堂々としていればいいんだ。舐められるだろ』

「そりゃあんたは舐められたくないだろうけど」

『勘違いするな。舐められるのはお前だ。周りの奴らが誰を見ているのかお前もちょっとは気にしろよ』

「…………」


 言われて、ミリエルは右を見て左を見て前を見た。みんながミリエルを見ていた。ここで情けない真似をすればみんながミリエルのことを情けない奴だと覚えて家に帰ることになるだろう。

 明日には国中に情けない噂が広まっているかもしれない。聖少女だってことも知られているのにさらに望ましくない尾ひれがつくわけだ。

 ミリエルは気持ちを改めて背筋を伸ばしてちゃんとした。今はびびっている場合では無かった。


「大丈夫。もう自分で歩ける」

『おう、その息で行ってやれ。お前は出来る奴だって俺は知っているからな』

「うん」


 ミリエルは堂々として歩いた。王様の前で礼儀正しくドレスの裾を摘まんで挨拶する。


「本日はお招きいただきありがとうございました」

「うむ、さすがはソフィー神官の娘。度胸があるの」

「あはは……」


 ソフィーは王様は酔いつぶれていたから覚えていないと言っていたが、どうやら本人は覚えているようだった。

 王様は力強く頷き、ミリエルからみんなの方へと目を向けた。


「皆の知っての通りミリエルは魔王を倒した勇者クレイブと神の恩恵を受けた神官ソフィーの娘、光を受け継いだ聖少女じゃ! 彼女は今年十歳になる。新たな世代も育ち、さらなる栄光の元にこの国はますますの発展をしていくことじゃろう!」

「「「おおおおお!!」」」


 集まった人々から喝采が上がる。みんなに祝福されてミリエルは照れてしまう。

 拍手が鳴りやむのを待ってから、王様は話を続けた。


「今日はもう一つ話がある。この国の誇るもう一つの栄光、新たなる勇者じゃ! 入るがよい」

「はい」


 王様の呼びかけに答え、謁見の間に入ってきた一団がいた。仲間だろう、神官のお姉さんと魔法使いの爺さんと戦士の男を引き連れている。

 三人のことをミリエルは知らなかったが、先頭を歩く一人のことは知っていた。

 彼らの先頭を颯爽と歩くのはミリエルのよく知っている青年アルトだ。

 リンダがやけに持て囃して言うものだから、今日の彼はとても格好良く見えた。


<今ですわ、紹介してください>


 リンダの声が聞こえた気がした。


<いやいや、今はそういう場所じゃないから後で>


 聞こえた気がする声に答えておいた。王様の横でじっと立ったままミリエルはやってきた一団を見つめる。

 アルトと後ろの三人は王様の前でひざまずいた。王様は優しい目をして迎えた。


「よく戻ってきた。世界はどうじゃった?」

「ハッ、今のところは事も無し。多少のモンスターの活動は見られますが、魔王ほどの脅威となる存在は見られませんでした」

「そうか。それは良かった」

「しばらくの滞在の後に、引き続き魔物の討伐に当たりたいと思います」

「うむ」

「ミリエルちゃん、久しぶりだね」

「はい」


 彼がこっちにも声を掛けてきて、ミリエルはちょっとドキッとしてしまった。


『こいつがアルトか』

「うん、そうだけど」

『クレイブの認めた男、今の勇者か。ならば見なければなるまいな!』


 その時、風が吹いた。ミリエルにとっては知らない風じゃない、部室で感じたのと同じ風だ。だが、いきなりのことでミリエルはびっくりしてしまった。


「ちょっと、あんた。いきなり、何を!?」

『勇者と呼ばれる男! その力はどれほどのものだ!?』


 ミリエルは自分でも知らない間に踏み込んでいた。その手に漆黒の炎を燃え上がらせて、壇上からアルトに向かって飛びこんだ。

 後ろの三人が驚いた顔を見せるが、アルトは手を横に出して制し、立ち上がった。

 誰にとってもまったく予期しない攻撃だったが、アルトはさすがは勇者として認められた青年だ。ミリエルの手を炎ごといとも容易く素手で受け止めた。

 王宮の中で彼は剣を抜くことはしない。中の人は喜びか怯えかよく分からない反応をした。


『ほう、やるな。だが……』

「ちょっとあんた、何をやってるの!?」


 いきなりの行動にミリエルはただ驚くだけだ。よく分からないが、中の人は何かムキになっているようだった。


『俺は試したいのだ! こいつの力を!』

「そんなの駄目に決まってるでしょ! あんたこそ周りを見なさいよ!」


 ミリエルは慌てて自分の力を抑え込みに掛かった。部室でやったように特に使い方を意識せずに無理やりに。

 中の人は逆らった。少女に反逆の声を上げた。


『俺の何が間違っている……? お前はあいつと俺とどっちが大事なのだ!!』

「そんなのあんたに決まってるでしょ!!」

『!! あ……ああ、そうか』


 急に中からの力が抜けた。ミリエルはすぐに自分の力を抑え込んだ。


『ムキになって済まない。お前にとって大事なものを壊すところだったな』

「まったく……」


 他人のことは他人が気にすればいいことだが、中の人の面倒はこっちが被害を被るのだ。どっちが大事かなんて考えるまでもなく猿でも分かる。

 さて、この状況をどうしよう。闇の炎と迫力の収まった少女の手を受け止めながらアルトは穏やかに微笑んでいる。ミリエルは慌ててさっきまで闇の炎が燃えていた手を引いてその拳を後ろに隠した。


「えへへ、おかえりなさい。アルトさん」

「ただいま」


 誤魔化す方法は笑顔しか思い浮かばなかった。

 何とか誤魔化せたようだ。アルトは快くいつもの好青年の顔で挨拶を返してくれた。

 周囲から緊迫した空気が抜けていく。

 まだ残っていた空気も、続けてアルトが言った言葉で消え去っていった。 


「僕が世界にたいした脅威はない、平和だと言ったから、ミリエルちゃんは僕達が平和ボケしないように活を入れてくれたんですよ。先生とソフィーさんの娘としてね」

「そうじゃったか。いや、いきなりだったからびっくりしたわい」


 王様が拍手をして、周囲からも拍手が続いて上がっていった。

 みんな勇者と聖少女の熱演だと思ったようだ。ここには今の勇者がいて、かつて魔王を倒した勇者もいるのだから何も恐れる者は無かった。

 魔物が跋扈した不安の時代はすでに過去のものだ。

 ミリエルは誤魔化すようにぎこちなく笑いながら頭を下げるしか無かった。

 王様が気を取り直すように咳払いしてから宣言する。


「この国には誇れる勇者と聖少女がいる! 我らの国のますますの繁栄を願って、今日は宴会じゃ! 心行くまで楽しんで行ってくれ!」

「「「おおおおおお!!!」」」


 みんなが盛り上がり、王城でのパーティーが始まった。

 賑やかな会場を見て、ミリエルは上手く誤魔化せたと思っていた。だが……

 アルトがクレイブとソフィーの元に来てこっそりと話をしていた。


「先生、ミリエルちゃんのあの力。彼女に何かあったんですか?」

「分からん。狩りに行った頃から様子がおかしいとは思っていたが……」

「もっと早く言いなさいよね」

「ぐほっ、すまん……」


 妻にひじ打ちを食らって苦しむクレイブ。アルトにとっては知っている光景なので今更驚いたりはしない。

 クレイブはすぐに立ち直って、弟子である青年に向かって威厳のある大人の態度をして言った。


「ここで騒ぎを起こすのは良くないな。この国のみんなには安心していてもらいたいのだ。ミリエルのことはこちらでも気を付けておく。お前も気を配っていてくれ」

「はい、先生」

「このことは他言は無用にお願いするわね。ばらしても良いことは無いから」

「はは、ソフィーさんには逆らいませんよ。それにミリエルちゃんは僕にとっても大事な妹ですからね」


 アルトはじっとミリエルを見る。

 ミリエルは勧められた食事が美味しくて、すぐにさっきの騒ぎのことなんてどうでも良くなって、上機嫌な顔になって食べていた。

 幸せの一時だった。約束のことなんて少女はすっかり忘れてしまっていた。

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