第8話 狩りを始める

 近所の森はわりと近所にある。

 家から出て遠くにそびえる山に向かって馬を飛ばせばそう時間を掛けることなく見えてくる。草原の向こうに広がっている緑。森の入口へと到着した。

 ミリエルは父と一緒にそこで馬を降りた。入口から豊かな自然に彩られた森を見やる。

 森は茂っているが不気味というよりは探検に入りたくなる好奇心を刺激される。ここからはモンスターも動物も姿が見えなかったが、何かがいるような音は遠くから聞こえていた。

 いつもは不用意に近づくなと言われている場所。森に入る手前で馬を繋いでクレイブはミリエルに一枚のカードを差し出してきた。


「お前にこれを渡しておこう」

「これは?」


 見た感じただのカードのように見える。それを紐の付いた透明のケースに入れて、ミリエルは首に掛けてもらった。

 父がそれの説明をしてくれる。


「ギルドで発行しているカードだ。モンスターを倒せばこれに記録される。倒した数によってギルドから報酬がもらえるんだ。ミリエル、どっちが多く敵を倒せるか父さんと勝負しよう!」

「うん!」


 勝負と聞いてミリエルは瞳を煌めかせる。父もいい笑顔をしていた。


「間違って森の動物を倒すんじゃないぞ。では、スタートだ!」


 告げるなりクレイブの姿はすぐに見えなくなってしまった。まさしく風のように去った。目の前の草木が揺れていたがすぐに収まる。ミリエルの耳に遠くで剣の音が鳴る音が届いてくる。


『さすがはクレイブ、高レベルの俊敏さだな』

「うん……って、ボーっとしている場合じゃない! わたし達も行かなきゃ!」

『ああ、挑戦を受けては負けるわけにはいくまいて!』


 ミリエルは我に返って、すぐに自分達もスタートを切った。森の中へ走って駆け込んでいく。

 ミリエルはまだ少女と言える年代だったが、冒険者をやっていて魔の大地まで旅をして魔王とまで戦った父と母の娘だ。これぐらいの森を恐れたりはしなかった。

 森の中を駆けながら標的を探していると声が訪ねてきた。


『馬は置いていっていいのか?』

「うん、うちの馬は利口だし、そこら辺の弱いモンスターなら返り打ちにしちゃうからね。それより早くモンスターを探さなくちゃ」


 ミリエルは草をかきわける。覗いてみるとすぐ向こう側で草がざわめいた。息を殺して見守る。そこから出てきたのは青くて丸いつぶらな瞳の背の低い小さなモンスター。


「スライムだ!」


 歓喜の声を上げたミリエルにスライムはびっくりしたように跳び上がった。獲物が回れ右しようとする。ミリエルは獲物を逃がさない。


「逃がすものか! たあっ!」


 ミリエルはスライムに向かって家から持ってきた矢を放った。貫かれたスライムは目を回して消滅した。


『お前、容赦がないな』

「勝負が掛かってるもの! いっぱい倒さなくちゃ! でも、スライムに矢はもったいなかったかな。これを使うか」


 ミリエルは腰から木の棒を引き抜いた。とても殴り心地が良さそうで今からこれでモンスターを倒すことを思うとわくわくしてしまった。


『お前、良い笑顔をしているぞ』

「そう? ありがとう」


 ブルンと一回試し振りをしてみる。良い風の音が鳴った。ミリエルはさらに森の奥へ踏み込んでいく。

 森の奥には横断するように川がある。前に地図で見たことがあった。そこを越えさえしなければ行き過ぎることは無いはずだった。

 父クレイブがどこまで行ったかは知らないが。もしかしたら川よりさらに奥の山の方まで行ったかもしれないが、そこまで行くつもりはミリエルには無かった。


『左から何か来るようだぞ』

「ん?」


 言われた方向に向かって木の棒を構える。聳える木々の一本の陰からそっと様子を伺った。

 茂った草の間にちょっとした道が出来ている。獣道だ。様子を伺っていると鹿が走って通り過ぎていった。

 ミリエルは殺していた息を吐いた。


「なんだ鹿か」

『あれは倒さないのか?』

「あれは動物だもの。モンスターじゃないわ」


 ミリエルは振りそびれた木の棒をぐるぐる回してから下に下した。


『違いが分からん……』

「悪い奴がモンスター。森の仲間が動物よ。さあ、次の獲物を探さなくちゃ」


 ミリエルは再び木の棒を構えなおし、瞳を煌めかせる。

 狩りを続けていく。

 次の獲物を探して森を疾駆する。森の中を走るのにも体が慣れてきた。ネネが運動神経が高いと称賛するだけあって、ミリエルの身体能力は高かった。

 スライム、ゴブリン、キラービー。次々とモンスターを見つけては倒していく。

 見ているうちに謎の声の主も狩りの要領が掴めてきたようだ。ミリエルにある頼み事をしてきた。


『お前ばっかりずるいぞ。俺にも楽しませろ!』

「いいわよ、何をやるの?」


 気分が良かったのでつい快く了承してしまう。声が何をやるつもりなのか、好奇心で傍観してしまう。

 声の主は行動した。


『こうやるのだ!』


 ミリエルは不意に自分の右腕が勝手に持ち上げられる力を感じた。意識しないままに手が自然と前方に翳され、そこに黒い炎が発生して渦巻いた。

 炎弾の形に凝縮されて発射される。見た感じ小さくて下級魔法のように見える。

 ネネやシズカのように魔法に詳しいわけではないミリエルにはよく分からないが。

 飛んでいく黒い炎は木々の間を通り抜け、その先にいたゴブリンに命中。焼き尽くした。

 炎はゴブリンの消滅とともに消えた。


「凄い。今の魔法なの?」

『これぐらいは小手調べだがな』

「小手調べね。それは良いけど、勝手にわたしの手を動かさないでよ」

『お前が良いと言ったからやったのだ。ここなら他人の目も無いしな。お前なら部室でやったように俺の力を抑えることも出来るだろう?」

「そうだけど。今回だけよ。それと派手なことはしないこと」

『分かっている。俺としても森そのものを破壊しては狩りを楽しめなくなるからな。レベルを合わせてやる。俺達も競争するか?』

「望むところ。数のごまかしが出来るとは思わないでよ」


 お互いに不敵に挑戦しあう。わりと気の合うところがあるのかもしれない。

 せっかく遊びに来ているのだ。ミリエルはゲームの挑戦を受け、再びモンスターを探して倒していく。棒でスライムや大ガラスを打ち倒し倒し、黒い炎弾でゴブリンやキラービーを焼いていく。

 今何匹倒しただろうか。ミリエルがもう数えるのが面倒になって来た頃。

 走る先の前方、木々に閉ざされていた景色が明るく開けてきた。

 キラキラとした陽光。耳に聞こえるせせらぎの音。川があるのだ。

 これ以上は進めない。ミリエルは慌てて止まろうとしたが、もう一人の意思は止まらなかった。


『跳び越えるぞ!』

「え!? 無理!?」

『ちょ、おま』


 調子に乗っていたミリエルは止まれなかった。意思と歩調も合わせられなかった。

 手足が変にもつれあって転がって派手に川の中へとダイビングしてしまった。

 上がる水しぶき。水の冷たさはすぐに感じなくなった。

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