その男

八月 美咲

三人の女たち(1)


 眼鏡を曇らせた美穂はなんだか滑稽に見える。


 曇っていてもちゃんと見えているらしい。


「今日は女体が少ないですね」


 湯を肩にかける艶かしい仕草と曇った眼鏡が不釣り合いだ。


「ちょっと美穂さん変な言い方しないでくださいよぉ」


 ね、陽子さん、とピンクのタオルで頭を包んだ芽以が陽子に同意を求める。


 わずかにはみ出た髪が湯に浸っている。


 梅雨入りが宣言されたのは二日前の木曜日。


 花香る春の軽さに浮かれた後の重く暗い湿度は人の気持ちを家に閉じ込めてしまうのか、スポーツクラブの風呂場に人はまばらだった。


「今日はヨガのクラスも少なかったしねぇ」


 腰まで湯に浸かった陽子は銀色の美顔ローラーで顔をしごく。


 美穂は眼鏡を外し、ぼちゃんと湯につけた。


「あら美穂ちゃんそんな赤い目をしてどうしたの?」


「昨日遅くまで仕事していて寝不足なんです」


「とか言っちゃって、本当は例の同じ会社の堅物くんと何かあったりした?」


「ないですよ、なにも」


 眼鏡を外した美穂の顔にみとれる芽以は言った。


「美穂さんってコンタクトにすればいいのに、美人なのにもったいない」


 美穂は曇りの取れた眼鏡をかけると、芽以の言葉は聞こえていないように陽子と話を続ける。


「それより陽子さんこそ今日気合いが入っているじゃないですか、今晩例の女たらしバーテンダーの店に行くんですか?」


 芽以はBarと言う大人の世界の香りがする言葉に目を輝かせた。


「女たらしは余計よ。今日は珍しく旦那が帰ってくるのよ、だから今晩はお預け」


 陽子がそう言うと芽以はがっかりしたように顎が浸かるまで体を湯に沈めた。



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