社畜がヤンデレに付きまとわれてみた
七篠透
第1話:ヤンデレは匂いでわかるもん
通勤電車。
この四文字で吐き気がした人はきっと同志だ。
これが嫌すぎて仕事をやめたいと願っている人だっているだろう。
満員電車の圧迫感は勿論、もし仕事も辛いなら時間をかけて無抵抗のまま職場に運ばれる気分はさながら死刑場に向かう護送車か。
そんな満員電車、他にもリスクは存在する。
痴漢だ。
ちなみに俺は男だがここで言う痴漢とは冤罪のことではない。冤罪は冤罪で名誉毀損とか諸々の問題をはらむ許されないことだが、俺が悩まされていたのはそっちじゃない。
奴との出会いは、疲れてスーツに消臭剤をかけ損ねた日の翌朝、満員電車の中だった。
「いい匂いですね」
急に後ろから囁かれたその言葉。
はじめは皮肉だと思った。だから。
「すみません。ファブ⚪ーズし忘れたかも」
悪臭で不快にさせたことを謝った、のだが。
「明日もファブ⚪ーズ無しで同じ電車に同じドアから乗ってくれませんか?」
微妙にかわいい声で頼まれたその時、俺はようやく匂い痴漢という存在を思い出した。女にもいるとはその時まで知らなかったが。
俺は幼稚で負けず嫌いだ。
言われた通りにしてこいつの思う壺になるのも癪だし、違う電車に乗るのはなんか負けて逃げた気分になるから嫌だ。
俺は帰りにドラッグストアに寄り、リ⚪ッシュを買ってたっぷりとスーツに吹き付けた。
ざまあ見さらせ痴女野郎、リ⚪ッシュの香りをたっぷりと堪能するがいい!
完 全 敗 北
奴は俺の耳の裏を執拗に嗅いできやがった。そう。スーツの匂いは元をたどれば俺の体から分泌されたもの。スーツだけを守っても無駄だったのだ。
石鹸を変えて全身を丹念に洗ったら頭を嗅がれてシャンプーを変えて、と言った具合に、いたちごっこは一週間ほど続いた。
そして半ば屈した気分で力なく椅子に座った朝、俺は勝利の女神の微笑みを幻視した。
座っていれば、堂々と嗅ぐことはできない。
即 落 ち 二 コ マ
いつも以上にずっと大胆に密着して匂いを嗅いでおります。
俺がいつものる電車は、出発直後に少し大きく揺れる。奴はそれを利用し、バランスを崩した振りをして抱きついて来やがった。
あまつさえ「すみません、今足捻っちゃったみたいで。しばらくこのまま支えてくれませんか」と聞こえよがしに言いやがったんだ。
やたら中年受けしそうな無防備で間の抜けた、絵にかいたようなかわいい女子高生演じやがって。回りの中年の殺意と羨望の視線がヤヴァイ。つーかお前高校生だったんかい。
断ったら外道みたいなこの流れを、椅子に座った俺を見た瞬間に頭の中で作り上げたなら最早俺が知恵比べで勝てる相手じゃない。
悲報:25才社会人ワイ、女子高生に知恵比べで完全敗北。
「もう好きにしろや」
俺が敗北ムード全開でついたため息の意味を理解できたのは、抱きつく腕に力を込めたその女だけだろう。
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