第6話「脱出」

 ……呆れたな。どうりで余裕ブッこいてたわけだ。

 苦々しい顔のガルムを無視して馬車に乗り込んだビリィ。


 「手綱は頼むぜ」と、馬を押し付けるので、ガルムを渋々受け取る。


 ガルムもビリィも──どちらも仲間に構っている余裕はないので、ここにいるのは二人だけだった。

 見捨てるというわけではないが……──どうにもできないのだ。


 そのうちに焦げ臭い匂いが漂い始める。


「アイツら! 火を付けやがった!」

「エリナ姉ちゃんらしいや……」


 ポツリと零すビリィ。どうやら古い知り合いのようだが……。


 煙に混じり、甘い香りが漂い始める。


「ゲフゲフ! ……なんだこれ?」

「……大麻マリファナだ!? クソ……外にあった草原のほとんどはこれだったぞ?」


 肥沃な大地……しかしそこに植えられていたのは麦でもコメでもなく───麻薬の原料であった。

 地理を調べた限りでは、フォート・ラグダ建築以前の先住民時代から、この状態だったらしい。


 頭に痺れを伴う煙が充満し始める。


「口を塞げ! 吸い過ぎるな」

「ゲフ、ゲフッ」

 ビリィを羽交い絞めにすると、無理やりバンダナで口を覆ってやる。


 そしてガルムを同じように口元を覆うと馬を駆った。


「いくぞ!」

「ぉぉ、ぉぅ! ゲフゲフ! くそ……もうこんなとこまで火が!」


 ガラガラガラと馬車が動き始めるとき、


 要塞内部を紅蓮の炎が包んでいった。

 そして、ビリィが決闘に際に脅しに使った大量のダイナマイトが────……!!



 ※ ※


 二人の去った後の司令部で、無造作に放置されている導火線付きのダイナマイト。

 バチバチ、ガラガラー! と屋根が燃え堕ち室内が炎に包まれる。


 そして、燃えさしの木がコロコロコロと、ダイナマイトの詰まった木箱に向かって──。




 ジジジジジジジジジッ…………。



 それは、

 二人が地下通路に降りた直後のこと……。




 ※ ※


 地下通路に降りた二人は、先に見える光に向かって馬車を走らせていた。

 湿っぽい空気の中然程速度も出せずに──……


「ビィト! これはどこに抜ける!?」

 馬車を走らせつつ、ガルムは背後を振り返り怒鳴る。


「要塞の裏手だ! 目立たない水源地があって、そこに出る!」

 ふむ……好都合、か?

 隕石孔の上から監視しているであろう騎兵隊には、要塞周辺は丸見えだ。

 どこから逃げてもすぐに捕捉されるだろう──この要塞を築いたものもそれくらいは考慮しているはずだ。


 故に、ほぼ安全とみて間違いないだろう。

 だが、何れ見つかる。


 軍は甘くはない──そんなことは百も承知だ。


「お前を引き渡したら許してくれるかっ? あの姉さんは!」

 ガルムの非道な言葉にビィトが体を震わせながら言う。

「無理無理無理無理無理! 絶対無理だって。見ただろ!? 上で散々!」


 確かに……あのエリナと言う将校は、捕虜など捕る気はまったくないのだろう。

 ビリィはどうか知らないが……何か知ってはいけないものがあるらしい。


「チィ……お前という奴はいっつも厄介ごとばかり持ってくるな!」

「公僕にゃ、わかんねぇよ!」

無法者アウトローに気持ちなんざ知りたくもないわ!」


 ガラガラガラガラー!

 

 と盛大に響く馬車の音にかき消されないと懸命に罵りあう二人だが──……。



 ゴゴゴゴ……



「ん?」「なんだぁ?」



 ゴゴゴゴゴ──……ズドォォォオオオオオン!!!!



 ブワァと地下通路に爆風が押し寄せる。

 それは火の粉を含んでおり、馬車の幌に引火せんとする。


「うわ、やべぇ! なんだこりゃ。大砲か!?」

 ビリィがロングコートを脱いで火の粉をバシバシと叩いて落とす。


「馬鹿野郎! こりゃ地上爆発だ──……お前の残してきたダイナマイトに決まってんだろうが!」

 ガルムとて、今の今まで忘れていたが、大砲の爆発とダイナマイトの爆発くらい区別がつく。

 だからこれが直ぐにビリィの置き土産のダイナマイトだと気付けた。


「飛ばすぞ! 次は燃えた爆風が来る──」


 ハイヤァ!! と馬の尻に拍車をかけると速度を上げる。

 狭い通路でそれは自殺行為だが、悠長なことも言っていられない。


「頼むぜオッサン!」

「誰がオッサンだ──ガルムさんと……なんだそれは!?」


 生意気な小僧に口調を検めさせてやると向き直ったガルムの目には異様な光景が飛び込む。


「なんだよ……って、なんじゃこりゃ!?」


 ビリィが驚愕しているのは、自分の体だ。

 正確には胸ポケットの部分……そこから眩い光が漏れている。


「おわわわわ!」

 慌ててそれを取り出すと──……ピカァァァッァ!


「んだそりゃ! ぐぅ……眩しい!」

 ガルムが顔を覆うほどの光。ビリィの手に乗っているのは小さな石で、それが放射状にビカビカと光を放っている。


「うおおお! なんかヤバイかこれ? なぁこれ!?」

 アワアワと石を取り落としそうになるビリィだが、その直後──……!


「ぐお! それどころじゃねぇぞ! 後だ!!」


 ゴォオオオオオオオオオオオ!


 石の光に四苦八苦しているうちに、地下通路に吹き込んできた爆炎が出口を求めて突っ込んできた──!


「掴まってろビリィぃぃぃぃぃいいいい──」


 ハイヤァ! ハイヤァ! ハイヤァ!!


 馬に遮二無二拍車をかけて鞭を振るう!

 走れ走れと蹴り飛ばす!


 出なければ──────死ぬぞ! と。



「見ろっ!」


 ガルムが指さす。


「出口だ!」


 ビリィが喜ぶ!


 ゴォォオオオオオオオオオオオ!


 爆炎が追いかける──。




 そして────────!!



 ピカアァアァァァァァアアアアアア! と、


 ビリィの持つ光と、外へ繋がる光がシンクロしたように輝き────。



 外へ!!





「つっこめ!」「おうよ!」


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