勇気#6


<こ、これはっ……!! 伝説の魔神、ガラクネスト=アロナコ=フゥゾでは……っ!? 何という偶然、何という災厄ッ!! お、お落ち着いて行動をっ!! みなさんっ!!>


 いちばん落ち着いてない実況のヒトの声に、場のどよめきは最高潮になってしまっているわけで。歓声はいまや怒号や悲鳴に変わりつつある。


 コロッセオの真ん真ん中にいきなり現出した、その「化物」の姿に本能的な危機感/恐怖感を感じ取ったのか、観客の皆さんの中で逃げ出そうとする人のうねりみたいなのが起こっているのが見て取れるけど。ええー。


 しかしフィールドに残された「勇者」の皆さん方は、意外と平静を保っている。


「くくく……こんなところで出会えるたぁ、俺もツイてる。このSSR級の魔物を狩れば、一躍『世界勇者』にのし上がれること間違いなしだぜぇ……へへへ」


 テンプレ級の台詞をのたまわってる隣の熱血くんだけど、あっるぇー、やっぱこんなタガの外れたテンションの奴しか、この場には残ってないんだね~と、ボクは軽く白目になりつつも、自分の逃げ道を探すために無理から黒目を下げて周りの様子を伺い始める。


「……悪しき者の手から、善良なる人々を守る。それこそが『勇者』」


 またその隣のクールイケメンが自分に言い聞かせるように呟くけど、おお、こちらは流石落ち着いてらっしゃる。


「……俺に、続け」


 さらに隣の寡黙系が、無表情のまま、ごつい剣を振りかぶり、前触れ無しで突進を始めた。


それを機にボク以外の「勇者」さん三名様は一斉に、20mくらいしか離れていない「化物」目指し、それぞれ間合いを詰めていく。


<ああーっとぉ!! 三者三様に、目標に向かっていくぞぉぉぉぉぉっ!! 『魔神』に対しても一歩も引く様子は無いっ!! これぞ勇気ッ!! そして我々実況と解説は、この非常事態にも職務を放棄することはないのです……ッ!! これもまた『勇気』……我々もまた、『勇者』なのかも知れません!! どうですか解説ウガイさん? あれ? ウガイさん?>


 こんな状況でも、実況のよく通る腹からの声は脱帽ものだけれど、解説の人はとっくにずらかっていたようで、ボクは一体どうすれば。


 とりあえずは乗り遅れないように、先頭の人に追いつきすぎないように、小股で走り始める。何かあったら即・離脱。それだけを頭に叩き込みつつ。


 「目標」が近づいて来た。やばいオーラみたいなものが肌を嬲ってくるよ。全・毛穴を後方へと一斉に引っ張られている感じ。と、


「……ココココ、生きのいいのは好みだよ」


 「魔神」と称されていたそのカオス集合体みたいな巨体の真ん中で、先ほどの金髪美女がすさまじく妖艶な笑みを浮かべているよ怖いよ……。


 三勇者は常人場慣れした体裁きで「魔神」から弾け飛んでくる「触手」みたいなものを躱し、いなしながら接近していってる。これはいけるかも。しかし、


「お前らッ!! 今は共闘だッ!! 奴の気を引いてくれっ」


「いや、貴様らは左右に散って囮になれ」


「……俺に、続け」


 ああー、やっぱりそうか!! 我ぁ強いのが勇者の基本メンタルだもんねー、と、チームワークは最低の面々を見やり、白目になりつつあるボク。

「!!」


 なっている場合じゃなかった。「魔神」はこちらの力を推し量っていたのだろうか、触手の動きが今までの単調なものから、トリッキーでランダムな感じに瞬時に変化すると、三勇者の思考をも読み切っていたかのような動きで、それらの身体を容易く絡めとってしまう。


 だ、だめだこりゃあ……全く相手にされてないよ。なす術も無く引き寄せられていく哀れな先人に敬意を表しながら、身をひるがえし華麗なる敗走をキメようとしていたボクの右ふくらはぎ辺りにも触手が巻き付く嫌な感触が。


「コココ。『勇気』とかそういう強い指向性を持った思考が、わらわは大好きじゃ。それを混沌の中に呑み込んで、何やらわけのわからぬものに作り変えた時に、無上の快感を覚える……」


 ミズサイコな発言だったが、それをあっけなく実現してしまえる力を持っていそうなだけに、ボクの恐怖は止まらない。止まらないのは身体の方も同じくで、ずるずると抵抗のかいなく引きずられ、どんどん化物の方に引っ張られていくよ、あかぁぁぁん!!


「!!」


 目の前では、熱血、クール、寡黙の順に、次々と「魔神」に取り込まれていっている。そして次の瞬間には、その巨体のどこかしらに、グロテスクな質感を伴って面影を残したまま生えてきているよ。はや……こわ……。


「!!」


 引っ張りが強まった。く、喰われる。最後に残ったボクの身体のあちこちも既に拘束が済んでおり、もはや宙に浮かばせられた状態だ。無駄に滑らかに体が引き寄せられていく……っ!!


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