迷える星の集う空に

妄想神

プロローグ

 流れ星が落ちるのを目にした。

 その一条の光跡は仮想の時空で切り取られた星のない夜空を切り裂く。

 巡る暗黒を駆け抜け、それは一直線に寂寞とした無人の島に零れ落ちた。山の斜面にぶつかった途端音もなく辺りを仄かな光が包み込み、薄らいでいく。

 直前まで打ち寄せた波のかき鳴らす砂浜を眺めていた彼はその光景に瞠目していた。

 ――未知のウイルスか? さもなくばクラッキング?

 この空にあんなものを組み込んだ覚えはない。あらゆる可能性が思い浮かび、しかしそのいずれもが決定的な証明も否定材料にも欠け、居ても立っても居られずに彼は自らの化身を羽ばたかせていた。

 砂浜から飛び立ち、草本のざわめく野原を突っ切って山林に切り開かれた登山道に飛び込む。

 自動的に光量が調整されて開けた視界の左右を無数の樹木が流れ過ぎていった。急な斜面に沿って減速することなく上昇し、あの星が墜落した高度で道の脇の藪に分け入る。

 鬱蒼とした山の中腹は頭上を枝葉に遮られ、仄明るい夜空すら仰げない。速度を落とし、彼は自身の分身を滞空させて連なる木々の向こうに目を凝らした。

「見失ったか……?」

 森の暗がりには動くものどころか明かりの一つさえ見当たらない。

「クソっ、見間違いかよ」

 確かにその日はもう随分と遅くまで作業を続けていたし、先ほどから目がかすんでいた。気を抜けば睡魔と気怠さに意識が押し潰されそうだ。

 ――もう眠ろう。全ては夢現の狭間で覗けた、ひとときの幻なのだから。

 そう決め込んで布団を被れば楽になる、のだけれども。

 見惚れたあの輝きが恋しくて、駄目で元々島の全域にメッセージを発信する。

『どいつか知らんが、人の家の軒先をくぐったんだ。挨拶くらい寄越してもらおうか?』

 突然の侵入者が仮に存在していたとしても、こんなものに答えるとは考え難い。期待はしまいと心に決めていた。

 ――Hello.

 しかし返事は意外なほど早かった。

 スピーカーから漏れ出した模範的な発音に彼は首を傾げる。

「英語……?」

 いくらでもフリーの翻訳ソフトが転がった昨今、異言語に触れる機会は少ない。

 とはいえ会話ができるなら黙殺もできず、英語の文面を考えていたら新たな囁きが耳をくすぐった。

 ――でなくて、こちらなら……

 そんな前置きののち、今度ははっきりと澄み渡った声で。

「もしもし。もしもし」

 そう発信した先をすぐさま特定すると彼の化身はその身を翻した。薄暗い森に立ちはだかる数々の幹の隙間を縫って声のした方角を追いかける。

「いた……!」

 木々が途切れて画面が白んだ。光源に行き当たったのだ。

 光量にまた調整が加えられ、目映いほどだった夜の光景が暗く静まりかえっていく。仮想の夜空の孕む光が、森の中に切り開かれた小さな空間を浮かび上がらせた。

 その中心に鎮座する円形の舞台のような切り株の上に、そいつは腰かけていた。

「光……いや、人なのか……?」

 星明りの源が首を傾げると長髪が広がって夜風になびき、苔むした切り株の上に舞い落ちる。

「あなたは鳥……なんですか?」

 この空間を飛び回るアバターを見つめて彼女はそう呟いた。

 青く澄み渡る瞳に魅入られて、彼は吸い込まれるように意識を失っていく──

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