魔王様の仰せのままに

妄想神

プロローグ

 扉をくぐると天井から降り注ぐ光の雨霰に目が眩んだ。

 やがて視界に氾濫する白色が和らいでいくと、礼拝堂の中心にその異様は現れる。そこへと伸びる絨毯の赤色を目で追う内に自然とたどり着いてしまう。

 彼が歩き出したその先にあるのは玉座だった。

 本来ならば然るべき地位の人間がその威力を誇るために座するのだろう比類なき権力の象徴である。

 肘掛けは木目に艶が生まれるまで磨き抜かれ、座面と背もたれには柔らかな皮革を張られていた。装飾はないのに厳かで、大人でも優に二人は座れるほど大きい。 

 そんな偉容がどうしてか今は、たった一人の少女に占拠されていた。

 その華奢に過ぎる肢体はだぶついた赤いマントと丈の合わない紫色のローブ、それから晴れた空の雲よりも眩い白無垢の長髪に隠されている。

 そんな中で一対、鮮烈に赤く燃える瞳が彼を見つめていた。

「あなたは……?」

 『魔王』。

 脳裏に過ぎったその称号は、しかし目の前の膝を揃えて腰掛ける少女とはあまりにも相容れない。

 そのひたむきな上目遣いに覗かれると、くすんでいたものが晴れていく心地がした。目の奥で何かが疼き、巡り出す。

「俺は……」

 透明な瞳を満たす赤に見入っていると、胸の底に重たいものが据えられた。

 微かな違和感を覚えてもう一度、彼女の真紅の瞳孔を覗き込むけれども、結論は変わらない。

 その本能に、刻まれた使命に、ただ身を任せる。

「俺は、あなたを――」

 守る。

 そのために、ここまで来ました。

 彼自身でさえ突拍子もなく感じてしまう、そんな台詞と決意。けれど彼の想いは揺らがず、そして少女はそれに答えることなく。

「…………?」

 と、ただぼんやり黙したまま無垢な眼差しに彼を映していた。

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