138.邪神イベリア

 イベリアは、エルフの里の西地区に近づき、降下するにつれ、異変に気付いた。


「瘴気が濃いわ」

 イベリアは、そう感じたのだが、そのとたん全身に異常を感じる。

「うっ! な、何だか、体が変な……」

 と、言い、「グォーーーー」と咆哮した。

 尋常じゃない濃い瘴気に触れ、イベリアの体の異常と精神異常が一挙に悪化したのだ。




「あれって、ドラゴンよね? 白いドラゴン?」

 アイーダは映像を撮っている途中、遠くに見えるドラゴンの姿に気がつき、一人つぶやいた。


 今回のエルフの森の異変は、世界に映像が中継されている。そしてその様子が、各国の王宮や神殿に設置されたモニターで映像が流されているのだ。


 これも、連邦制度の合意内容の一つで、大事件が起こった際に、出来事を中継することによって、経験を共有しようという試みだ。世界巡回の後、魔導具通信の装置を発展させ、史郎とアイーダが完成させ配備を済ませてあったのだ。ギリギリ間に合ってよかったと史郎は思っていた。


 イベリアは、さらに地上あたりまで降下し、あたり一面に漂う瘴気を取り込み始めた。


「あれは……。一体何をしているのかしら?」とアイーダは疑問に思い、思わずつぶやいた。



     ◇




 イベリアは、突然の異常に、高度を下げ、着陸するかと思われた瞬間、精神異常のせいで、ブレスを複数、無差別な方向に放った。短いレーザー光線のパルス状のブレスを5発だ。


 あちこちで、爆発が起こった。


 そのうちの一発が、世界樹をかすった。そのため、世界樹の下にある地区に、破片が散らばり、街はパニックに陥った。


 別の一発が、エルフの城の塔を一つ破壊した。


 そして、別の一発は、湖に着水、大爆発を起こした。


 さらに、別の一発は、遠くの森に着弾し、同じく大爆発を起こした。


 その様子は、エルフの塔から、アイーダが映像中継している。


「ちょっと、今のブレスは危なかったわよ。あっちの塔でよかったけど……」とアイーダは言い、体が震える。


 どうか、こっちに飛んでこないで……、とアイーダが祈るようにつぶやきながら、撮影のための水晶版を構えるのであった。



     ◇



史郎達は、ドラゴンの咆哮が聞こえた瞬間、そちらの方を見た。そして、その瞬間、ブレスの一つが、史郎たちの方向に飛んできた。


「うぉ! みんな、避けろ!」

 突然のブレスに、史郎たちは慌てて避けた。


 そして、イベリアが下降してくる。そのあたりは、史郎達が魔獣と戦っていた場所だった。


「おい、あれは白龍? アドラの言っていた、イベリアか?」と史郎。


「そのようですね。すぐにアドラに連絡を……」とミトカが言いかけたところで、


「イベリア!」と叫びながら、アドラとアメリアが高速で飛んできた。龍の姿だ。

『イベリア、しっかりしなさい!』とアメリアもいっしょだ。


 しかし、その声はもはやイベリアには届かない。


 イベリアは、ますます周りの瘴気を取り込んでいく。


 目は赤く輝き、瘴気の黒い霧のようなものが、イベリアの周りを渦巻き始めた。そして、

『あああああ!』とイベリアが叫ぶ。無意識に念話を発動したのか、周りにいた、史郎たちにも聞こえた。


『アドラ……声が聞こえる……どこなの……?』とイベリアは叫び、そして『姉さん?』とつぶやく。

 そのとたん、体が光り輝き、人型の女性になった。

 久しぶりに聞いた姉の声に、姉の人型を思い出し、姉への強い思いが、自らの姿をも人型にしたのだ。

 龍族は、人型への強い思いで、自らも人型になれるのだ。



     ◇



「おい、あれって邪神じゃないか?」

 と、遠くからドラゴンの様子を見ていた冒険者がつぶやいた。


 映像を見ていた多くの人も、最初に頭に思い浮かんだ言葉は、「邪神」だ。王都の結界破壊事件以降、邪神教の噂は広まった。昔のおとぎ話にも、邪神が出てくる。

 

 白い龍が光り輝く人型になり、圧倒的な力で破壊活動を行う。


 そのさまを見て、人々がそう思っても仕方のない状況だった。



     ◇



 イベリアは、目も見えず、耳も聞こえずという状態になり、自らが暗闇に閉じ込められたような感覚に混乱していたのだ。


 そして、思った。


 アドラが見つからず、でも、声が聞こえる。じゃあ、この閉じ込められている暗闇を破壊してしまえばいいんだ。……そうだ、ぜんぶ壊れてしまえ! そして、自暴自棄ですべてを壊してしまえという精神状態になっていく。


 しばらくすると、イベリアが、再び光を放ち始め、そして、巨大な魔法陣が浮かび上がり、黒い渦が収束し始めた。




「おい、なんだか非常に嫌な予感がするんだが?」と史郎はその魔法陣を見てつぶやく。


「シロウ、あれは、いけない! あれは、だめ!」とシェスティアが何かを思い出すように悲痛に叫んだ。


「史郎、イベリアは、周りの瘴気を急速に吸収しています。そのせいでしょう、急激な魔力上昇が感じられます。そして、あの黒い渦の収束は……、禁断の攻撃魔術【リムーブスター】の可能性があります」


「【リムーブスター】?」

「はい、『rf』オプション付きの『rm *』ですね。いわゆる、全削除コマンドの……」

「マジか?」


 rfオプション付きで世界樹のルートで【リムーブスター】スキルを発動。それは、UNIXコマンドラインで、ルートでrmコマンドを実行するに相当する。そして、rfオプションというのは、無条件に再帰的にという意味だ。

 それはつまり、世界の全削除だ。


「そもそも、なんでそんな危険なスキルがあるんだよ⁉」と史郎はつっこみたい気持ちで叫んだ。


 だが、既に手遅れだ。


 イベリアが錯乱、黒い渦はついに収束を止め、真っ黒な直径1メートルほどのブラック・ボールになり、イベリアは、それを、自身を閉じ込めている黒い世界に向かって放とうとした。


 イベリアは特にどこに向かって撃とうとしたわけでは無かった。ただただ、自分を閉じ込めている暗闇から解き放たれたかったのだ。


 しかし、不幸なことに、それは世界樹に向かっていたのだった。


 アドラは、「イベリア! やめるんだ!」と叫びながら、イベリアに向かって突進した。


 しかし、その声もむなしく、イベリアは、ブラック・ボールを撃ちはなった。


 ブラック・ボールが世界樹に向かって飛んでいく。


 しかし、次の瞬間、龍状態のアドラが弾道の前に現れ、それは、アドラを貫いた。


『……イベリア!』その瞬間に発したアドラの強い念が、イベリアをとらえた。


「え?」

 その念を聞き、アドラの方を見た瞬間、イベリアは一瞬正気を取り戻す。


「アドラ! 気を集中しなさい! そして人の形をイメージして! 人型のイベリアを抱きしめたいと強く願うの!」とアメリアがアドラに叫んだ。


 その声を聞いた瞬間、アドラの体が光り輝く。


 そして、アドラが人化し、イベリアを強く抱きしめた。


「イベリア、気をたしかに持て!」

「……アドラ、あなたなのね? ……ああ、ごめんなさい!」とイベリアが泣き叫んだ。

「イベリア、大丈夫。もう大丈夫だから」とアドラは泣きじゃくるイベリアを強く抱きしめた。


 様子を見ていた史郎達は、急いでイベリアとアドラの元へ飛んできた。

 シェスティアがアドラに治癒魔術をかけようとするが、よく見ると、傷が見当たらない。

 龍は人型になると、ボディが切り替わるのだ。なので、人型のボディには負傷がまったくないのだ。


 史郎は、イベリアの精神制御・状態異常を神術の精神操作で解除し、以前アドラにしたように、瘴気を除去した。今回は、ナノマシンを使って、急速除去だ。

 そして、史郎達は、すぐに、ブラック・ボールの方へ飛んで行く。


 史郎のおかげで、イベリアは正気に戻り、そして、三人の龍は、飛んでいく史郎達を見守るように、世界樹の方を見たのであった。

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