35.武術訓練・回復魔術

「ミトカ、今日は武術の訓練に付き合ってほしいんだが。ミトカも戦えるよな?」


「はい、そうですね、ちょうどいい頃合いかと思います。レベルが上がったので武器も扱えますし」


 ミトカの実体化レベルが上がったので、対人訓練ができるようになったのだ、と史郎は今さらながら気が付いたのだ。


 史郎のこれまでの戦闘は魔獣相手ばかりだった。そのため、主に魔術の遠隔攻撃が主体だったので、今の自分が人間相手にどこまでできるか一応試しておきたいのである。



 二人は広い広場のような場所に行き、10メートル程離れて向かい合う。

 手には史郎が作った武器の棒を持って構える。


「えっと、ミトカはそのメイド服のままで?」

「はい? ああ、確かにこの格好じゃまずいですね、スカートだし」とミトカ。


 そして、うーんと考え込んだ後「あっ、そうだ!」と言って光り輝くと、違う服装に変わった。


「え⁉ ゴス……チームパンク?」史郎はゴスロリと言いかけて、スチームパンクと言い直す。なぜなら、ゴスロリとスチームパンクがミックスしたような姿だからだ。


 全身黒。黒の膝上までのブーツに、黒い膝上あたりまでのスカート。白いシャツに、タイトっぽく見える黒いジャケット。その上からさらに黒い膝下あたりまであるロングコートを羽織っている。ゴスロリより大人、控えめなスチームパンクと言った風貌だ。


「……おい、その服は一体?」

「私の戦闘服です。史郎が望んだ格好ですから。お忘れですか? 史郎がコレクションした数々のデータを……」


「え、俺が? あぁ、いや……」と、史郎はふと思い出す。

 昔作ろうとしていたゲームのキャラ用に集めていたデータがあった。もちろん、ゲーム開発用ではあるが、たぶんに史郎の好みが反映されていて……。


「史郎、わかっていますよ、大丈夫です」とミトカがなぜか慈愛に満ちた笑顔を返してきた。


 史郎には何が大丈夫か分からなかったが、とりあえず受け入れることにした。なんといってもミトカに似合っているので、思わず魅入ってしまったからだ。


 自分の理想の美少女が理想の服装を着ているのだ。あえてもう一度言おう、のだ。

 これ以上理想の姿がどこにあるというのだ。


「……えっと、わかったよ……。と、とりあえず、模擬戦ということで軽い怪我はともかく、ひどい怪我をしないように気をつけよう」と史郎はごまかした。


「わかりました、史郎」と、なぜか頬を赤くしながらミトカが答えた。


「じゃあ、始めよう。石が落ちたら開始だ」と史郎が声をかけ、小石をほうり投げる。


 石が落ちた瞬間、ミトカは一瞬で史郎に詰め寄り、鉄棒を横殴りで史郎の左側面にぶつけた。

 史郎はその勢いで横方向に10メートル程吹っ飛んで、地面を滑って止まった。


「うぐぅっ……」


 史郎は余りの突然の衝撃に呻き声をあげて、何とか起き上がろうとした。


「……あっ!!! ごごごごご、ごめんなさい!」とミトカは自分がしたことに驚き、珍しく慌てて史郎に駆け寄った。


「いっつー! これはチョットシャレになってないな……。ミトカ、いつの間にそんなに強く?」

 と、史郎は痛みよりもミトカの動きに驚いて質問した。


「史郎、すみません! 自分でも何が起こったのか……。いえ、思ったよりスピードも威力もあって、動いた瞬間史郎が吹っ飛んでしまっていて……」


「なるほど。おそらく【精密表層実体化】での戦闘だと、ミトカの予想を上回る反射速度と威力になったんだな」と史郎は分析した。


「史郎、そうですね、私の予想外の動作でした。完全に私の落ち度です」


「いや、いいよ。というか、この左腕って折れてない?」と史郎は左腕を触りながら痛みに耐える。


「史郎、診断スキルと回復スキルを急いで習得しましょう!」

 と、ミトカはこの状況でスキルの習得を要求してきた。


「え、マジで? この状態で?」

 史郎は驚いて叫ぶ。


「はい。意外と都合がいいかもしれません。そうそう大怪我なんてしないでしょう。

なので怪我を治療する機会なんて余りないですからね」


「いや、まあそうなんだけど……、この痛さの中でどうしろと?」

 そんな史郎の様子を特に気にせずミトカが続ける。


「まず、気術纏で痛みを和らげることを意識してください。そして、同時に魔力操作で患部周辺、とくに痛みのある個所の状態を診断することを意識して鑑定を発動するように意識をしてみてください」


 ミトカは意外と冷静に史郎に指示を出した。史郎は痛みに耐えながらも、何とかそのとおりにしようとする。


 まず気術を纏うことには成功する。史郎は、それだけで少し痛みが和らいだような気がするのを感じた。


 ――『【気術纏】レベル1 を取得しました』

 ――『【鎮痛】レベル1 を取得しました』


 そして、傷や内部の骨や筋肉がどうなっているのかを調べるつもりで鑑定をかける。

 すると、


 ――『【解析】レベル1 を取得しました』

 ――『【診断】レベル1 を取得しました』


 と、アナウンスが流れ、そして、すぐに史郎の頭の中に患部の状態が情報として流れ込んでいく。


「おぅ、いててて。あぁ、なるほど、まずは左腕上腕の骨折と打撲だな。後は、背中と肩の表面上の擦り傷だな。擦り傷はチョット深いか? 出血してるな」

 と、史郎はミトカに説明する。


「そうですか。では、私が腕をある程度固定しますので、史郎はその状態で魔力を患部に集めて、鎮静化と骨がつながるイメージを保ってください。止血や、細胞の活性化のイメージとかも傷には有効ですね」


 ミトカが指示を出してくれたので、史郎はそのとおりに魔力を使いイメージする。すると、


 ――『【ヒール】レベル1 を取得しました』

 ――『【キュア】レベル1 を取得しました』


「おー、とうとう念願の回復系スキルか!」

 と、喜びに声を上げる史郎。


 なお、【ヒール】は傷・打撲・軽い火傷などの治癒、【キュア】は病気・軽い怪我・消毒などの治療のスキルになる。


 そして史郎は、体の痛みが消えたことを感じた後、腕をまわしたり、腕と傷の様子を確認したりした。


「よし、大丈夫だな。ちょっとしたアクシデントだったが模擬戦を再開しよう」

 と、史郎はミトカに声をかけた。


「はい、わかりました。次はちょっと気をつけます」


「いや、大丈夫。次は俺が最初から気合い入れて全力で行くから」

 史郎は笑みを浮かべて答えた。


「……はい、わかりました。では、始めましょう」とミトカは答えた


 先と同じように小石をほうり投げる。


 石が落ちた瞬間、ミトカは一瞬で史郎に詰め寄り、今度は鉄棒を上段から袈裟切りに史郎の肩を打ちにかかる。


 史郎はその瞬間後ろに下がり、それを避けた。


 そして、避けながら、ミトカのほうに突進し右から左に向かって棒を振り込む。


 ミトカは既にさらに後方にジャンプしており、史郎の攻撃は届かない。


 ミトカは、次の瞬間には史郎の左側面に接近し、棒を打ち上げるように攻撃する。


 史郎はそれを棒で受け流し、返して打ち込もうとするも、ミトカに同じように流され、両者は後方へジャンプ、一瞬止まる。


 その後、同じように両者は撃ち込むが、決定的なヒットはならず、一時間ほどしてから史郎が終わりの掛け声をかけた。


「こ、これまで。はー、これはキツイ」

 史郎は疲れ切った様子で声を出す。肉体的にも精神的にも、史郎にとっては初めての対人の真面目で真剣な模擬戦なのだ。


「史郎、よく持ちこたえましたね」とミトカの方は涼しい顔だ。


「……しかし、よくよく考えてみると、ミトカって俺の魔力を使って動いているんだよな? じゃあ、こんなに真剣に相対したら、俺が疲れるのは当たり前じゃないか?」

 史郎はふと思いついてミトカに問うた。


「ふふふ。史郎、今頃気が付きましたか? そのとおりですが、私がコントロールしているとはいえ、史郎の魔力操作の経験値にもなるので、いいんじゃないでしょうか?」

 と、ミトカは事も無げに答えるのであった。

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