3.転移

 フィルミアと出会ってから、二日後。史郎は、彼女が来るのを朝からそわそわしながら待っていた。


 向こうの世界にこちらから何か持ち込めるかどうかを聞くのを忘れた、と史郎は少し後悔した。しかし、おそらくこちらの物理的な物は持っていけないだろうと考え、とりあえず必要そうで役立ちそうな情報はすべてミトカのAIデータベースに記録しておくことにした。

 もともと自分のシステムでファンタジー世界を構築する際に必要だと思われる情報は、電子情報の形で集めてあったのだ。


 昼の2時きっかりに、フィルミアは再び訪問してきた。


「史郎さん、こんにちは」

「フィルミア様、こんにちは」

「史郎さん、フィルミアでいいですよ。それで、準備は大丈夫でしょうか?」

「はい。準備は大丈夫です……。といっても、ほとんど心の準備ですが。それで、俺の補助AIですが、本当に向こうに持っていけるんですよね?」

 史郎は少し緊張と不安が混ざった声で尋ねた。


「はい、電子情報の形は比較的変換が容易なので大丈夫ですよ。史郎さんの開発された補助AIのシステムは、向こうでは疑似人格という形で史郎さんの魂に直接接続の形でアクセスできます。史郎さんの設計でいうところの、魔術生命として再構築されます」


「おー、なるほど……」

 史郎は感嘆の声を上げる。そして今さらながらだと思いつつ、

「あと、服装や持ち物はどうなるんでしょうか?」

 と、聞いた。


「申し訳ないですが、地球上の物理的な物は持ち込めません。肉体は変換されて、新しくなったものとして用意されます。もちろん服は着た状態です」

 フィルミアが何か微妙な笑顔で答えた。


「地球の情報や物は、あとで取り寄せたりはできないんですよね? ネット接続とか……」

 史郎は一応ダメもとで、もう聞いてみた。


「ええ、今のところはできません。世界間で存在そのものの実装方法が異なっており、時間の流れの違いゆえの同期の問題、存在の整合性の問題など、簡単には転送できないのです。ただ、変換ツールを開発中なので、いずれできるようになるかもしれません。確約はできませんが、その時は連絡しますね」


 フィルミアは笑顔となぜか真剣なまなざしでそう答えた。


「あと、必要なものはすべてミトカちゃんに預けてあるので、史郎さんの当面の生活は大丈夫だと思います」とフィルミア。


「ミトカ……ちゃん?」

 史郎は、不思議そうな顔をしてつぶやくが、彼女はそれを聞かなかったふりをして、

「まあ、行ってみてのお楽しみですよ!」

 と、再び特上の笑顔を史郎に向けた。

 

 一瞬フィルミアの笑顔に見とれた史郎だが、気を引き締めなければ、と気を取り直し、

「わかりました。覚悟を決めていってきます!」

 と半ばやけくそ気味に元気よく返事した。


「はい、では、いってらっしゃい!」

 彼女は、そう言うと同時に、以前と同じく一拍子ぱちんと手を合わせた。


 その音を聞いた瞬間、体全体を包む浮揚感とともに、史郎はスーッと意識を失うのであった。

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