2.世界の解釈と世界システム
「え⁉」
突然の周囲の変化に史郎は息をのんだ。
周りが真っ白な何もない空間になったのだ。そして、右側に複数のスクリーンが見え、いろいろな場面やステータス状況のような情報が表示されている。
「ここは、フィルディアーナ世界の管理ルームです。世界システムの稼働状況が表示されています。史郎さんにもなじみのある画面ですよね?」
史郎はそれらの画面を見つめ、言う。
「……たしかにあの画面レイアウトは僕のデザインと酷似していますね……」
突然の非現実的な現象に。史郎は戸惑い、そんな史郎の内心の戸惑いを知ってか知らずか、フィルミアは話を続けた。
「史郎さんの魂の外部接続チャネルを、一時的にこの空間に接続させてもらっています」
「……魂の外部接続……?」
「実は、フィルディアーナ世界は第四世代世界システムと呼ばれるアーキテクチャーをもとに作られた、初めての世界なのです。そして、そのもとになったのは史郎さんが現在開発されているシステムなんです」
「僕のアーキテクチャーがもとに? でも開発にめどがついたのは今日なんですが?」
「ふふふ。そうですね。神界で稼働していた世界は今まで第三世代と呼ばれていました。ところが、それと非常によく似た設計、いえ、むしろ優れた設計を史郎さんがなされていることを、私たちは見つけました」
と、フィルミアは説明した。そして続ける。
「そして、実は少し前から、その史郎さんの設計思想をお借りして、私たちのものと統合し始めたのです。それは第四世代と名付けられ、その世界の作成と試験稼働も行われ初めていました」
「第四世代?」史郎はつぶやいた。
「はい。実のところ、史郎さんの世界の解釈はおおむね正解です。そしてその設計は私たちの先を行っているのです。なので、私たちは史郎さんのことを神の世界の設計者仲間だと認め、ひそかに共同開発を願っていたのです」
フィルミアはうれしそうに話した。
神の世界の設計? 神と共同開発⁉ そんな事が可能なのか? と、史郎は驚いた。
「えーと、お役に立てて結構なことと思うのですが、それで、その世界へ招待というのは具体的にはどういう事なのでしょうか?」
「はい、先ほども言いましたが、神は直接世界に干渉できないことになっています。いえ、正確に言うとある程度のモニタリング、世界システムの更新に伴う構造に関する変更、そして、神託による現地の巫女に対するアドバイス、はできます。
また、モジュールごとの専門の神はいますが、すべてのシステムにおいて設計から実装まで理解している神はいません。
その点、そのすべてを細部まで自ら手掛けた史郎さんは、人間という存在でありながら神並みの世界の理を理解するという、世界システムのトラブルシューティングには最適な人材なのです」
フィルミアは真剣なまなざしで説明を続けた。
「フィルディアーナ世界では、現在、
しかしながら、神の管理者が管理者ルームから観察する限りではその根本原因がわからず、しかも倒すことも難しい。神界で問題がわからないなんてことは今までなかったのです。
私も第三世代システムのアーキテクトなのですが、その私でもどうしても解決できなくて困っています。そこで、最高の適任者である史郎さんに実際に世界に転移していただいて、世界の内部から調査・調整・救済をしていただけないかと思った次第なんです」
と、フィルミアは真剣な顔で状況を説明した。
「うーん、なんだか突拍子もない話ですね……。
「向こうに行くにあたって、それなりの魔術とスキルを使えることになるので、それほどの危険はないはずです。
ちなみに、世界観は、史郎さんが設計・予定していたような地球でいうところのファンタジー風の剣と魔法の世界となっています。基本的な魔法基盤と基本定型魔法のみが導入済みです。いちおう平和な世界なんです、今のところ。ただ
――やはり、
史郎は突然不安になる。
その史郎の気持ちに気づいているのかどうかわからないが、彼女は続けた。
「それで、観光も兼ねて、トラブルシューティングと、あと、新しい魔法システムのインストールといった感じでお願いしたいのです」
――観光ねぇ。なんだか軽いな? でも、楽しそうだ。しかし魔法システムのインストールとは?
史郎は、なんだか急に興味が湧き始めた。システムという名の物に目がないのだ。
「魔法システムのインストールというと?」
「はい。現在フィルディアーナ世界では基本的な魔法しか使えないのです。でも本来はもっと複雑な魔法である『魔術』が使えるシステムなので、そのインストールと使い方の普及もお願いしたいのです」
「うーん、なんだかすぐには信じる事のできない話ばかりで……いや、この白い空間を実際に体験しているので、信じられないわけじゃないですが」
「ふふふ。そうですね。史郎さんにとってのメリットもありますよ。
まず、地球での現時点でのVRシステムなんか目じゃない、というか、現在の地球の科学技術ではとうてい実現不可能な、現実世界としての異世界の体験・観光ができます。
それに、史郎さんの開発された補助AIとデータベース、専用開発システムは、スキルとして付与できます。世界コーディング環境、アシスタント疑似人格化、開発関係ドキュメント統合も付けてです!」
「……なるほど」
それは非常に魅力的だと史郎は思った。
現在の地球でのVR技術では、いわゆる小説でよくある「フルダイブ」型、つまり、全感覚神経接続型のVRが実現できるのはかなり先になる。
そもそも史郎が生きている間に実現できるかどうかも怪しいのだ。そして、フルダイブでもせいぜい疑似体験には変わらず、現実世界として自分の作ったシステムを体験できるなんて、そうそうできるものではないのだ。
今いるこの白い空間は、まさにあり得ないくらいの現実味がある。
――しかも疑似人格⁉ それはまだ俺が達成できていない分野じゃないか!
と、自分が興味がある分野のことになると見境なくなる史郎は少し興奮するが、
「それは、なかなか魅力的な話ですね」
とできるだけ冷静を装って答えた。
「フィルディアーナ世界は、今のところ、地球上での肉体との互換性がないので、変換処理が施されて丈夫な体になります。あと、世界開発ツールのスキルは結構強力なので、好きに世界の開発をしてくださいね。もっとも、世界を破壊したりするのは困りますが」
と女神はほほ笑んだ。
女神はここで再び両手を合わせてパチンと手をたたく。
すると、二人は元いた史郎の家のリビングに戻ってきた。
そこで史郎は、ふと気になることを尋ねた。
「僕がその世界に行っている間、こっちの世界ではどうなるのでしょうか? この家を長期間空けることになるのですよね?」
「いえ、フィルディアーナと地球の時間の流れは大きく違います。たとえ向こうで1年過ごしても、地球では約1日しか過ぎません。現在の設定では、時間経過はフィルディアーナ対地球比で、400:1ですね。ただし、神界や開発の都合で時間の流れは随時変更していますので、きっちりその比で固定とは言えませんが」
――ほぉ、時間の流れが違ううえに変動すると? 俺の思っている世界の仕組みと同じかな? まあ、地球時間で数日ぐらいだったら家を空けても大丈夫か。
史郎はそう気軽に考えて
「なるほど」
と、納得しつつうなずいて返事した。
「とりあえず、人気のない地域、向こうの世界での聖域へ転送します。転送先に小屋を用意しています。世界の情報も用意しておくので、まずはそこでいろいろと確認してみてください」
フィルミアは、何だか複雑そうな、少しいたずらっ子のような笑顔を見せながら確信したように話した。
実のところこの時点で史郎の決意は決まっていて、断るという選択肢は考えていなかった。
「わかりました。お受けしましょう」
史郎は、そうはっきりと答えた。
「ありがとうございます!」
フィルミアは満面の笑顔を史郎に向ける。その目を離せないほど神々しい美しさに動揺しつつ、
「で、では、そうですね……実際にはいつ行くことになるのでしょうか?」
と、史郎は尋ねた。家を空けるので、出発前に少し準備をしておいたほうがいいと考えたのだ。
「そうですね、明後日の昼2時くらいでいいですか?」
「はい、わかりました。この家で待っていればいいですよね?」
「はい、それで構いません。では、その時に!」
そう答えると、フィルミアは帰っていった。
史郎はこの後二日間、準備にいそしむのであった。
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