満月に
冬の花と言えば?
そう言われて、首を傾げた
にこにこ笑いながら答えを待つ貴女の目線が優しくて
真面目に考える
「椿、とか?」
んー、と貴女は唸って「在ってる事は在ってる」
私と同じように首を傾げた
それは思案ではなくて、正解を探す為の首傾げ
冬と言えば、木枯らしが吹き、一気に温度が下がり
人も動物も植物もその他生き物全てが身を縮こませて
眠りにつく想像しかない
「歩いてて傍らを見たりしない?」
今度は投げかける時の癖で首を傾げた貴女
「見ているとは思うよ」
とは言いつつも前を向いて歩くのに忙しい
どうも無自覚だが早く歩くのが癖らしく
目線は前を向く。気を付けている事は
飼い犬の散歩をしている方々の後始末を踏まない事
ちらりと道の端や電信柱の根元を見るくらいだ
後は……足元の靴ぐらいだろう
そんな事を考えているのがバレたのか、貴女はいたずらっ子な顔をして
「まあ、君だもんね」と頬杖をついた
「一年草とか知らない? コスモスとかパンジーとか」
言われてスッと映像が頭の中で再現される
「へえ、春に咲くイメージ」
「あれ、一年だっけ二年だっけ、とにかく季節の間はずうっと咲いているやつ」
細かい事は考えていなかったみたいだ
「でも、冬の花って言ったじゃないか」
「言ったねえ」
貴女は机に置いてあった携帯電話を手に取り、検索をしたらしく「へえ」と呟く
「お気に入りのものはあった?」
ん、と見せてきた検索画面には貴女の言うパンジーが在り、他は名を聞いたことがあるかな程度の花の画像と名前が、ずらりと並んでいた
その中に『梅』とある
ははあ、と思って貴女を見た
ご丁寧に、ずいと私に差し出した携帯電話の指先は梅を指している
「年を越さないと見れないんじゃないかな」
意をくみ取って言うと貴女は、少しばかり頬を膨らませ、むうと唸った
「確かにそうですけどーでもいいじゃないですかー近場に有名な所ありますしー」
この師走の中、やっとこさ漕ぎ着けた休日の逢瀬には「年越しも三が日も実家」と云う恋人同士と言えど、まだ壁がある仲な為、少しばかり不安ではある
貴女なりに不安であるからして、気の早い約束が欲しかったのだろう
「混むと思うけどいいんじゃない」
言ってから消極的で曖昧な物言いは貴女の嫌う所だった事を思い出し、ひやりとする
「たしかにねえ」
私に見せていたスマートフォンを己の胸元に寄せて指を動かしてカチリと横のボタンを押してオフにした。また机の上に真っ黒な画面の携帯電話が置かれる
「行こうか」
それなりに貴女を愛しているし出来れば長く一緒に居られればと思っているから、ああ、この消極的な考えも貴女は好かないだろうな、と思いながらも、きっぱりと言うと貴女は小さく笑う
今度は私が机に置いた携帯電話を持ち上げ、貴女の言う近場を検索する
「ああ、夜のライトアップもやっているみたいだよ」
乗り気になったと思われたらしく、貴女の顔がみるみる内に明るくなり「本当?」と食いついてきた
「ああーでも寒いよね」
「冬だし」
「でもライトアップって綺麗なイメージ」
「桜とか大通りのライトアップはテレビで見るだけでも綺麗だもんね」
「寒いのは寒いから妥協するべきか」
「私は妥協しても綺麗な景色を見れるなら満足だよ」
うむ、と貴女は腕を組むが答えは決まったようなものだろう
希望を見せてくれた時点で結果は同じなのだ
「よし、行くか!」
「そうだね、行こうか」
私のスマートフォンの画面を見せながら期間と時間を確認
レトロな手帳で予定をすり合わせて、貴女は満足気に灰色表紙の手記を閉じる
「楽しみだねぇ」
かなり先の約束とは言え、満足そうに笑う顔が好きなので、私は眩しいと言わんばかりの顔をしていただろう
こうして少しずつ積み重ねていくのが、こんなにも気持ちいい事だなんて知らなかった
たまに喧嘩もするけれど、これが丁度いい距離なんだろう。いや自然なんだろうと思う
「あ!」
突然の声に思考を現実へ戻され貴女を見ると、閉じたばかりの手帳をぱらぱらと捲り、一月をもう一回確認していた
じいっと見ていた貴女が嬉しそうに、ぱっと顔を上げてデートの日の部分『梅を見に行く!』と書かれたマスを指差した
「満月!」
貴女の手帳は月の満ち欠けが書かれているものだったらしく、彼女は殊更嬉しそうに笑い
「満月の梅だー!」とぱたぱたと足を動かしてから突然「ひと、いっぱいだよね」とどんよりと俯いた
確かに、と思いつつ
「いいじゃないか、梅が見れなくても満月が見れるだろう?」
夜の満月を、たくさんの人と梅の香りで楽しむのもおつなものだ
「そっかあ、そうだよね、うん、目的は達成だ」
貴女は笑い、えへへ、と手帳を閉じた
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