06:昼休憩時間のお喋り

 体育祭仕様の豪華版弁当を作っているときはついついテンションが上がって、拓馬と昼食を食べられたらいいなーなんて妄想していたけれど、現実はそう甘くはなく、拓馬は昼休憩開始のアナウンスが入るなり、緑地くんたちと喋りながらグラウンドを出て行った。


 そこで他人の目を気にすることなく堂々と拓馬を引き留め、「拓馬のためにお弁当作って来たんだ、一緒に食べよう……?」と照れくさそうに頬を染め、上目遣いで誘えるのはヒロインだけだ。


 モブでしかない私が分をわきまえず、ヒロインだけに許された特権を行使した場合、吉住さんたちから反感どころか殺意を買い、拓馬は周りから冷やかされて私を恨み、明日レモンスカッシュを部屋まで届けに行っても「要らねえよ」と冷たく拒否されかねない。


 そんなわけで、私は体育祭も普段と変わらず由香ちゃんとご飯を食べ、グラウンドの正面に掲示されているボードの前に立った。


 ボードには生徒たちが群がっている。

 その中には攻略対象キャラである白石有栖しらいしありす先輩や赤嶺陸あかみねりく先輩の姿もあったけれど、私と入れ替わるように彼らは立ち去った。


 ヒロインは転入して一週間以内に全攻略対象キャラと何らかの接点を持ち、選んだキャラのルートへ突入するというのに、私は入学して数カ月経ってもまともに話せるようになったのは拓馬だけ。


 同じクラスになった緑地くんと話したのは数回、先輩二人に至っては口を利いたこともない。これが悲しいモブの現実だ。


『有栖のお茶会』にも参加したことないな。

『カラフルラバーズ』といえば、攻略対象キャラたち皆で楽しむお茶会が代名詞っていっても過言じゃないのに。


 一抹の寂しさを覚えながら、彼らがいた地点に立ち、ボードを見上げる。

 ボードに書かれているのはこれまでの競技の記録表だ。


 一組は一学年七クラス中二位。


「なんで二位なんだよ……」

 私は心の底から嘆いた。


 午前中の競技の集計結果が発表されてからというもの、好成績であることを知った熱血なクラスメイトが、どうせなら学年総合一位を目指そうと言い始め、クラスの雰囲気が変わってしまった。


 吉住さんは私を見ながら「一位を目指すことに異論はないけれど、このクラスには人災レベルの運動音痴がいるから大丈夫かしらね」と言ったし、「最後のクラス対抗リレーで転んだりしたら承知しないからね」と取り巻きからは脅された。


 なんで私、緑地くんや拓馬みたいな運動神経の良い人たちと同じクラスに配属されちゃったんだろう。


 こんなことになるんだったら四組になりたかったと、現時点で最下位である四組の点数を見て思った。


 私が出場する競技は借り物競争とクラス対抗リレーの二つ。

 借り物競争は「借りやすいお題が引けるかどうか」の運要素が絡むから、たとえ最下位でも文句は言われにくい。


 でもクラス対抗リレーは純粋に足の速さが問われる競技だ。

 もしもバトンが一位で回って来て、私の番で最下位になったりしたら。

 考えるだけで胃が痛くなり、私は青空を見上げた。


 天気が急変して、雨が降ったりしないかなあ……。


「雨が降らないかなーとか思ってる?」

 声が聞こえて、私は青空から右手へと視線を移した。

 拓馬が歩いてきて、私の隣で足を止めた。


「当たり?」

 見透かしたような笑顔に、私は渋々認めた。


「……当たり。クラス対抗リレーまでに降らないかな。逆さ吊りにしたてるてる坊主十体も雨乞いのダンスも、全然効果がない。騙された」

「そんなことしてたのかよ。そんなに体育祭が嫌なの?」

 拓馬は笑っているけれど、私にとっては笑い事では済まされない。


「……拓馬には私の気持ちなんてわからないよ」

 その無神経さが恨めしくて、言い返す声は低くなった。


「一位目指して盛り上がってる空気の中、クラス対抗リレーで転んだりしたらどうなると思う? ただでさえ私には拓馬の顔面にバスケットボールをぶつけた前科があるっていうのに、クラス全員参加の競技で足を引っ張ったら今度こそ終わりだよ」

 一息に言って、私は俯いた。


 わかっている。こんなの完全に八つ当たりだ。

 吉住さんたちから受けたプレッシャーや「一位になろう」というクラスの空気が苦しくて、拓馬に当たり散らしただけ。


 大人だった前世の記憶もあるのに、自分の感情も制御できないとは、全く情けない。みっともない。

 自分が恥ずかしくて、とても顔を上げられない。


「何が終わるんだよ。気負い過ぎだ馬鹿」

 私を大いに苛む憂鬱を、拓馬は一蹴した。


「悠理はただバトンをおれに渡すことだけ考えてればいいんだよ」

 クラス対抗リレーの順番は、私の次が拓馬。

 ちなみに緑地くんはアンカー。


「余計な心配はしなくていい。ただ全力で走れ。距離が開いても追い抜かれても気にするな。全力なのかそうでないかは顔を見ればわかる。手を抜いたならともかく、全力で走ってダメだったなら皆だって納得するさ」

 拓馬の真剣な目が、真剣な口調が、自己嫌悪の嵐を鎮め、心を落ち着かせてくれた。


「だから、悠理はただ全力でおれに向かって走ってこい。バトンさえ繋げれば、後はおれがどうにかする。転ぼうが最下位になろうが挽回してやるから、安心しろ」

 拓馬は口の端を持ち上げた。

 こんな情けない私にも、拓馬は笑ってくれる。

 その優しさに、ふっと肩から力が抜けて、呼吸が楽になった。


「それに、アンカーは幸太だし。あいつなら最下位でもぶっちぎってくれるだろ」

「……調子の良いこと言って、結局は他力本願なの?」

 私が小さく笑うと、拓馬も笑った。


「当然。あいつの馬鹿みたいに高い運動能力は体育祭のためにあるんだよ。運動神経だけが取り柄だって本人も言ってるし、頼られるのは嬉しいはずだ」

「ふふ。凄いよね、緑地くんって。100メートル走はぶっちぎりの一位だったし。いいなあ。あれだけ足が速かったら体育祭も楽しいんだろうね。私、一度でいいからゴールテープ切ってみたいんだよね」

「……無理だろ」

 憐れむ様な目で見られた。

「ですよね……」

 自分が運動音痴なのは重々わかっているから、怒る気持ちにもならない。


「あ、でも、悠理は借り物競争に出るんだよな? 借り物競争ならまだ望みはあるかもしれないぞ。あれってお題が全てじゃん。うちの高校、当たり外れが激しいらしいから」

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