プランナイン・フロム・アウターヘル(上)
「死人ねぇ……黙字録みてぇだな。いや、こっちの宗教に黙字録があるかわかんねえか」
先頭を往くアルバは、軍靴で枯れ木を踏みしだく重たい音を立てながらそう語った。
「そういう生まれのわかる話はやめろよ。仮名まで使ってる意味がない」
眉をひそめたカザンに、「真面目だな」とアルバが肩をすくめる。
「もう仲間なんだから構わないだろ?」
同盟––––
強力な異能を持ったキラーズが無秩序に戦えば、世界を救うどころか崩壊を招きかねない。それを防ぐための制度として、同盟がある。同盟を組んだキラーズどうしが戦場で近くにいれば、お互いの力が少し向上するが、相手を殺害すると罰則を受けるようになる。
道中で、カザンはそう語った。
フランを挟んで前後を歩くふたりのキラーズは、何のわだかまりもなく言葉を交わしている。つい先程まで刃を突きつけ合うような関係だったというのに。
キラーズとはそういうものなのだろうか。
視線に気づいたのか、アルバは振り返り、歯を見せて笑う。フランは俯いて目を逸らした。
血のような赤い眼光には未だに慣れない。
最後尾を歩くカザンが口を開いた。
「仲間ならさっそく教えてくれ。敵に検討がついてるかどうか」
アルバは目の前に飛び出した枝を、サーベルで切り落とし、
「“
「異能は?」
「二つ名の通り、死体を操って手前の軍団にする。公国なんぞ単純な戦力じゃ王都の敵じゃねえが、あれが厄介で……戦争が長引くほど向こうの駒が増えるって寸法だからな」
アルバはサーベルの柄で後ろのふたりを指した。
「で? 今度はそっちの番だ。教えてくれよ、どこに向かってるか」
フランが救いを求めるように後ろを振り返ると、カザンは進行方向を顎で指した。
「もうすぐそこだ」
視線の先には錆びついて粉を噴いた鉄柵が林立している。
「あの、洋館ですか」
困惑するフランを横目に、カザンは頷いた。
「あの柵、腐れて折れるほど古いものもあれば、新しい鍵のついたものもある。それにこの洋館の裏は崖で真下はウッド村の共同墓地だ。身を隠しながら死体を調達するには都合がいい。
アルバ、お前も気づいてたんだろ。それで昨日この辺りを見回っていた、違うか?」
アルバは一寸間を置いて指を鳴らした。
「ビンゴ」
彼が指した鉄柵の数本は、添え木と針金で乱雑に補強され、中央の扉には真新しい鍵がかかっている。
昨日ふたりのキラーズが戦ったとき、壊したものだった。
「運が悪けりゃ昨日全員死人に襲われてたかもな」
アルバが苦笑した。
「入れる場所があるか見てくる」、とカザンは足早に森の中へ消えていった。
足音が遠ざかり、木漏れ日が乱杭歯のような陰を落とす。
「ひとつ聞いてもいいですか」
沈黙に耐え切れず、フランが口を開いた
「何を?」
「王都はウッド村を守る必要がないってわかってたんですよね。なぜ昨日見逃してくれたんですか」
アルバは静かに息をついてから答えた。
「昔いた軍で、俺の部下が敵国の捕虜になったんだ。尋問で俺の不利になることは何も言わずに殺された」
彼は赤い目をわずかに歪めてフランを見た。
「そんときの俺の部下は、お前みたいな顔してたのかと思ったんだよ」
「あったぞ」
木々のざわめきとともにカザンが姿を現した。
「よぉし、じゃあ行くか」
声を張り上げて応えたアルバの顔からはすでに先ほどの表情は消えていた。
***
土と未だに残る夜露の匂いとともに腐臭が強くなる。
フランはえずきそうになるのを必死でこらえ、喉の奥から呻きを漏らした。
カザンはそんな彼女を気にするように視線をやってから、代わって最後尾を歩くアルバに声をかけた。
「銃なんて持ってないよな」
「あるにはあるぜ。試作品だが一丁。使いたいのか?」
「使うな」
色がついて見えそうなほど濃い死臭に目を瞬かせながら、カザンは言った。
「メタンガスだ。庭に掘られた穴に死体が大量に捨ててあった。火薬でも使ったら引火して爆発するぞ」
「言われなくても使いたくはねえな。試し撃ちして七回中五回は暴発だった」
アルバは懐から鉄の筒と木の柄を無理やり繋げたような銃を取り出し、指先にぶら下げて見せた。
「やめろ、危なっかしい」
子どもを叱るようなカザンの声に思わず苦笑を漏らしたフランは、そのまま口を押さえた。
鉄柵と鉄柵の合間から異様に薄い人影が見える。
目を凝らすと薄いのではなく、右半身が削り取られた姿で歩いているのだとわかった。
「アルバ、」
返事の代わりに凄まじい音を立てて、錆びているが堅牢な扉についた南京錠が落ちる。
初めて会ったカザンを切り刻んだように、目にも留まらぬ速さで鍵を壊したのだ。
先ほどの軽口を叩いていた表情は消え失せ、ひと殺しの目だとフランは思う。
カザンが低い声で言う。
「いよいよです。雇用者だからここで待機してほしいが、危なかったら逃げてください。武器は持っていますか」
フランは首を横に振った。
カザンはベルトから鞘に収まったナイフを抜いて、手渡した。
「護身用です。いざというときのために。使わないのが一番ですが……」
フランは少し迷ってからナイフを受け取った。革製の鞘は体温が移って微かに温かかった。
ふたりの男は、扉の前で各々の武器を構えた。
抜き身のサーベルを肩に担ぐようにして、アルバが言う。
「まずはナインをおびき寄せなきゃな。その後大量の死人が来る」
斧を携えたカザンが分厚い鉄の向こうを睨んだまま答えた。
「死人は全部俺が受け持つ。お前は“
「本気かよ、死人が何十体いるかわかんねえぞ」
カザンは表情ひとつ変えない。アルバは歯を見せて笑った。
「死ぬなよ」
「お前がな」
彼らは一瞬視線を交わし、同時に扉を蹴った。
金属の鈍い音が空気を震わせる。
滑るようにふたりのキラーズが敷地に飛び込んだ瞬間、地表が波打った。
乾いた地面がかさぶたのように割れ、裂け目から土と同化したどす黒い手が突き出る。
「
泥がひと型を作るように徐々に形を持ち、死人が次々と現れた。
先ほどから庭を彷徨っていた半身のない死人が顔を向けたのを合図に、光のない眼が一斉にふたりを見る。
肋骨から中の臓器が剥き出しのもの。両足がなく肘で立ち上がるもの。下顎がふたつに割れたもの。
死人たちがふたりを取り囲む。
半分だけの死者がくぐもった雄叫びを上げ、黄色い唾液の垂れる口を開け、襲いかかろうとした瞬間、カザンが袈裟斬りに歪なその身を切り飛ばした。
粘った血が刃をなぞるように糸を引き、死人が足元に崩れ落ちる。
「道は作る! 突破しろ、アルバ!」
カザンの斧が横一文字に振られ、二体の死人が血煙を吹き上げながら倒れる。
次いで死角から飛び出してきた死人の割れた下顎を切り落とした。
目標を失った上の歯が虚しく空振ったのを片手でいなして前に押し出し、正面に迫る死人にぶつけ、二体とも斧の柄で貫いた。
下方から勢いをつけて飛びかかってきた両足のない死人を片足で踏みつけ、死人に突き刺さった柄を引き抜くと、脳天めがけて刃を振り下ろした。
地面と脳漿をまとめて砕く、固さと柔らかさの混じった音が響く。
湿った臭気と、獣の声に似た呻きを感じた。
体勢を変えて振り向くと、すぐ背後に新たな死人が迫っている。
引き抜こうとした斧が、地面に噛みついて離れない。
「くそっ……」
焦りで手の平に汗が滲み、余計に滑る。
諦めてベルトに挟んだ包丁に手をかけた瞬間、
「失礼!」
背中に生者の手の体温を感じ、次に感じた重さに思わずカザンが膝をつくと、眼前の死人が勢いよく吹き飛んだ。
カザンの背を台にして、死人を蹴り飛ばしたアルバが軽やかに着地する。
地面から抜けた斧を構え、ふたりは背中を合わせて立った。
ひときわ巨体の死人が土煙を上げながら、ゆっくりと這い出しつつあった。
泥にまみれた巨躯が完全に立ち上がる前に、カザンは駆け出した。
死人が土と蛆を零して、垂れ下がったまぶたを開く。まだ地中に埋まった膝を踏み抜くと、カザンはそれを軸に跳躍し、喉を一閃した。
自分が目覚めたこともわかっていないように、死人が首をかしげる。
そのまま更に切り口から首がずれ、重力にならってずるりと落ちた。
地面に落ちる前に後ろから現れたアルバがその首を掴み、片手を前にかざして目測を定めると、砲丸のように投げる。
死人の首は放物線を描いて飛び、朽ちかけた屋敷の扉にぶつかって、生々しい音を立てて潰れた。
アルバが吠えるように叫んだ。
「出てこい、ナイン! いるんだろうが!」
死人が動きを止めた。
カザンは頭部をなくして崩折れた死人の身体を蹴って避け、斧を構え直す。
場違いなほど静かな音を立てて、扉が開く。
かつては壮麗な彫刻だったはずの扉の凹凸に張り付いた、死人の血の跡がふたつに割れていく。
その合間から、ひとりの男が姿を現した。
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