ダスク・オブ・ザ・デッド

 村に着いた頃は既に日が暮れ、赤い空に葉の枯れ落ちた木々が毛細血管のような枝を広げていた。


 カザンは無言で辺りを見回し、一点に目を留めた。

 村の規模にしては大きいが、屋根が壊れかけても修理する者もなく、痩せた馬が一頭だけ木桶に顔を突っ込み、水で飢えを癒している厩舎だった。


「随分大きいんだな……旅人がよく寄るんですか」

 カザンは目を細めて呟いた。

「そういうわけではないんですが、前は資材を運ぶためにもう少しいたんです。すみません、もう今は一頭しかいなくて」

「いいですよ、乗れませんから」

 カザンは答えたが、まだ視線は動かなさかった。


「村長のところに案内しますね……」

 フランがそう言うとようやく踵を返し、彼女の後ろを歩き始めた。



 村は静まり返って、家屋には明かりも灯っていない。

みな死人に怯えているのだ。

 ときおり煤けた窓ガラスの奥にひと影が映る家がある。闇の中の瞳はたったひとり戻ったフランと、その後ろを歩く、村の人間ではないどこか病的な黒髪の男に向けられていた。フランは視線から逃れるように足を早めた。



 村長の家は最北にあり、後ろには半ば崖のように切り立った丘がそびえる。それを登りきると村の三分の一を占める広大な墓地が広がっているのだ。


 門の前で柱にもたれるように立っていた使用人は、フランと背後のキラーズを見とめると落ち窪んだ目をわずかに見開き、何も言わずに扉を開けた。



 家の中には土気色の顔をした初老の男と、小太りだが肌の艶を失った中年の女がいた。その騒動で疲れ果てた村長と、十五歳年下の後妻として入った夫人だ。


「戻ったのか」

 村長の掠れた声に、お前だけは、と言われたようでフランは目を合わせられず首肯を返した。

「貴女だけでも帰ってきてよかったわ」

 駆け寄った夫人がフランの肩を摩りながら、

「それで成果は……」

 と、視線を逸らすと、斧を持ったまま佇むカザンの上で焦点を結んだ。夫人の表情が一瞬強張る。


 カザンは斧をベルトに刺し、ずたぼろに破れた上着の裾でそれを隠すと、一歩前に進み出てた。


「彼女からウッド村に雇われたキラーズ、カザン。不死王アンデッド・ロードと呼ばれています」

 キラーズ、と反芻するように村長が呟く。


「異能は、これです」


 そう言うと、彼はポケットから森で突き刺されたサーベルの刃の欠片を取り出し、自分の手を貫いた。

 夫人が引きつった悲鳴をあげる。

 カザンが手から欠片を抜くと、すぐにささくれた肉が渦巻き、完全に傷口を塞いだ。


「異常再生。普通の人間の何十倍も優れた治癒能力です。頭部も含めて欠片も拾えないほどバラバラにされるない限り死にません」


 村長はしばらく呆然と佇んでいたが、やがて口を開いた。

「貴方が、村のために戦ってくれるのですか」

「自分は生還に特化しているだけでさほど強くない。生前の軍役経験もなければ転生した回数もまだ少ない。それでよければ」


「充分です、キラーズがいるだけでありがたい––」

「ひとつ伺いたいんですが、」

 村長の言葉を待たずカザンが切り出した。

「王都に助けは求めないのですか」


「求められないのよ」

 答えた夫人の声には険があった。

「なぜ?」

 取りなすように村長がふたりの間に入って言う。

「つい最近まで王都と、それに叛逆して独立した公国との間に戦争がありました。この村は貧しく人手も足りない。

 我々は王都に連なる村々の中でも優先順位を下げてもらうことで、徴兵にも物資の献上にも応えらぬのを受け入れてもらったのです」

「義務を免れる代わりに恩恵も減る、ということですか」

 村長は力なく頷いた。



 背後で男の叫び声が響いた。

 誰かが口を開くより早く、カザンは窓を開け、窓枠を蹴って飛び出している。


 外では使用人に食らいつこうと、その身体にのしかかっていた。

「伏せろ!」

 カザンの声に必死で抵抗していた使用人が顔を上げた。

「倒れろ!地面に!」

 死人の赤い口から唾液が飛ぶ。使用人は固く目を閉じ、土の上に身体を投げ出した。

 カザンが斧を抜く。

 死人がとどめの一撃に向け、大きく身をそらた瞬間、その首筋めがけて刃を一閃した。


 駆けつけたフランと村長夫妻が見たのは、すでに弧を描いて飛ぶ死人の首だった。

 地面に転がった首は断末魔のように白目を見開き、動きを止めた。

「裏の墓地からか……」

 村長は忌々しげに呟いた。


 使用人が這いずって立ち上がると、乾いた笑いを漏らした。

「王都の奴らの言う通りだ。まさしく死人の村じゃないか。死人を食い物にしてたから今度は俺たちが死人に食われるんだ」

 フランは諌める気持ちで首を振りつつ、村長の屋敷まで襲われるなら最早どこも安全ではないと思った。


 その不安を読み取ったように、斧の血を拭いながらカザンは言った。

「この死人騒動はおそらく異能によるものです。だったら––––、ここからはキラーズの領分だ。明日にでもカタをつけます」



 沈みかけた夕陽が辺りを血の海のように染める。

「死体はどうしますか。場所を教えてもらえれば処理しますが」

 カザンの提案に、夫人が慌てて手を振る。

「とんでもない。あの墓地は入り組んでて他所のひとじゃわかりません。せっかく来てくださったのにそんな危険な場所行かせませんよ。私らで何とかします」

 カザンは肩を竦めた。


 まだ茫然自失の使用人を連れて屋敷に引き返すふたりを見ながら、フランは返り血で腕を濡らしたキラーズの元に駆け寄った。

「……あの、本当にできるんですか。明日にでもって」

「まぁ、勝算がない訳ではないです」

 村長と夫人の後ろ姿を眉間に皺を寄せて眺めながらカザンは言った。


「この村の人口は?」

「三百人程度、だと思います」

「徴兵されてないから先の戦争での戦死者はないか。じゃあ、疫病か大事故か何かでここ数年間村人がたくさん死ぬようなことは?」

「特に……こんなことになるまでは、平和な村でしたから……」


 フランは彼の横顔を見上げた。

 彼の言う勝算とは、村からの義勇兵のことだったのだろうか。ウッド村は小さく、今戦える人間となれば皆無に等しい。

 兵力としては少なすぎると思っているのだろう。


 しかし、カザンは頰に逆光を浴びながら、彼女の想像とは正反対の言葉を呟いた。

 多すぎる、と。

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