USBを一発で挿させない妖怪の憂鬱

松戸創

親父は自販機で10円を釣り銭口に戻す妖怪だ

 経理の朋美ちゃんがUSBメモリを机の上にあるデスクトップPCに挿そうとしている。目はディスプレイの方を向いている。チャンスだ。俺はすかさずUSBメモリが挿さろうとする瞬間に、メモリをずらす。朋美ちゃんは反対に挿したと勘違いして、反対にして挿そうとする。それでも挿さらない、今度はUSBメモリと差込口を確認して、成功した。


 そう、俺はUSBを一発で挿させない妖怪だ。妖怪と言っても、普通のサラリーマンとして働いているし、家族だって居る。親父は自販機で10円を釣り銭口に戻す妖怪だ。オフクロは普通の人間らしい。


 別にUSBを一発で挿せてしまっても、俺は死ぬわけな無いんだけど、ついついさせない姿が見たくなってしまう。これが妖怪の性なのかもしれない。俺としてはもうこの力を使いたくないんだけどね。でもこの職場はUSBで溢れている。でも最近、この力を使う度に、罪悪感を持つようになってしまった。転職を考えるべきだろうか。朋美ちゃんは一日十回以上挿せなくて、イライラしている。


「どうした宇佐倍うさべ、浮かない顔して。今日は一杯行くか?」


 こいつは同僚の柴崎だ。朋美ちゃんの次に俺の力を使われているやつで、朋美ちゃんが気になっているらしい。


「そうだな、行くか」

「お、珍しいじゃないか、こりゃあ今日はUSBが一発で挿さるかもな」

 それだけは難しかもしれない。


 居酒屋にUSBは無い。当たり前の話だ。だから気が楽だ。まぁ酔っ払いだらけじゃあ、俺の力を使わずとも挿せないだろうが。


「カンパーイ」

「どうした宇佐倍うさべ、なにか悩み事か?」

「なんか、俺の生まれた意味って何なんだろうって」

「おっと、ガチの悩みか、どうした?」

「この仕事、俺には向いてないと思っててな、転職を考えてるんだ」

「そうか?お前向いてると思うけどなぁ、部内で一番USB挿すのうまいだろ、お前?」

「いやその基準なんだよ?そんなんで仕事の向き不向き決まらないだろ」

「USBがなぜ、挿しにくいようにできてるか知ってるか?」

「は?なんなんだ急に?」

「あれはな、わざと挿しにくく作ってると俺は思うね」

「そんなことしてどうするんだよ」

「あれが簡単に挿せるような代物なら、話の話題にならないだろ?でも挿しにくいおおかげで、みんなその話題をする。あえてUSBは皆の反感を買う事で、人類の平和に貢献してるんだよ」

「えらいだいそれたことをいうね」

「つまり俺が言いたいのはだな、お前の生まれた意味を考えるのはお前だけじゃないんだぜってことだ」

「俺が考えることじゃない、か。柴崎のくせに、たまにはいいこと言うじゃないか」

「今日の俺は一味違うからな。USBが挿さらないおかげで俺は、朋美ちゃんと仲良くなれたんだ」

「なるほどな、今日はその話をしにきたんだな?」

「そうだなんだが、お前の事のほうが大事だろ?」

「いや、わりとスッキリしたよ。USBの例え、俺の心に綺麗に挿さったぜ」


 親父は言っていた。最近じゃあ自販機もカードや携帯でピッと支払う人が多くって、俺の出番が少なくなってるって。時代の流れだ。俺の力だってもうすぐ使えなくなるだろう、クラウドだ無線だという流れでUSBを使う人は少なくなってきている。それに次世代のUSBは両方から挿せるらしい。こうなっては俺もお払い箱だろう。時代は変わっていく、これからも。変わるスピードはもっと早くなるだろう。俺の力も、もうすぐ無くなる。でも最後の一つになるまで、俺は挿せなくするだろう。それが俺の使命だって、今は思っている。おっと、逆だったか。まったく、このUSBを作ったやつは俺よりよっぽど大妖怪だ。

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USBを一発で挿させない妖怪の憂鬱 松戸創 @mattuntun

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