SCRAP-HUNTER

ナトリカシオ

ep1-スクラップ

金属音を立てながら歩くバケモノの足音が遠ざかるのを待つ、呼吸を整えようとするが、先ほど起こった出来事が脳裏をチラついてそれどころではなくなる。

命というものは俺が思っているより何倍も呆気なく散っていくと知った時には、既に俺の視界に真っ赤な雨が降り注いでいるところだった。

あのバケモノ、様々な機械が寄り集まった見た目のバケモノ、誰がそう呼び始めたのかは知らないが「スクラップ」という名称は本当にピッタリだと思った。

今あの「スクラップ」を動かしている感覚はきっと「空腹」だけだろう。

そして、その「空腹」の矛先が向いている相手は、もちろん──


* * * * *


半世紀も前の話だ。

遥か宇宙から飛来した隕石群により、地球のあちこちの都市が壊滅的な被害を受けた、未曾有の大災害というやつだ。

そんな災害の中、その隕石の中に含まれていたとされる特殊な金属に注目が集まる。

後に「ニューロン」と名付けられたその金属は、一度電気の供給を受けるとヒトの神経細胞のような複雑な電流を流し始め、特定の刺激を受けると特定の電流を返す所謂学習のような反応を返すまさに「生きた金属」だった。

そのニューロンを使用した「neuron-A.I.」と呼ばれる人工知能が話題となり、世界中に猛威を振るった隕石の残骸は瞬く間に回収されてしまった。

人類を壊滅寸前まで追い込んだ隕石は長期的に見ると人類の暮らしを豊かにしたのだった。

と、誰しもがそう思っていた。

ニューロンにはもう一つ隠された特徴があった。

ある程度“学習”が進んだニューロンは、より複雑な回路の構築を求めるようになり、手近な生体回路を取り込んで新たなパターンの回路を生み出すようになったのだった。

neuron-A.I.に組み込まれる金属片としてのみであれば大した脅威ではなかったが、これが動かす機械が問題になった。

簡単に言うと、機械が人間を喰い始めるという事件が起きた。

高度な知能を得た機械がさらに人間を喰い、周囲の機械を取り込み、より凶暴化する。

後に“スクラップ”と呼ばれる機械生命は、各国の主要都市をあっという間に占拠してしまった。

世界の片隅に追いやられた僅かな人類は、旧式の機械のみを扱い新たな暮らしを構築し、今に至るというわけだ。


──旧日本、ダイバ居住区。


「シンジュク? なんで放棄地帯なんかに」

「2組の中村がジャンクを見つけたらしくて、リアクターを売って結構な小遣いを手に入れてたんだよ、だから俺たちも宝探しに行こうぜって話よ」

篠田が興奮気味に言う、neuron.A.Iへの電力供給回路が何らかの不具合で途切れて動けなくなったスクラップ、通称“ジャンク”はレアな部品の宝庫で、売ればそこそこの値段になる。

「嫌だよ面倒臭い、そもそもシンジュクまでどうやって行くつもりだ? こないだもどこぞのジャーナリストが鉄道のスクラップに喰われたって話だったろ」

荷物を纏めながら俺は篠田の話を軽く流した。

「鉄道のスクラップなんてどうせただのデカブツだろ? ほら先月下層の方でバイクのジャンク見つけたじゃん、アレ実はAIだけ抜いて使えるように整備してもらったんだよ、放棄地帯で運転する分には何も問題ないってことも確認済み」

「……本当か?」

「知ってるだろ、法律ってのは居住区内での話だ」

鍵を俺の目の前にぶら下げて篠田がニヤリと笑った。

「運転はもちろんお前だ」


* * * * *


扉が開く、荒廃した外の景色が眼前に広がった。

箱型の居住モジュールを重ねたダイバ居住区から外に出るにはこの扉が一番安全なのだが、その分警備が厳重で夜の警備員が交代するタイミングで出るしかなかった。

「この時間のニューレインボーブリッジはスクラップが大量に集まるって話だから、迂回して行くか」

バイクのエンジンをかけて夜の街を走りだす。

隕石の影響で巨大な穴が空いたスミダの南側、コウトウの北側はクレーターに沿って居住区が構築され、neuron.A.I.の暴走が起こった時にはまだ機材を持ち込んでいなかったため比較的平和な地域だ。

「ストップ、ストップ!」

シンジュクに入った辺りで篠田に背中を叩かれバイクを停める、バイクから降りた篠田が道端に落ちている機械の塊に駆け寄った。

「ジャンクだ、幸先良いぞ」

早速ドライバーを取り出してジャンクの解体を始める篠田、俺もバイクを置いてすぐに駆け寄った。

見てみると、リアクターがまだほんのりオレンジ色に光っている、動かなくなってまだ数日も経っていないようだ。

ジャンクの部品を取っていると、後ろからガシャンと音がした。

「しっかりバイク立てとけよ」

「悪い悪い、ちょっと戻して来……」

振り向くと同時に、言葉を失う。

なぜコレが音も無くここまで近寄って来ていたのか、全く理解が出来なかった。

「……篠田、落ち着いて、ゆっくり立ち上がれ」

逃げる手段は自分の足のみ、何かを察したのか、篠田は言われた通りに立ち上がった。

「……スクラップだ、バイクは喰われた」

キュインと音を立てながらバケモノのカメラが辺りを見回す、まだ見つかってはいないようだ。

『暗視フィルター起動』

無機質な声が響き、動き回っていた眼がこちらを捉えた。

「走れ!」

走り出した瞬間に後方で地面が抉れる音が鳴る、相手はデカブツだ、目の前の狭い路地に入れば追っては来れないはず──

「うわぁ!」

篠田の声が上の方へと飛んで行く、篠田が捕まった、足を止めて振り向くと、口を大きく開けたスクラップが篠田を摘んで掲げていた。

「篠──」

硬いモノが砕ける音と共に、街灯に照らされた夜道に赤い雨が降り注いだ。

さっきまで一緒にバイクに乗っていた友人が呆気なく殺された、目の前で、頭から喰われて。

その事実に足が竦みそうになるが、このままでは俺まで喰われるという恐怖が逃走衝動を駆り立てる。

振り上げられた機械の腕から逃れるように路地に飛び込む、逃げろ、逃げろ──


* * * * *


万策尽きた、目の前に迫ったスクラップが俺の身体を鷲掴みにする。

流石は機械、全身の骨が軋む感覚に、俺は死を悟った。

バキンという音が響く、痛みは無かった。

──いや、俺の骨が砕ける音ではない、そう気付いた時には拘束は解けていた。

「こんなところで何してんだ、少年ガキ

巨大な刀を担いだ青年が目の前に立っている、周りにはスクラップの腕が散らばっていた。

「後は任せて帰って風呂入って全部忘れて寝てな」

刀身がオレンジ色に光り、青年は人間とは思えない跳躍力でスクラップに飛びかかる、あのバケモノと対等に戦っているようだ。

俺はハッとしてその場から這い出すように逃げようとした。

「トドメだ」

青年の声が聞こえ、キュインと音が聞こえる、振り向くと先ほどまでオレンジだった光が今度は真っ赤に染まっていた。

『待て、待ってくれ!』

篠田の声だ、俺は思わず青年の前に飛び出した。

「馬鹿野郎、そいつはレコーダーだ!」

青年が俺を蹴り飛ばし、ゴミ溜めの方へと押しやる、同時に空気を切り裂くような音と肉を貫くような音が響いた。

「クソ、油断した……」

スクラップの腕が、青年の腹を貫通している。

俺のせいだ、俺が殺されないように動いたからだ。

途方も無い後悔と動揺で、足が動かない。

「お前、名前は」

青年が今にも死んでしまいそうな声で問いかけてきた。

スクラップは青年との戦いのダメージからか、一時的に動きを止めている。

「黙ってねえで、答えろ」

「……三島 智です、あの、それより、早く逃げて治療を──」

「馬鹿かお前、間に……合うはずが……ねえだろ」

カランと音を立てて青年の手から小さな棒のようなモノが落ちる、先ほどまであったはずの刀は完全に消えていた。

「ニューロンの……接続が切れた、完全に見放……されたな」

ガゴンと音を立ててスクラップが起動を始める。

「それを拾って戦え、全部片付いたらシブヤに行け」

スクラップが咆哮し、青年を勢い良く壁に叩きつけた。

「何突っ立ってんだ…………あんな…………鉄クズなんかに……お前の未来を……渡すな……」

青年が沈黙する、確認するまでもなく絶命したと察することができた。

スクラップが青年の遺体を持ち上げ、大きく口を開けた。

どうしようもない怒りがこみ上げる、俺は目の前に転がっていたに手を伸ばした。

『接続確認……ユーザー、エントリー無し』

メキメキと音を立てながら小さな機械が変形していく。

『変換完了』

気付いた時には、俺の手には巨大なスパナが握られていた。

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