第57話 『邪竜』ドラゴン・前編
耳をつんざくほどの咆哮が大地に響き渡る。
身の毛がよだつような大声量に思わず少女たちは耳を塞ぎ込むが、上空から見下ろす竜はそんな矮小な者共の反応など気にも留めない。
縦に大きく開いた顎から赤い光が漏れ出し、空気が揺らめきだす。誰もがドラゴンの姿に言葉を失い立ち尽くしていたが、不意にアリソンの叫び声が響いた。
「何をしておる豚共! さっさと離れぬか!」
「ッ!?」
アリソンの言葉にようやくユウたちは我に返り、ようやくドラゴンの行動の意図に気が付く。
あのドラゴンは伝説に伝わるイメージそのものの姿をしている。ドラゴンの定番といえば口から炎を吐き出す
つまり、あの大顎の間から漏れ出している赤い光と蜃気楼の正体は……。
「ま、まさか……ブレス!?」
「総員、離れろ!!」
ユウとアリソンの声、そしてドラゴンの口から炎が吐き出されたのは同時のことであった。
その様はまるで火炎放射。直線状に伸びた炎が地面に到達し、恐ろしい速度で草原を焼き払っていく。
しかしアリソンの声で正気を取り戻したユウたちは素早く動き、真っ直ぐ向かってくるブレスを回避。幸いにもブレスそのものの範囲は狭いのでどうやら全員避けられたようだ。だがその威力は本物で、ブレスが通過した一帯は焦土と化している。
「は、はは……こりゃ確かにヤバいな……」
「減らず口を叩く暇があるならさっさと攻撃せんか豚!」
「豚々うるせえよ! てかお前なんで近くにいんの!?」
背後から掛けてくるアリソンの怒鳴り声に思わずユウはイラッとし振り返って文句を告げる。アリソンもムッと表情をしかめるが、口を開く前に血相を変えユウの背後を指差した。
「おい、第二波が来るぞ!」
「なっ!?」
アリソンの言葉に振り返るとドラゴンの首がこちらに振り向いていた。
再び大口を開け、赤い光と熱気が溢れ出してくる。
「まずっ────」
「させません!」
ユウが急いで逃げようとするも、リリアンの叫び声が耳に入り、直後にラッパの音が響き渡る。
そしてユウとアリソンに目掛けて放たれたブレスにどこからともなく現れた水流が激突し、徐々に炎の勢いを弱めていく。
「サンキュー、リリアン!」
「いや、安心するのはまだ早いぞ。あの『青』ですら押されつつある」
「マジで!?」
見れば確かにリリアンの放った水流が蒸発され徐々に形を失い始めていた。長く持たないのはドラゴンのブレスも同様なようで炎そのものは鎮火しかけている。だがあの水流をドラゴンにぶつけるのは叶わないだろう。
そして振り返れば、水を放出したリリアンは呼吸を荒くし顔を赤く染めていた。どうやら今の水流でかなりの体力を消耗したらしい。
「はぁ……はぁ……最初のブレスで空気が乾燥したせいで、充分な水分を確保できませんね……、申し訳ありません」
「謝らなくてよい。流石に走れる体力は残してあるな」
「ええ。しかし、このまま避け続けても埒が明きません」
「うむ、かと言って奴に攻撃を与えてもあちこちに狙いを変えられて、まともに歩ける場所が無くなるかもしれぬ」
「なぁさっきあたしに攻撃しろって言ってなかった?」
クレームに対しアリソンはユウを家畜を見るような視線で一瞥するのみであった。その様子にユウは堪忍袋の緒が切れそうになるが、何とか堪えて口を開く。
「要はさ、あいつが飛び回って一方的に攻撃される状況をどうにかすればいいんだろ?」
「あら、アイザワ=サン。その言い回しですと、何か考えがあるのかしら?」
「ほう。豚にも考える脳ぐらいはあるということか。妾が許可しよう、話すが良い」
「そういうこと言われるとやる気はなくすんだけどなぁ……。いや、あたしがよくやるゲームでな、こういう空飛ぶモンスターに対して定番のアイテムが存在するんだよ」
「はぁ……ゲームですか?」
「何だその遊戯は。聞いたこともないぞ」
「まぁまぁ、怪訝な顔しないで二人共。それにギリシャ神話でも太陽の光に憧れて墜落する人間の話は有名だろ?」
とユウはドヤ顔で説明するが未だにリリアンとアリソンはピンと来ていない表情だった。そんな二人を他所にユウは片目を瞑りながらアリソンに問う。
「なあ、アリソンさん。お前、光って操れるか?」
※※※※
「はぁっ!」
ヒスイが短く息を吐くと共に、二丁拳銃から風を纏った弾丸がドラゴンの翼に命中する。かすり傷一つすら負わせられなかったが、ドラゴンの首がこちらに振り向ければ充分だ。すぐさまヒスイは背後の『砂』とビクビクちゃん、そして赤い鎧に茶髪の少女、スクルドに声を掛ける。
「引き付けたよ! ブレスに気を付けて!」
「了解!」『わ、わかった!』「え、来るの!?」
スクルドは気合のある返事を、ビクビクちゃんは震える手で返事を書いたボードを掲げ、『砂』は明らかに状況を飲み込めていないような返しをする。
直後、ドラゴンのブレスがこちらに向かって放たれてきた。ヒスイ、スクルド、ビクビクちゃんはすぐに避けていくが、反応が出遅れた『砂』の元に火炎放射が伸びてきた。
「ぎゃあああああああ!? 儂丸焼きにされる!? 美味しくない、儂美味しくないから!!」
「ちょっ、あの子大丈夫!?」
涙目になって全力疾走する『砂』を見ながらスクルドが心配した声を上げる。
ヒスイは「あー」と頬を掻きながら、ビクビクちゃんの方を見て答える。
「この子から聞いたんだけど、『砂』は分身を作ることが出来るみたいなんだよね。だからまあ、大丈夫なんじゃないかな?」
「いや儂本物! 焼かれたら洒落にならない!」
『で、でもタヌキの肉って美味しいって聞くし、腕一本千切ってドラゴンを引き付ければいいんじゃないかな? 分身の魔法で腕生やせると思うし』
「おぬしは本当に何を言っておるんじゃ!? 儂そんなことできん!! というか助けてええええええええ!!」
ホワイトボードに残酷なことを書いたビクビクちゃんを横目に見た『砂』は全力でツッコミを入れ、ヒスイ達は「うわあ……」とその発想に引いていた。
ふとそこで、ヒスイのポケットが震える。スマホを取り出すと着信相手はユウの名前が表示されていた。
「もしもし」
『ヒスイか!? 電話に出れたってことは状況は無事なんだな!?』
「うん、いつドラゴンがこっちにブレスを吐いてくるのか怖いけど」
『ああそうだよな、悪い、手短に伝える! こっちの準備が整った。もうすぐ奴を落とすぞ!』
「うん、了解! そっちも気を付け────」
「あら、彼女が心配なのかしら?」
不意に背後から聞こえた声。
その声にヒスイは思わず硬直し、スマホを落としてしまう。その拍子にユウとの通話が途切れてしまったようだが、気にかける余裕などなかった。
何故ならば。
「貴女が愛される権利を奪ったあの方の言うことを聞くのですか? ねぇ」
そこにいないのは分かっている。これはただの幻聴だ。
だが、背後から抱きついてくる温もりと耳元に囁かれる生々しい声。右頬を撫でられ、視線をわずかに下げれば白く細い指が見える。
気持ち悪いはずなのに、どこか愛おしいと思ってしまう感覚。
「ふふ。私に愛して欲しいと懇願したあの記憶。忘れるわけ無いでしょう?」
「は────」
不意にヒスイの脳内に、彼女と邂逅した時の記憶が蘇る。
それと同時に背後の気配も消え、解放されたヒスイはへなへなと膝から崩れ落ちた。
「は、はは……」
ヒスイは乾いた笑みを浮かべながら、全身を恐怖に震わせる。
※※※※
『あたしたちの作戦はこうだ』
『まず、アリソンさんに魔力が一番集まるポイントを見つけてもらう』
アリソンは空を見上げながら走っていた。
今日の天気は曇り。本領を発揮するには些か条件が悪い天候ではあるが、何も今日は分厚い雲に覆われているわけではない。少しでも雲の裂け目から光量を確保できれば、アリソンに取ってはそれで充分だ。
「ふむ、ここで良いな」
そしてアリソンは最も光を浴びれるであろう地点を見つけ、不本意ながらもユウにメッセージを送った。
『そしたらグレイさんと合流するぞ。グレイさんなら光属性の魔法を使える上に武器も銃で条件が最高だからな』
「それならば私に任せて下さい。三十秒程で見つけましょう」
とリリアンが自信たっぷり気に告げる。
「いや流石にそれは盛ってるだろ」
「いえ、出来ますとも。私、グレイを愛しておりますので」
そう言ったリリアンの目は本気で、思わずユウもたじろいでしまった。
そしてリリアンが駆け出してから二十秒後。
「見つけましたわ」
「な、何!? 何が起きたんですか!?」
「早いな!?」
グレイを抱えたリリアンが涼しげな顔で戻ってきた。
『で、その間ヒスイ達がドラゴンを引き付けているから。グレイさんはアリソンさんのところに行って魔力を受け取ってきて』
グレイがアリソンの元に辿り着くと彼女は胸元に組んでいた腕を離し、グレイに手を伸ばしてきた。
「えっと、手を繋げばいいのですか?」
「たわけ、阿呆が。貴様の銃を妾に貸せば良い」
「うっ」
(すっごく苦手だこの人!)
グレイは顔を引き攣らせながらアリソンに銃を手渡す。アリソンの手元が十秒程光るとグレイに銃を差し出してきた。
「えっ、もう終わったんですか?」
「当たり前だろう、妾を誰だと心得ておる。それより早く次の準備をせぬか、阿呆が!」
「ひっ」
(やっぱりこの人やだ!)
『で、準備ができたらグレイさんが片方の銃を撃ってドラゴンの狙いをこっちに変えて』
「ふぅー」
緊張をほぐすようにグレイが深呼吸をし、左手で銃を構えドラゴンに向かって発砲する。これが、ただの拳銃であったならば残念ながら弾丸は硬い鱗に弾かれただろう。しかし、これは魔力が籠もった弾丸だ。ドラゴンの首が振り向かれ、黄金の双眸がグレイの姿を捉える。
『そして、あたしが合図したらもう一つの銃を撃て!』
「ユウさんは────!?」
ちら、とグレイは視線を横に向ける。
その先では恐らくヒスイと通話しているであろう、ユウの姿があった。隣にはリリアンも立っている。
だがユウの様子がおかしい。瞳を見開き、スマホに向かって何やら叫んでいる。通話が途切れてしまったのだろうか。しかし、今ここで動揺されるとまずい。
「っ、ドラゴンが動き出した……!」
ドラゴンの口が開き、赤い光が見えだす。グレイを焼き払うまであと数秒も持たないだろう。
(ユウさん、早く……!)
焦る気持ちでグレイはユウを見つめる。
リリアンに揺さぶられたユウもはっと我に返り、ようやくグレイと視線があった。すかさず彼女は目を袖で覆う。それがユウの『合図』だ。
(間に合った!)
グレイも同様に袖で目を覆い、右手の銃を上空に掲げる。そして一切の迷いなく、その引き金を引いた。
(お願い、落ちて!)
直後、上空で花火が上がったかのような爆音が鳴り響く。
同時にズン、と強い地響きが周囲を襲った。恐る恐るグレイは瞳を開ける。
そこには、羽も開かず地上でもがくドラゴンの姿があった。
『────
「よしっ!」
同じように目を開けたユウもガッツポーズを取る。しかし、この作戦の本当の肝はドラゴンを地上に落とすことではない。
これはあくまでも相手を土俵に上げるための手段。ここから、本命を投入するのだ。
(ヒスイのことが心配だけど、このチャンスを無駄にするわけにはいかない!)
そして、ユウは背後の人物に向かって叫んだ。
「じゃあ、お願いします! 雪葉さん!」
※※※※
「私ね。今ものすごい機嫌が悪いの」
ザク、と雑草を踏みながら雪葉は呟く。
踏まれた草は瞬時に凍りついていた。そうして歩いていく内に雪葉の背後には氷の道が出来ていた。
「折角センカと一緒に仕事ができるいうのに、邪魔が入ってしもて。そのせいでセンカも大怪我をして」
雪葉の口から吐き出される息は白い。
それもそのはず、周囲の空気はどんどん凍りついていき、次第には雪まで降り始めていた。
「ホンマやったら隣にセンカが立っていたはずやのに、その機会を奪われたんよ」
ジャキィン!と氷が割れるような音が響き渡る。
いつの間にか雪葉の右手には白い剣が握られていた。
絶対零度にも迫るほどの極低温で生成された氷剣。ビュンと風切り音を鳴らしながらそれをドラゴンに向けて突き付ける。
「せやから、八つ当たりさせてもらうわ」
酷く、氷よりも冷たい瞳で。
雪葉は無慈悲に告げた。
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