∽2∽ 地下鉄での出会い~彼女の衝撃~
落ち着いて。落ち着くのよ。
よくよく考えてみたら、こんな美味しいキャラクターなんてなかなかいないんじゃない?
ええと、細身のスーツ姿の男性、ね。
ボタンダウンタイプのシャツは真っ白。ううん、もしかしたら薄い色のストライプくらいはあるかもだけど。ネクタイは……ネイビーとグレーの斜めストライプ。見れば見るほど首から下は真面目なサラリーマン。
だけど。
と、恐る恐るその顔を見れば。
……はい、絶対ヤンキーとかそういう感じの人。
いや、ヤンキーって言うとちょっと違うかも。
ヤンキーってこう言っちゃなんだけど、ちょっとやんちゃな感じっていうか。
でもこの人は何かそういうやんちゃな印象は受けない。ただ、何かこうスマートに、さらっと……人を殺す、みたいな。
いや、駄目でしょ! 殺すのは!!
そうじゃなくて。そうじゃなくて!
もう私の妄想はどうしてこう過激な方過激な方にいっちゃうかなぁ!
うん、まぁそんな感じだとしても。見た目はそんな感じだとしてもね?
だけど、中身は。
ちょっと気が弱くて、優しくて、その見た目ですっごく損してる、って感じ。
うんうん、良いんじゃない? このキャラは使える、と思う、うん。
また、ちらり、と彼を見た。
彼は文庫本を読んでいた。表紙をひっくり返しているから、なんていう本なのかはわからないけど。ふむふむ、知的キャラなわけね。惜しいな、これで眼鏡もかけていれば尚良かったのに。
そうだよ、眼鏡。眼鏡かけたらあの鋭い目付きも少しは緩和されるんじゃないのかな。
かければ良いのになぁ、眼鏡。太めのフレームのやつね。色は黒とかでも良いけど、焦げ茶色とか、ネイビーとか、それくらいの方が良いかも。
ああ、メモしたい。
いま頭の中に浮かんでいる映像を描きとめたい!
でも、ペン……。
と、もう一度彼を見る。白くて長い指だ。その大きな手で文庫本を包むようにして持っている。背中を少し丸めているけど、背はどうなんだろう。高いんだろうか、低いんだろうか。だけど、足も長そうだし、きっと高いんだろうな。
はぁ、描きたい。
ああ、だけど、勝手にモデルにしたら怒られちゃうんだろうか。
いや、別に、このまま描くわけじゃないし! そう! 眼鏡よ! 眼鏡もかけさせるし、髪型も変えるし!
なら良いよね?
だったら良いでしょ、目の怖いお兄さん!!
――と。
「……あれは」
私の目はある一点に釘付けになった。
その目付きのとにかく凶悪な彼の、そこだけは真面目でお堅いサラリーマンに見えるカチッとしたスーツの、その、胸ポケットに、だ。
見間違うはずなんてない。
あれは。
「――
「――!?」
私のその声に、向かいの男性がびくっ、と身体を震わせた。
「ふ、ふれ……? ああ、これ、ですよね」
と、胸ポケットに刺さったペンに触れる。
FRELLというのは、私のお気に入りのボールペンで、文具メーカー『あけぼの文具堂』の商品だ。
どこにでもあるようなノック式のゲルインクボールペンなのだが、そのウリは、さらさらと滑らかな書き心地と、そして、何といってもインクの速乾性にある。もともとは
だから、瞬乾を愛用していたおじ様おば様世代は、
「これはちょっと持つのが恥ずかしいかな」
なんて言って、別の商品に変えた人もいるらしい。そのために、というのか、FRELLにはボディに高級感のある素材を使ったラインもある。プラスチックのものは150円もしない安物だが、そっちの上位ラインの方は、800~1,000円くらいだったかな。いくら替え芯タイプだといっても、ボールペンに1000円はねぇ。
「あの、このペンが何か」
と、彼は読んでいた文庫本を膝の上に乗せると胸ポケットからFRELLを抜いて、くるりと向きを変え、私の方へ差し出してきた。もちろん上位ラインのものではない、最もスタンダードなやつだ。そして――、
いま私が喉から手が出るほど欲しいもの。
「あ、あの! た、たたっ、大変不躾なお願いではござっ、ございますがっ!」
「え? あ、はい」
「こ、このボールペン! わた、私にっ、売ってくださいませんでしょうかっ!」
「……はい?」
「でっ、ですから! この! ボールペンを! わ、私に売ってください! あの、お金は、ば、倍払いますから!」
「……いえ、あの」
仮に150円だとしても300円だ。それくらい、痛くも痒くも――、と思いながら財布を見る、と。
げげ。
小銭が23円しかない。
それとお札が……樋口一葉さん(5000円札)……。
こういうのってお釣り下さいって言いにくくない?
だけど、150円のボールペンにまさか、
「釣りはいらねぇぜ!」
なんて言えるわけがない。だってその一葉さんは今週の食費だ。帰りにスーパーに寄って一週間分の食料を買い込むつもりだったから。
ど、どうしよう。
と財布を見つめておろおろしていると、その目付きの悪いお兄さんが、恐る恐るといった体で「あの」と言った。
顔を上げると、飛び込んできたのは、さっきよりも近くにある、そのおっかない顔。
「ひぃぃぃ!!」
「え? あ、あぁ、すみません。失礼しました」
どう考えても失礼なのはこちらなのに、彼は、やはり自覚があるのだろう、その目元を懸命に左手で隠しながら、ぺこぺこを頭を下げた。
ちょ、何?
ちょっと面白いかも、この人!
隠す? 普通目元隠しながらしゃべる?
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