姉は副業・陰陽師!

ぜろ

姉は副業・陰陽師!

「おー猫小石ねここいし! ってお前また苗字変わった?」

「ねーちゃんが一文字使っちまったって」

「昨日まで猫心石ねこころいしだったのにな……その内お前苗字無くなるんじゃねえ?」

「そーなったら化猫さんに化けてもらう」

「化猫さん?」

化野化猫あだしの・ばけねこさん。ねーちゃんの式神。俺より年上だからさん付けで呼んでる」

「……お前のねーちゃん」

「十七歳」

「三歳の頃から式神持ってたのか、凄えな」

「そっちの才能は天才的だからな」

「お前絞り粕だよなー」

「んなことねーよ霊が見える。だから出不精なんだ。チャリもうかうか乗ってらんねー」

「あ、そー言う。じゃあ次のコンパでは曰く付きでない場所にしような」

「って言うか行かねーし」

「顔だけ貸せって」

「やだって」

「せっかく可愛い顔してんのによー」

「だから嫌なんだよ……」



石徹白一十三いとしろ・ひとみ、それがここの妖の真名ですって」

 言う化猫にふうんとあたしは頷く。

「石徹白って言ったら三大霊山のうちの一、白山を思い出すけれど……何がどうなってそんな真名になっちゃったのかしらねぇ」

「さあ、昔こいつを封じた陰陽師がいましめとして付けたって噂はありましたよ。そんで月日は流れて今はこの一帯の道祖神を隠れ家にしてるんだって」

 猫小石すずめ、私は戦う女子高生である。来年には受験も控えてる、本当に戦う女子高生である。だけど副業なくして進学できるほど家が裕福って訳でもないので、この仕事は外せない。丑三つ刻になる前に課題と復習、予習を済ませ、玄関の戸締りをして家を出る。そして付近で情報を探っていた式神の普段は黒猫の姿をしている化け猫――化野化猫にその仔細を問うのだ。さてはて本日は鬼が出るか蛇が出るか。ふうっと溜息をついて寝不足の頭をぶんぶん振り回すと、おかっぱにした髪が揺れた。刈上げの裾がちょっと寒い、冬休み明けだ。定着度テストの結果は手応えまずまずって所だったから、ちょっとぐらいこっちにかまけていても構わないだろう。

 す、と右手の人差し指と中指を立てて印を組むと、途端に場の空気が変わる。これは私の所為じゃない、警戒している『何か』の方の所為だろう。見れば周囲からちまちましたものが集まってくるのが解る。気配を分散していたものが、集合しようとしているのだ。小さなものばかり相手にしていても始まらないから、私はそれがある程度の大きさに育つまで待つ。化猫はそんな私の前に出て、研いでいない爪をびきびきと音を立てながら伸ばしていた。黒いワンピースに黒い猫耳、仕事の時の化猫はそんな姿に化けている。

 私はと言えば終わったら速攻眠れるようにパジャマ姿だ。冬のパジャマはちょっと分厚いけど、夜風に耐えられる程頑丈でもない。早く終わらせたいなーなんて思いながら、私はそろそろひと塊の妖になってきた石徹白某を眺める。それは、着物に金輪を頭に付けた女性だった。名前の通り、ひとみはギラギラしながら私達を睨んでいる。

「――何者だ」

「陰陽師。最近この辺りの道祖神近くで交通事故が多発しているから、まあ原因調査と解明を町内会に頼まれた呪術師って所かしら」

「要は邪魔者か」

「アナタから見たらそうかもしれないわね。痛みや悲鳴集めて何をしたいのかしら。石徹白、一十三」

「いちとさんで死を齎す」

「ふむ、名前の言霊を知ってしまった系か。その四は本来アナタを封じるためにあった字だよ」

「知るものか」

「甦っちゃったんじゃ、そうよねえ」

 ふっと息を吐いて。

 私は空中に六芒星を描き、彼女に向けた。


 六芒星、ドーマン、籠目紋。これって言うのは伏せるための籠目だ。囚われた霊はそこから動けなくなるし、呼び戻していた魂魄達も籠目の中には入れない。教えられたのは二歳の頃で、それ以来私は仕事の度にまずこれで相手の動きを封じる事にしていた。案の定動けなくなったらしい彼女はわずかに身を捩る様子を見せて――

 それから魂魄の欠片を雨のように私達に降らせて来た。

「っと」

 これは当たると霊的に痛いな、と思った私は今度は化猫を抱き寄せて五円玉三つを糸で繋げた紐を高く放り投げる。本当は銅銭とかが良いらしいけれどそんな古銭持ってないし、だったら人から人へ渡り歩いて来たなるべく古い五円玉を使う方がリーズナブルなのだ。印を組んで結界にすると、糸がぴんと張って私達の上に傘を作る。三文結界って言うらしい。らしいと言うのは私が実践型で一々術の名前を覚えない所為だ。効果があればそれで良い。問題はない。化猫はにゃっと言いながら一瞬猫に戻るように身体を縮めたけれど、その方が結界からでなくて便利だった。魂魄の雨も無限じゃない、結界に触れて次々と消滅していけば、彼女の方も自分が消耗するだけなのを理解して止める。

「で、なんだって現代に甦っちゃったのかな、アナタは」

 問いかけると頭の金輪をぎりぎり引っ掻きながら彼女は呻くように言う。

「守り石を壊された。子供達が遊びで私を掘り起こした」

「町内会で回覧板まわしとくわ。それで?」

「訳の分からない場所になっていた。きっと京が落ちたんだ。思ったら身体が動いて、それから喉が渇いた。だから」

「血が欲しかったわけか」

 ふうっとまた息を吐くと、化猫が飛び出して行って彼女に爪を立てようとする。

「お止め化猫」

 私は化猫にそう言って、強襲をやめさせた。寸での所で止まる爪に、一瞬慄いていた彼女が驚いて口を開ける。私の専門は結界作りでも印作りでもない言霊だから、鬼の形相で静止している化猫は怖いだろう。私だってその顔を見ようとは思わない。式神、と言うよりは式鬼に近い化猫の耳は角のようにとがっていた。ぎぎ、っと操り糸から逃れるように私の方へと後ずさりして来る化猫をよしよしと撫でるのは、逆毛だって興奮した猫を宥めるのと同じ要領だった。なぅー、と人の形をした喉から可愛く声を漏らし私を上目遣いに見てくる化猫は、正直に言って可愛い。三つ年下の弟よりとは言わないけれど。弟は可愛いのだ。私みたいな天才的な、悪く言えば化け物じみた呪力を持って生まれてしまった者にだって。

「取引をしよう、石徹白一十三」

「ぎッ」

 名前に締め付けられて六芒星が断然に輝く。私はもう一つ籠目紋を作って、それを強化した。これでもう彼女は逃げられない。もともと対話が私の主義だったから、暴れてもらっては困るのだ。時間かかるし。眠いし。

「私の名前から一文字あげて、アナタを一十四いとしとする。この辺りは田畑が多い。そんな農民達の助けになってくれる、イトシいイトシい神様になる。どう? 徒に血を求めるよりも、信仰の方が集めやすいわよ」

「お前――何を考えている。私はもう十三人も呪い殺したんだぞ。それが今更神になど」

「なれるわよ。西洋の神なんて人類根絶してるのにいまだに信仰されてるのよ。ようは過去ではなく未来を向けってこと――悪い取引じゃないと思うわよ。って言うかもうあげちゃったし」

「え」

石徹白一十四いとしろ・いとし。それがアナタの名前。イトシいイトシい神様に、あなたはもうなってしまっているの」

「あ――」

 彼女の頭を締め付けていた金輪が、カランと落ちる。

 私は印を解いて彼女を自由にした。

 そこから邪気が抜けて、彼女の後背に集まり、後光になる。

「私は、神様?」

「そう、アナタは神様。悪くないでしょう?」

「ええ――」

 ふっと笑って彼女は消える。


『悪くない、気分だわ』


 言葉を残して彼女はまた魂魄を道祖神に戻していく。ただし今度は邪気をはらんでいない。三文結界が落ちるとそれを受け止めた化猫が私にそれを渡してくる。

「……化猫の首輪にしちゃおうか、この五円玉」

「なっ何ゆえに!? そんなことしなくても私逃げませんよ、大体貴女から離れたら生きて行けないですし」

「いや一々持ち歩くのが面倒くさくて……さて、帰ろうか、化猫」

「はぁい」

「今日のお前の最後の仕事は私の湯たんぽとして安眠を守ることよ」

「今日は始まったばかりですけど」

「そう連日仕事も来ないでしょ、ふあーぁ……また名前使っちゃったから弟に呆れられるのは覚悟しなきゃねぇ」

「弟君もそこまで幼稚じゃないですよ、もう中学生なんですからいい加減子ども扱いしては可哀想です、雀様」

「それもそうね。しかし空の鼠と言われる雀が猫抱えてるのも矛盾だわ。それこそ『死』が介在しないはずないって言うのにね」

「私の名付け親は雀様ですよー」

「いざという時は苗字に化けてもらうわ。そのために『化』の字を二つ入れたんだから。佐藤とか鈴木とか無難な名前に化けてね、化猫」

「にゃーっそれじゃ私の名前はどこに行くんですかあ!?」

「野猫で良いじゃない。奔放な野生を感じるわ」

「野生ですか……可愛い飼い猫のつもりなんですけれどねえ」



「おーす猫八石ねこやいし……あれ、またお前苗字変わった?」

「ねーちゃんが仕事で一本使ったって事後報告を今朝」

「順調に減ってるな。いつか苗字無くなるんじゃねえ? 昔の漫画みたいに」

「その時は化猫さんに字を返してもらうってさ。……ところでこの前お前チャリ乘ってて古い塚壊しちまったって言ってたよな」

「え? ああ、えっもしかして原因俺!?」

「多分。今度はちゃんと社立てて金輪をご神体にするとか言ってたから、その費用お前んち持ちな」

「まじかよ……お年玉何年分だよ……」

「終わる頃にはお年玉の貰えない年になると覚悟しておけ」

「まじかよー猫八石助けてよー」

「助けない。因果は報いるためにあるもの。ねーちゃんの教えだ」

「このシスコン! うわああああん!」

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