第61話「洪水の先駆け」
ちかちか、と二三時五十五分を知らせる警告灯が瞬いた。
ガタガタと騒がしく装具と機体が揺れ動き、固定具がしっかりと機能しているのか不安になる。
ただでさえ狭いドライバーシートにしっかりと縛られた状態でそう感じても、出来ることはなにもない。
地球暦二五七年、一二月三一日、年を終え新たな年を祝う時に、‶僕ら〟は機上の人となり、これから戦争をするべき立場にあった。
三年前に帝国に侵攻され占領地とされているパーシュミリア連邦の解放作戦、対帝国反攻作戦の第一段階である
その一番槍の役目を与えられたのが、僕ら
複数の民間機に艤装した輸送機に乗り込み、僕らはマリアネス連合のサンベルナール共和国領空から、パーシュミリア領へと向かっている。
作戦開始五分前ということは、各機が作戦開始に備えて突入コースに入り、国境沿いにある川幅一キロを超える箇所もあるドネル川を越えたあたりだろうか。
ここまで来てしまっては、もう戻ることはできない。今更戻ろうなんて、考えもしないけれども。
『チャフ雲とドローンによる欺瞞は上手くいっているようだな。各機ドライバーにD液を投与。降下前最終点検。無線封鎖を開始』
『S-175、無線封鎖を了解。ドライバーへのD液投与。降下前最終点検』
輸送機のパイロットの声と、心地よい低温の声の後に、ちくりと首筋に少し痛みがあった。
僕らは敵陣の中でかなりの時間戦わなければならないため、強い覚醒作用を持つ薬を打つ必要があるのだ。
そして僕の視界に降下前最終点検の文字列が、生まれては消えていく。
連装対戦車ミサイルポッドが二つ。予備は二発、誘導方式はありがたいことに打ちっぱなし方式だ。
機体の連続稼働時間は改良型の大型バッテリーで、連続三十六時間。
深く息を吸い、女の子の小さな肺からそれを吐き出す。
僕はソニアK-51。愛するのは相棒の補助AIたるS-175。
そして僕の目的、目標はただの一つのみ、―――くそったれの帝国への復讐だけだ。
「OSの馴染み具合はどう?」
『問題ない。電装系やハードも丸ごと変えてある。この機体は生まれ変わった』
「シミュレータでしか入れなかったから、ちょっと不安かな」
『大丈夫だ。私がいる。私は君を完璧に補佐する。約束する』
「ふふ……、ありがと、S-175」
『礼は不要だ。私は私の感情(プログラム)に従っている』
「ああ、僕もだよ」
ほんのりと胸の奥が暖かくなるのを感じながら、僕は機体が降下体制に入ったのを感じていた。
警告灯が真っ赤に機内貨物室の内部を映し出し、そこに格納されている数機のSIM-9を映し出す。
メアリー・ラッセルズ少尉の
最後に、僕が乗り込んでいる‶SIMX-7RISE〟だ。
ニルドリッヒが開発した試作白兵戦用シミュラクラ。対シミュラクラ用シミュラクラがコンセプトの生まれついての狩人。
レアメタルをフレームの構造材に使用しており、その強度と柔軟性は抜群らしく、機体との適合性が高い僕が乗り込むことになった。
電装系やCPU関連の機材においては旧式化が著しい状態であったので、フランシス・シュバルツ少将が全面改修をしてくれたのだ。
型番から分かる通りこのSIMX-7はニルドリッヒ共和国の現行シミュラクラであるSIM-9の先祖にあたり、その高コストから少数生産されたに留まるいわくつきの機体だ。
それが現存していたのは、単にニルドリッヒが連合に取り入るために十数機の機体と設計情報を売り渡したためであり、僕が乗っているのはサンベルナール共和国で保管されていたものだ。
十年前の亡霊、死なずのシミュラクラ、サンベルナールの整備兵たちは‶
でも、シュヴァルツ少将はその名称の縁起が悪い、とか言って、正式名称を‶SIMX-7RISE〟と名付けたのだ。
そしていつも通り、僕はその機体に貴族から分捕った剣を背負わせ、肩に例の‶悔い改めよ!〟というマーキングをして、ちょっとばかり頭部のレイアウトに注文をつけたのだけれども。
『有線にて通達。これよりマトカ3は
『こちらロードマスター、了解。各機のメインバッテリー起動、電源ケーブル切断。LAPES投下前、最終準備確認』
『確認作業開始。一番機グリーン、二番機グリーン、三番機グリーン、四番機グリーン。全機、投下前最終準備ヨシ』
『確認ヨシ。こちらロードマスター、投下準備完了』
『マトカ3了解。お客様におかれましてはかなり揺れますが、文句を言うなら貨物扱いの身の上に言ってくれるようお願い申し上げます』
『笑えねえ冗談だ。こちとらな、テメエらの腹の中で固定されたまま死ぬかもしれねえんだぜ?』
冗談めいた機長の言葉に反応するのは、いつものようにメアリーだった。
実際、輸送機の貨物として搭載されている僕らは、機体が撃墜されれば火の玉の中で地面にキスするまでこの狭いドライバーシートに座りながら罵詈雑言を吐き散らすことしかできない。
最大限努力して輸送機の操作をオーバーライドしてハッチを開き、機体を無理やり投下したとしても、着地の衝撃を上手く逃がせる態勢で飛び出せる可能性は万に一つだ。
僕は苦笑しながら機長がなんと言い返すのか、それとも辟易してだんまりするのかを楽しむことにした。
サンベルナールの首都、ルテティアでの生活で僕はメアリーやタスクフォース1789の面々との付き合い方を、僕なりに学んだのだ。
そんな邪念ばかりの僕の気配にか、はたまたメアリーに一発喰らわせてやると思い立ったのか、機長は鼻で笑いながら言った。
『ラッセルズ少尉。それこそ笑えない冗談だ。俺たちは指定された場所に指定された貨物を届けるのが仕事だぞ。どんなクソみたいな場所にでも、命令されれば必ず届けるのが
『言うじゃねえか。最後までよろしく頼むぜマトカ3』
『そっちこそ大いに暴れ回って、腹を空かせて待ってるんだな。今度は一級のレストランを運んできてやる』
『レストランじゃなくカフェを頼むぜ。ルテティアのサンジェルマン通りに良い店がある』
『そんな贅沢な趣味はないんでね。差っ引いてファストフード店で我慢するといい』
『ランクが下がってんじゃねえか、ちくしょうめ』
『ざまあみろ!―――降下シークエンス開始!!』
『うおっぷ』
がくん、とまるでジェットコースターの急降下が始まったような感覚があった。
まったく完璧な閉鎖空間で、自分の身体が今、高度何メートルにあるのかさえ分からないと人間は不安になるものだが、不思議と今の僕は神経が昂っていた。
ビーッビーッビーッ、とけたたましい警報が鳴り響くと同時に、騒々しい駆動音を響かせながら輸送機の後部ハッチが開け放たれるのが分かった。
僕の視界の中にあるのは、酸素マスクとヘルメット姿のロードマスター、赤く灯っていた警告灯が、見飽きた赤ではなく青に灯る瞬間。
『こちらロードマスター、最終安全装置解除。
ここまで僕らの御守をしてくれたロードマスターが、安全装置を解除し、開け放たれたハッチを三度指さした。
それはまるで戦闘機の映画で、空母の甲板で戦闘機をカタパルトから打ち出すシューターのようで、万国共通、そして今では人類圏の宇宙共通のジェスチャーだ。
行け行け行け、それに対して僕らがなにかを言い返すよりも早く、僕らの機体が納められたパレットが輸送機の機外へと滑り出していた。
超低空飛行をこなす輸送機のハッチから、パラシュートが飛び出したと思った次の瞬間、体育座り状態でパレットに乗せられ固縛された状態のシミュラクラが滑り出す。
一機、二機、三機、四機と、がんじがらめの鉄の巨人を乗せたパレットは大地を削りながらパラシュートで減速し、やがて停止する。
停止したと同時にセンサーと連動した爆砕ボルトが点火、パパパパンッという小気味いい音と共に固縛は解除され、僕らは次々と立ち上がった。
『アルファ・ワンよりタスクフォース1789、アルファ隊点呼しろ』
『アルファ・ツー、
『アルファ・スリー、万事オッケイですよー』
「アルファ・フォー、オールグリーン」
レーザー通信による点呼の後、僕らは互いに互いの機体の状態を確認する。
どうやらLAPES投下による機体の損傷はないようで、この後の戦いに困ることはなさそうだ。
これから僕らは別便で投下されたマルコム・フレミング大尉とバルブレッジ・フィッシャー曹長、そしてアゲラン大隊と順次合流しながら、敵地を暴れ回っていくのだ。
「やろうか、S-175」
『了解した、ソニア』
そうして僕らは、洪水の先駆けとなるのだ。
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