空から来たアイツ!

夏川 俊

第1話、ある日、突然に

 うららかな、春の日曜日。

 僕は、教会前にある公園のベンチに座り、薄青い空を見上げていた。

「 ・・ヘックション! 」

 青空を見上げていると、くしゃみが出るのは、僕だけだろうか?

 ただ単に、花粉症である事を認めたくないだけかもしれないが・・・


 葉桜になった桜の木の枝から、残り少なくなったピンクの花びらが、舞い落ちて来る。

 儚く散り往く桜花を眺めながら、僕は、蒼い空に向かって呟いた。

「 今年は、ついに俺も・・ 大学4回生かあ~・・・ 」

 友人には、早々と、内定を貰っている者もいるが、今の所、僕は就活をする予定は無い。この御時世、ホントはもっと必死にならなければいけないのだろうが・・ まあ、何とかなるだろう。

 基本的に、のんびり屋の、僕。 今日・明日に影響が無ければ、さほど慌てる事はしない。

 日の日差しを浴び、ポカポカして来た僕は、大きなあくびををした。


 教会からは、聖歌隊の歌声が聴こえる。 相変わらず、ヘタクソだ( 神様、ごめんなさい )。

 続いて、神父様の、それはそれは有難いお話し・・・ アレは、まるで催眠術であるかのように、もれなく睡魔が襲って来る。 僕には、とても耐え切れない。 一種の拷問だ。


 今、教会の中には、僕の彼女『 桜 香住 』がいる。

 彼女は、クリスチャン。 毎週日曜は、必ず教会へ行く。

 以前、何度か香住に連れられ、『 お祈り 』をした事があるが、仕送りを増やしてくれ、と頼んだのに、一向に増えない。 それどころか、親は何かと理由をつけ、逆に削減傾向にあるようだ。 実入りの良いバイトに巡り逢わせて欲しい、とも祈ったのに、それも無い・・・

 僕は無神論者ではないが、やはり何もメリットの無い行動には当然、興味が湧かない。

 かくして僕は、こうしてベンチに座り、空を眺めているワケである。


「 ・・それにしても、良い天気だな・・・ 」

 穏やかな陽気に、僕は、本格的に眠くなって来た。 うつらうつらと、気持ちが良い。 日の当たる窓側の講義室でも、ここまでは気持ち良くは無いだろう。 僕は、幸せな心地になっていった。


『 ベシッ・・! 』


 突然、僕の頬に、軟球ボールがメリ込む。

「 ドコ投げてんだよォ~、もォう~! 」

 ブルーのキャップを被った小学生くらいの子供が、駆け寄って来た。

「 ワタル、いくぞォ~! 」


 ・・・おい。 罪の無いヒトの顔に、軟球をメリ込ませておいて、何にも挨拶ナシか・・・?


 僕は言った。

「 こら! 人にモノをぶつけておいて、何も挨拶無しか? 公園は、散歩したり、お話ししたりする所だぞ? おじいさんたちも歩いているし、アッチのグラウンドの方に行きなさい! 」

 ワタル君とやらに返球しようとしていたクソガキ・・ もとい、子供が答えた。

「 公園は、キャッチボールしたり、インラインスケートするトコだよ? おじさんこそ、アッチ行きなよ。 そんなトコ座ってると、危ないよ? 」


 ・・・親、連れて来い、コラ。 どんな教育してんだ? もしかして、野放しか? しかも今、何気に、オジサンって言ったか? 坊主・・・!


 僕は、急速に、ムカついて来た。

 ベンチから立ち上がり、子供の手から軟球を奪うと言った。

「 さあぁ~、センター、深い所、追い付きましたあ~! あっ、2塁ランナー、3塁を蹴ったぞ! 強肩センター、バックホおおぉぉぉ~~~ム! 」

 思いっきり遠くへ、軟球を投げる。

「 わあ~、わああ~! 」

 嬉しそうに、軟球を取りに駆け出す、ガキ共。


 ・・・こいつら、アホだ。

 まあ、大人気無い行為だとは思ったが、喜んでるから、いいや・・・


「 子供たちと、遊んであげてるの? ホント、優しいのね、真一って 」

 その声に振り向く僕の前には、教会から出て来た香住が立っていた。

 白いブラウスに、淡いピンクのセーター。 フードの付いた茶色のダッフルコートに、濃紺のスリム・ストレッチ・デニム。 少し、ヒールのある黒いショートブーツを履いている。 目は一重だが、愛らしい瞳に、笑窪。 首筋までの長さの髪には、春の日差しが反射している。


 ああ・・ 何て、可愛いのだろう・・・!

 こんなキュートな子が、僕の彼女なのだ。 まるで、小説みたい・・・


「 もう、教会は終わったの? 」

「 うん。 お父さんとお母さん、買い物に行くって、さっさと行っちゃった 」

 歩き出す僕の腕に掴まり、嬉しそうに言う香住。

「 今日の、神父様のお話しは、とっても良かったのよ? 」

 香住は、やはり、僕にも教会に来て欲しいようだ。

「 神様を信じていないワケじゃないけど・・ どうも、お話しを聞くのはなあ~・・ すぐに眠たくなっちゃうんだ 」

 そう答えると、すねた顔で、香住は言った。

「 でも・・ 外で待ってるなんて、つまんないでしょ? 」

 僕は答える。

「 だって、神様・・・ 願い事を、叶えてくれないからさ 」

 香住が言った。

「 お祈りしたからと言って、イエス様は、願い事を叶えたりはしないわよ? そんな事したら、ナニも奉仕しない人だらけになっちゃうもん 」

「 じゃ、神の存在は、何だい? 」

 香住は、僕を見ながら言った。

「 う~ん・・ 真一だって、悩み事があると、誰かに相談するでしょ? 相談すれば、少しは心強くなる・・・ 神の存在とは、そういったものよ? 」

「 祈る事で、自身を安心させるワケか・・・ まあ、何となく、その気持ちは分かるけどな 」

 僕の腕に頬擦りをしながら、香住は言った。

「 あたしは、まず、真一に相談するけどね・・・! 」


 ・・・それ、嬉しい。 少々、頼りないケド・・・


 突然、僕の顔面に、何かがぶつかった。

 テンテン、テポポポポ・・ と、足元にコロがる軟球。

 コレは、さっき投げたヤツだ・・・!

「 ・・・・・ 」

 視界の左側に、緑の点が見える。

「 わ~い、当たったあ~! わあ~い! 」


 ・・・さっきの、クソガキ共・・・!


 オレは、ひなびた温泉街にある、ボールを投げて当てると吠える鬼か。

 足元にコロがる軟球を掴み、おもむろにセットポジションに入ると、僕は叫んだ。

「 ピッチャー、第3球・・ 投げましたっ! ああ~っと、暴投でぇ~すっ! 」

 思いっきり、方向違いの方へボールを投げる、僕。 軟球は、遥か彼方へと飛んで行った。

「 わあ~、わああ~! 」

 再び、ボールが飛んで行った方へ駆け出す、クソガキ共。 そのまま、どこかへ行ってしまえ、お前ら。


 木陰に設置された、自販機の横にあるベンチ。

「 座ろうか 」

 腰を掛け、僕はタバコを取り出した。 香住が、自販機に小銭を入れ、ボタンを押す。

「 そう言えば、真一。 就活、どうするの? 」

 ガコン、という音と共に出て来たコーラを手にしながら、香住が聞いた。

「 就職課から、全く紹介が無いワケじゃないんだけどね・・・ あ、サンキュー 」

 コーラを受け取り、プルトップを、プシッと開けながら僕は答えた。 タバコに火を付け、ふう~っ、と煙を出す。

 香住は、紅茶のボタンを押しながら言った。

「 てゆ~か、真一・・ 単位、まだ足りないんでしょ? 」


 ・・・キツイ、一言。 だが、確かなる事実ではある。


 僕の横に座り、香住は続けた。

「 あたし・・ 真一と同じ大学、受けようかな? 」

 今年、高校3年生の香住。 僕とは違い、成績は優秀だ。 僕の通う大学は、歴史はあるが、二流である。 香住だったら、慶応や早稲田にだって行ける・・・

 僕は言った。

「 ワザワザ、ランク落とす必要、ないだろ? もっと上を狙いなよ 」

 香住が答えた。

「 真一と、一緒の学生生活、したいの 」


 ・・・それ、イイ。 でも、僕に1年、留年しろってコト? 金が・・・


 瞬間、今度は、右目辺りに軟球がメリ込む。

( また・・・! )

 ポンッ、ポ、ポポポ・・ と、足元にコロがる、見覚えある軟球。

「 ギャハハハハ! 」

 垣根越しに、あのクソガキが、ワタル君と、僕を指差しながら笑っている。


 ・・・お前ら、よく、あんな遠くへ投げたボールを拾って来るな・・・! 犬並の嗅覚、あるんじゃないのか?


 僕は、軟球を拾うと立ち上がり、叫んだ。

「 バッター、打ちました! 大きい、大きい! 入るか、入るか! レフトバック、レフトバァッ~~~クぅぅ~~~ッ! 」

 僕は、レフトとは反対の、ライト側( 森がある )に向って、思いっきりボールを投げた。

「 わあ~、わああぁ~! 」

 再び、駆け出す、クソガキ&ワタル君。

 ・・・多分、木の枝に引っ掛かり、落ちては来ないだろう。 池の排水路もあり、ぬかるんでいる。 そのまま、排水側溝にハマって泣けや、お前ら。

 駆けて行くクソガキ共を見送りながら、香住が言った。

「 真一、資格取って、保父さんになったら? きっと、子供たちの人気者になれるわよ? 」

 ・・・多分、泣かす方になるような気が・・・

「 場所、変えようよ 」

 僕は、ベンチ脇にあった灰皿でタバコを揉み消すと、コーラ缶を持ったまま、『 レフト側 』へ歩き出した。


 噴水のある、小さな池の辺のベンチに腰掛ける。

 コーラを飲み干しながら、僕は言った。

「 単位の問題は、確かにヤバイな・・・ バイトの為に、かなり講義を休んでたからなあ~ 」

「 おソバ屋さんのバイトって、まだやってるの? 」

 紅茶を飲みながら、香住が尋ねる。

「 ああ。 もう3年になるかな・・・ おかげで、ソバには、うるさくなったよ 」

「 あたしも大学入ったら、そこにバイト、行きたい! 」

「 時給、安いよ? 」

「 イイの! 真一と、一緒にいるコトに意義があるんだから 」


 ・・・嬉しいっスけど、それって・・ やっぱ、僕に留年しろってコト・・・?


 次の瞬間、僕のオデコに、ベシッ! と、軟球が炸裂した。

「 やっほほ~い! 」

 小さな池の向こう側で、クソガキ共が、狂喜乱舞している。 オデコには、丸く泥の跡が付いた。

「 ・・・・・ 」

 ポポポポポ・・ と、足元にコロがる、泥まみれの軟球。


 ・・・よく、拾って来たな・・・! とりあえず、誉めてやろう。

 しかも、いいコントロールだ。 ちょっと、痛かったぞ?

 どうでも良いが、お前ら・・ ナンで、オレのいる場所が分かる・・・?


 クソガキは、右足を、ぬかるみに突っ込んだらしく、グチャグチャだ。 ワタル君は、尻もちを突いたのだろうか。 左半分から腰にかけて、べっとりと泥を付けている。

 よし、よし。 人を、小バカにした報いは受けているようだな。 んじゃ、仕上げといくか・・・!

 僕は、軟球を掴み、立ち上がった。 哀れなクソガキ&ワタル君は、これから彼らの身を襲う不幸な結末を知る由も無く、ワクワクした目で、僕の行動を見守っている。

「 9回裏、4対1・・・ ツーアウト、満塁、フルカウント。 最後の1球です・・! 観客、総立ち・・・! 」

 クソガキ&ワタル君が、ゴクリと唾を呑む・・・

「 ピッチャー、大きく振りかぶった・・ ランナー、一斉にスタート! 投げたっ・・! 打ったああァ~~~ッ! 打球は、グングン伸びる! これは大きいっ! 大きいぞ、大きいぞおおお~~~っ! 」

 僕は、渾身の力を込めて、森の向こうの、大きな池の方へボールを投げた。 そこは、葦などが生える、沼地である。 お前ら、ヒザまで泥に浸かり、もがくが良い。

「 わああぁ~! 」

 ナニも知らない、クソガキ共は、歓声を上げて駆けて行った。

「 子供が、大好きなのね、真一って 」

 嬉しそうに言う、香住。


 ・・主よ・・

 今日、私は、いたいけなクソガキを、大人げも無く、陥れてしまいました。

 お許し下さい。

 アーメン、そうめん、チャーシューメン・・・


「 そろそろ、行こうか 」

 手にした空き缶を見て、辺りを見渡す。

 香住が言った。

「 投げちゃ、ダメよ? 入った試しが無いんだから 」

 ベンチのすぐ脇にあった、空き缶専用のゴミ箱を指し、僕は言った。

「 この距離で、ハズレるかよ! 」

「 ソッチじゃなくて、アッチの方にもあるじゃない 」

 小さな池の、向こう側にもゴミ箱がある。

 僕は言った。

「 ・・ふっ、見てろ? 今日はな、コントロールが良さげなんだ。 サイドスローで、絶妙なスライダーなんぞを・・・! 」

 僕は、自己陶酔しながら空き缶を投げた。

 緩やかな放物線を描き、宙を舞う、空き缶。

『 カンッ! 』

「 うぎゃっ・・! 」

 池の上にいた男性の顔面を、コーラの空き缶が直撃した。


 ・・・池の上・・・?


 ポチャンと、空き缶が、池の中に落ちる。 ついでに、宙に浮かんでいた男性も、池に落ちた。

『 ドボーン! 』

「 ・・・・・ 」

 僕は、目を擦った。

 今、池の上に・・ 男性が、浮かんでたように見えたんだケド・・・?

 香住も、紅茶缶を持ったまま凝視している。

 はたして池に落ちた男性は、水の中で、むっくりと起き上がると言った。

「 てめえ! 何で、遠い方のゴミ箱へ、ワザワザ投げんだよっ! ったく、もう・・・! 」

 とりあえず、謝罪する僕。

「 ・・あ・・ ご、ごめんなさい・・! 大丈夫でした? 」

 男は、背中から大きな羽を出して言った。

「 痛ててて・・! 羽を、捻っちまったようだ。 クソッ・・・! 」

 僕は、ずささっ! と、後退りした。


 何と・・ 彼の背中には、大きな白い羽があった・・・!

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