夏の大勝負

 いつからかファンタジーが書けなくなっていて、気付けば恋愛のジャンルの短編が増えていた。


 男女の恋愛ばかり書いていては限界が来る。そんな焦りを感じていたところに、コンテストの情報を入手した。

 大人も子供も参加できる!  カクヨム甲子園テーマ別。気になったテーマは「きのう、失恋した」。


 恋愛は恋愛でも、失恋の要素を盛り込んだものは書いたことがなかった。殻を破るために、短期間の執筆を決意した。


 構想はすぐに浮かんだ。出来立てほやほやのキャラクターが、脳内で動き始めていた。

 だが、とある不安要素が執筆を遅らせた。コンテスト参加作品に、力作がぞくぞくと出始めていたのだ。濃い個性に自作が埋もれてしまわないか心配になった。


 だからこそ、打てる手はとことん打った。


 類似作品がどれほどあるのか、読者が求めているものは何なのか。応募前に傾向を独自に分析していた。

 加えて、ライバル(羽間が勝手にリスペクトしているだけかも……)の手腕や寄せられるコメントもチェックした。作りかけを読み直し、自分に足りないものを埋めていった。


 はまったピースは百合だった。手を出してこなかった世界に、思い切って飛び込んだ。

 中性的な女子高生・喜多見の魅力をあますことなく書き込んだ。当初の構想以上にイケメン度が高まったため、「百合じゃなくてもいーじゃん!」という意見を覆すまで投稿に時間が掛かった。


 タイトルは悩みに悩んだ末、時間差を意味する「タイム・ラグ」に決めた。作品を象徴させるフレーズを探すまで、かなり神経を擦り減らした。


 今作は、作中にも登場している日本ファンタジー論の講義で得たことを反映させている。虚構と現実のあわいや、受講態度への苛立ちもしかり。

 余談だが、喜多見のノートは私のレポートを元にしたものだ。短歌を小道具にしたことはあったが、レポートまで小道具になるとは思わなかった。どんなものであれ、データを残していると思いがけない幸運と出会うらしい。


 前面に出ていないものの、ファンタジー要素を盛り込むことができた。異世界ファンタジーを書いていた感覚が少しずつ戻り、良い収穫になった。


 カクヨムWeb小説短編賞の結果を受けて、ようやく新作が書けたことも大きい。

 自分なりに振り返り、受賞するためには新しいものを書き続けるしかないのだと答えを出した。


 新しいもの。単に新作という意味ではなく、大胆な挑戦の意味も含んでいる。

 これまでは、自分に似た要素(小説を書いたこと)があるキャラクターばかり主役に抜擢していた。そんな見えない傾向に気付き、「タイム・ラグ」はあくどさを持つ主人公に仕上げた。


 連載中、「主人公に光が見えなくて、読むのリタイアしたい……」なんて人が続出したらどうしようと気が気ではなかった。だが、読者の皆様からいただく温かいコメントに安心した。



 今日、創作演習の講義でこんな話を聞いた。


 心が痛むときは成長している証。

 幸せだけを書くな。人の醜さにも目を向けろ。


 ずるずると悪い習慣を続けてしまう主人公を生み出して良かった。悪さから生まれた輝きでも、読者の背を押すことができたのかもしれない。そう痛感したのだった。

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