【重版御礼公開】異種族レビュアーズ えくすたしー・でいず
葉原鉄・天原・masha・W18/カドカワBOOKS公式
エルフのお宿 <プロローグ> ※異種族レビュアーズご新規様用イントロ
※本エピソードは『異種族レビュアーズ』未読の方向けのイントロを兼ねております。原作既読者の方は次話「扉のスキマ」からでも楽しくお読みいただけます。
股間は人生の羅針盤である。
男はいつだって股間のために生きている。
と、胸を張って言ったら、酒場の男性客は無言でうなずいた。
有翼人の給仕娘には白い目で見られた。
「死ね」と吐き捨てるも同然の冷たい視線。
剣と魔法が横行するこの世界で、女の目はもっとも危険な凶器のひとつだ。なんかちょっと申し訳なくなって萎縮する男もすくなくない。
しかれども男スタンク。背筋が凍るような視線に耐性はある。
「ちなみにこの羅針盤、いままでに何回おまえさんを指し示したかと言うと」
「死ね!」
モロに言われて、空のジョッキを顔面に叩きつけられた。
そんなことがあっても、スタンクが懲りることはとくにない。ちょっとヤバめの殺意を感じたので店から逃げ出し、その足で歓楽街へ向かう。
股ぐらの羅針盤を頼りにくり出す大海原――またの名をサキュバス街。
目抜き通りは多種多様な異種族にまみれている。
耳の尖ったエルフや毛だらけの獣人、有翼人や魔族までよりどりみどり――なのだが、行き交う者の九割に共通した特徴がある。
股間に羅針盤をぶら下げた男ばかりなのである。
「言ってみりゃ、これは男の冒険だ」
スタンクはタバコを甘噛みして独りごちる。
――これが俺の生きる道だ。
わりと真剣にそう思う。
険しい山岳地帯や暗くて深い迷宮に挑むばかりが冒険ではない。光魔法の街灯に照らされた夜の街にも厳しい試練はある。
数多の誘惑という名の試練が。
大通りに並ぶ店々の看板には、惹句や屋号が扇情的な書体で描かれている。
《耳と尻尾のモフモフタイム――ケモエロパーク》
《ピクシーちゃんと遊びほうだい! ――ティンカーベル》
《小さな熟肉、どっしり濃厚――ザ・ドワ妻》
《人間、ピチピチ、四十路娘――ヒト美》
《制服師弟の愛指導――美少女魔法学院イグワーツ》
《ワタシをあたためて……――雪女専門店トオノ物語》
当然のことだが、アレである。
はっきり言ってえっちなお店である。
この世に男と女のあるかぎり、けっしてなくならない業種である。
もちろんスタンクもそういった店が目的でサキュバス街を歩いている。人生の目的も九割八分はえっちなお店だ。
「お、そこのお兄さん、勇者のお兄さん、ちょっと遊んでいきません?」
でっぷり太ったオーク族の男が揉み手で誘いかけてきた。
こういった手合いに「お、それじゃあちょっとお世話になっちゃおうかな?」と応じる初心者もいるだろうが、それは定石の罠。客引きの言いなりで吟味もせずに入店し、地獄を見るのはサキュバス街のあるある話だ。
(俺ぐらいになると地獄にも慣れたものだ)
スタンクはへらりと笑って受け流した。
「勇者なんて柄じゃないだろう、このツラは」
「えぇー、でも勇者感ありますよぉー。クールさの奥に秘めた情熱、みたいな?」
物は言いようか。顎を撫でて自分の小汚さを再確認する。
生えそろわない無精ヒゲ。にやけがちな口元に垂れ気味の目元。着古して少々くたびれた旅装束。パッと見はだらしないゴロツキといった風体である。どうひいき目に見ても勇者の威厳などありはしない。
「悪いけど先約があるから、ここらへんで失礼するよ」
「ここだけの話、いい娘いますよ……ちょっとありえないぐらいおっきい子!」
「ほう」
食いついてしまった。
だって、ありえないぐらいおっきいって言われたから。
男の羅針盤はいつだって大きなものに弱いのだ。
(が、ちょっと待て)
間一髪、客引きオークのブタ顔を見て思いとどまる。
「大きいって、なにが?」
「もちろん、お腹が。腕もふくらはぎもはち切れんばかりの樽っ娘!」
「……オーク専門店?」
「はい! 体重一〇〇オーバーの樽っ娘ぞろい!」
「さよなら」
「待って、頬もプクプクで! 鼻も極潰れ! あの、振り向いて勇者さま!」
あやうく地獄の釜に飛びこむところだった。
オークと言えば男も女も潰れ鼻の肥満体型がトレードマークである。二足歩行のブタと揶揄されることもあるが、多種族のるつぼたる異種混街では需要もあるのだろう。
(デブがダメってことはないが……)
太った嬢でもいざとなれば受けとめる覚悟をスタンクは持ちあわせている。だらしないゴロツキだって「遊び」の礼儀ぐらいはわきまえているのだから。
けれど、いま羅針盤が指し示すのは、ヘヴィ級の窮地ではない。
「このところキワモノが続いてるからな……」
先日入ったアマゾネス専門店は筋肉ゴリラだらけでちょっとキツかった。
そのまえはサメ魚人専門店で鮫肌がキツかった。
そのまえは巨人専門店で挿入ってんのか挿入ってないのかサッパリだった。
よく考えてみたら、このところ羅針盤ぜんぜん役立ってない。
「お」
とある看板を見た瞬間、羅針盤が跳ねた。
《エルフのおやど》
店の入り口が奥まっていて、手前にクヌギの木が生えている。森林種らしい店構えに好感が持てた。奇をてらわないエルフ専門店は鉄板である。
羅針盤もビンビンだ。
スタンクは《エルフのおやど》に入店した。
淫魔は男を求める。
それは種の本能であり、当然の権利として法的にも認められている。
男を悦ばせて精と代金をいただくサービス業も合法。
古来より莫大な税収を産むサキュバス街は各国の貴重な財源なのだ。
「もちろん! 従業しているサキュ嬢はみんなサキュバスの血を引いています!」
……というのは、大人の汚い建前なのだが。
実際、十世代もさかのぼればサキュバスが混ざっていないほうが珍しいだろう。いまも昔も男はみんな、性に積極的な異性が大好きなのだから。
スタンクもまた例に漏れない。
女体に溺れるべくサキュバス街へ入り浸る、一匹の餓えたオオカミ――もちろんこれは比喩表現であり、種族は獣人でなく人間である。
と、そんなわけで。
++++++++++++++++++++++++++
++++++カクヨムでは見せられないよ+++++++
++++++++++++++++++++++++++
「また来てねー」
頭のうえで手を振る仕種が、ちょっとあどけなくて可愛らしい。熟練のサキュ嬢とはいえ、女の子はいつまで経っても女の子ということだろう。
単に外見が良いので、どんな仕種も映えるというだけかもしれないが。
「やはりエルフはみんな若くて綺麗で可愛くて最高だな!」
股間の羅針盤は今日も精度抜群であった。酷使したのでお疲れ気味だが、心地よい疲労感と言っていい。
くわえたタバコの味が疲れた体に深く染みいる。
吐き出した紫煙の向こうに人影があった。
細身の体に尖った耳――エルフ。ただし男。
「よう、スタンク」
呼びかける声はぶっきらぼう。顔立ちは上品なのに、ツンツンした金髪と半眼で睨みつけるような目つきがチンピラじみている。スタンクにとっては馴染みのゴロツキ面だった。
「おう、ゼル」
サキュバス街通い仲間である。
ひどく景気の悪い顔をしているのは、よほどのハズレを引いたからだろうか。
「……おまえさっき一緒にいたエルフ抱いてきたのか?」
答えを聞くまでもないのは満足げな顔を見ればわかるだろう。
ゼルは嘔吐せんばかりに不快そうな声を漏らした。
「冗談だろ? あれ五〇〇歳は超えてるじゃん」
「……? それがなにか?」
「なにかじゃねえよ! ババアじゃねえか!」
寒気を感じているのか、ゼルの首筋は粟立っていた。
五〇〇歳のエルフ女は、スタンク的には若くて可愛いおねーさんなのだが。
同族のゼルにしてみれば「マナの腐った母親より年上のババア」らしい。
抱くなら容姿に恵まれたわけでもない五〇歳の人間女(スタンク的にはババア)のほうがよっぽど良いとのこと。一〇〇歳未満でマナが若く、それでいて適度な熟成もあるとかなんとか、語り出したら止まらない。
ゼルもまた自分だけの羅針盤を股間に持つ男。
羅針盤を持つ者同士、時にはぶつかりあうこともある。
「よーし、そこまで言うなら白黒つけよう!」
エルフ五〇〇歳ババアと人間五〇歳ババア。
どちらがいいか、酒場に集まったサキュバス街通いの猛者に意見を募ってみた。
人間代表スタンク。
エルフ代表ゼル。
獣人代表とハーフリング代表も織り交ぜて、レビュー形式で発表。
結果、三対一で人間ババアの圧勝。
エルフ支持者はスタンクのみ。
「――マジで?」
外見のみに囚われるのは人間の特色だったらしい。
股間の羅針盤を持つ者は、時に孤独なのである。
ちなみに。
この一件をきっかけに、スタンクたちのレビューは酒場の名物となる。
多種族的観点からサキュバス店を評価する記事は過去になかったものだ。
多くの羅針盤に影響を与える執筆者たちを、ひとは異種族レビュアーズと呼ぶ……ということも、たまにあるらしい。
「ただのスケベなアホどもでしょ」
酒場の給仕娘は半眼で冷淡な意見を寄せた。
極寒の視線を背中に受けながら、男たちはまた新たな冒険に旅立つ。
まだ見ぬ優良サキュバス店を求めて――
羅針盤の指し示す方角へ。
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