視界は金色、半分の世界を写せ

雪ノ瀬いちか

第1話

華やかな日々であった。僕は最期まで研究者であった。目の前の二人が旅立つこの瞬間に、自然と笑みが溢れた。


「セんせい」

「今日までありがとうございました」


瓜二つの顔に、同じ金の色の瞳。唯一の違いは髪の色だけである。黒髪で片目が見えない方の実験体十番は最初期の型ながら素晴らしい生命力であった。ただ所詮は初期型。再生能力の低さと人間らしさの不足により廃棄された物を僕が回収した。そしてもう一人の灰色の髪の実験体一〇六八番は中期型で生命力と再生能力に関しては問題のない良個体だった。しかし人間への反抗心や自傷行為と言った問題行為により廃棄。同じく僕が回収しこれまで沢山の実験を行ってきた。


「スてられたおれをひろってくれて」

「捨てられた俺を拾ってくれて」


感動のあまり涙が出た。恐らくこの施設内の僕以外の全ての人間と実験体を殺してきたのだろう。綺麗なプラスチックの様な髪はべっとりと赤く染まりお揃いの白い服には美しい真っ赤な花が咲き乱れ二人を彩っていた。


「…僕は、君達の父親で、あれただろうか?」


二人は首を傾げた。僕はこの施設の他の研究者とは違う。殴ったり蹴ったり、虐待の様な物はこの実験体に与えなかった。なるべく丁寧に使ってきたと思う。人間の様に名前まで与えて、文字や言葉も教えてきた。

僕はきっと二人にとって父親の様な存在だっただろう。


「トウヤ、センヤ、僕は…」

「セんせいは、せんせい」

「俺達を拾った人間」


二人が見たことのない笑顔で僕の腹をナイフで刺した。白衣が赤く染まっていく。痛い。


「…そう、か。ついに僕の手から君達は旅立つんだな…」


自然と、笑みが溢れた。


「名前をありがとう、先生」

「サようなら、せんせい」


嗚呼、トウヤ君は笑えるのか。いつも無表情な君の新しい一面が見れて僕は嬉しい。

嗚呼、センヤ君は笑えるのか。いつも反抗的な君の素直な所が見れて僕は嬉しい。


「僕は…君達の父親でいられて幸せだった…ありがとう」


さようなら。愛しい実験体達。二人の幸せを願っているよ。




「……心肺機能停止」

「シんだ?」

「うん、死んだ」


動かなくなった先生の体を揺らす。反応がない、心肺機能も停止している。おそらく死亡したのだろう。他の人間も同じように動かなくなり現在まで起き上がらないところを見ると、恐らく人間というものは心臓部を破壊すれば停止、死亡する様だ。


「センヤ、ちちおやとはなにだろうか」

「さあ?俺には分からない」

「ソうか、おまえにわからないならおれにはもっとわからない」


全員が停止したところでトウヤを見れば、その喉には何やら細い鉄パイプの様な物が突き刺さっていた。


「さっきから声が聞き取りづらかったのはこれのせいか」

「アあ」


それを無理矢理引き抜くと血がだらりと喉から流れる。


「ごっ、ごぼっ、があ…ゔっ…」

「まだ再生しないか」

「うぁ、ごぽっ………いや、もう直った」


一通り血を流した後、何もなかったかの様に傷口が塞がる。やはり自分と比べると再生するのが遅く、傷が残りやすい様だ。初期型というのは大変らしい。


「じゃあ行こうか、センヤ」

「ああ。まずはひとつ叶えたから」

「次は本で見たウミと言うものを見に行こう」


先生の部屋をぐるりと見渡して、大きな本棚の中から一冊の本を手に取った。自分の汚れた手で触ったせいで真っ白だった表紙が赤黒く汚れた。トウヤがジッとこちらを見つめてくるので服で手を拭うも落ちない汚れに舌打ちした。


「血液が固まっている。臭いもあまり推奨されるものでは無い」

「…そうだな、シャワールームにいこう」


先生と一緒でなければ入れてもらえなかったシャワールームには先生の匂いのする液体が沢山あり、ボトルを開けてどぼどぼと手に取る。何度体験してもそのぬめりとした感覚には嫌悪感を覚える。そして瞬く間に白く泡立って赤い汚れを落としていき、頭から水を被れば元の自分達の肌の色になった。

そしてもう着ることのない先生から服を二着貰って二人で着替えた。少しばかり大きいシャツの袖をくるくると巻いて手を出して、同じく引きずってしまうズボンの裾を折って無理矢理履いた。


「大きい」

「そりゃそうだ。先生は大きい」


まだ髪から水が滴り落ちる中でもう一度先ほどの本を手に取り適当なページを開く。文字はいくつか読めない物があるもののこの本に載っている物は大概は教えてもらった。

海、山、空。この場所がどんな所なのか。自分達が生まれたこの国の事も少し載っている。


「最初はやっぱり、先生がお前達にも見せたいって言ったから」

「そうだな。でも海、はここから遠いらしい」


以前地図というものも教えて貰ったが自分達の頭では理解が難しかった。ここが帝都の外れにあって帝国の壁というものを超えなくてはならないと、だから君達に見せるのは難しいのだと先生が言っていた。


「でも行こう、二人で行こう」

「分かった」


トウヤが自分の手を握って駆け出す。急いで本を持ってそれについて行く。ひらりと本の間から一枚の写真が床に落ちてそこには自分達二人と先生が写っていた。拾う間も無くトウヤについて行けば一際大きな扉が目の前にあった。

一歩も施設から出たことはなかったし窓のないこの場所しか知らなかった。二人の世界はここだけだった。そして、恐る恐る扉に手をかける。重い鉄の扉を二人で力任せに押せばゆっくりと開いていく。

眩しい光と共に体に受ける風と、頭上の青さに驚愕する。隣のトウヤが自分の手をぎゅっと強く握った。自分もトウヤの手を強く握って、二人でゆっくりと歩き始めた。

実際に目に映る世界は本の絵よりも広く、そして自分達の世界よりも美しかった。




『愛しい二人へ』

きっと君達がこの本を手に取っている時、僕はもう死んでいるのだろう。素晴らしい研究者人生だった。同じ人間を実験体にして不老不死を作る研究が出来るなんて夢の様だと思った。美しい君達が永遠の若さを持って生き続ける。他の連中は生物兵器だの使い捨ての駒だの言うけれど僕は違う。

愛している。君達を愛している。僕の願い通りになっているのなら、君達は今旅立ちの時を迎えているのだろう。

この写真は僕の宝物だ。君達に持っていて欲しい、一生僕を覚えていて欲しい。愛する実験体達。

君達に明日は来ないけれど、二人の幸せを願っているよ。

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