第7話 王への謁見

 中に入るなり、背後で扉が閉められる。入り口は大広間となっていた。足元は綺麗に磨かれた石畳。その上には赤い絨毯。天井を見上げると豪奢な装飾の施された大きな照明器具が釣り下がっている。壁には複雑な模様彫り。四隅の柱にさえ装飾がされていた。


 王都にも驚いたが、王城の造りにも驚かされた。感動的だという意味ではない。


「……よく、こんな余裕があったものだ」


 思わず口にしてしまい、慌てて押さえる。誰かに聞かれようものならまた『勇者』ではないと罵詈雑言をぶつけられるのでは、という恐怖が心に忍び寄ってくる。人々のイメージは崩したくなかった。完璧な『勇者クリストファー』であることが、自分を守る方法だからだ。


 だがそれでも、思わず言葉が出てしまうほどの驚きがあった。何らかの方法で魔族が攻め込んできたら、一体この贅沢品の数々は何の役に立つのだろうか。

 そこまで考えて、これが八つ当たりだと気がついた。この城は魔族との戦争が始まる前に建造されたもので、人間たちの余裕を表すようなものではない。こんなことを考えるのは自分だけが働かされているような、そんな気分になってしまったせいだ。


「お待ちしておりました、勇者クリストファー様」


 城の造りを眺めていると、貴族めいた服に身を包んだ男が声をかけてきた。妙に丸々と太っている。


「お初にお目にかかります。私は大臣のワゼルと申します」


 仰々しい礼をしてきた男は大臣だと名乗った。頭を下げた勢いでずれたモノクルを太い指が押し戻す。指には大きな宝石の嵌まった指輪。


「初めまして、クリストファーといいます。本日はご招待いただき感謝します」


 なるべく同じような礼をしておく。礼儀については正直ほとんど分からないが、同じようなことをしておけば失礼にはあたらないだろう。


「陛下がお待ちです。どうぞこちらへ」


 案内されるままに城の中を歩いていく。すれ違う兵士たちが大臣と僕に対して敬礼をしてくる。


「どうですかな、王都と王城は」


 歩いている最中に大臣が話しかけてきた。僕はしばし沈黙して言葉を探した。


「そうですね……思った以上に活気があって、素晴らしい街だと感じました」


 王都の感想に続けて、城の感想を考える。


「このお城も、人々の歴史を感じさせる造りとなっていて感嘆させられるものがあります」


 僕の返答に大臣は満足そうな笑みを浮かべていた。何とか間違えずに済んだらしい。


「ご満足いただけたようで何よりです。全ては勇者クリストファー様が我々を守護してくださるおかげです」

「いえ、そんな」


 笑みと共に謙遜を口にしておく。


「さ、着きましたぞ」


 大臣が立ち止まり、目の前の巨大な扉を指し示す。この向こうに人間側の指導者である王がいるらしい。

 緊張が走る。もしも不手際で怒らせてしまったらどうしよう。兵士たちに捕らえられようとも脱出は用意だが、汚名は免れない。そうなったら、以前のように世界中の人々に罵声を浴びせられる。あの状態には戻りたくない。


 立ち止まっていたかったが、警備の兵士たちが扉を開けてしまった。もう入るしかない。


 謁見の間へと足を踏み入れる。広大な部屋は余計なものはほとんどなかった。部屋の中央に赤い絨毯が敷かれ、その先には小さな段差がありその頂点に玉座が置かれていた。玉座に座るのは白髪と髭の気品ある老人。儀礼服めいた服装に身を包み、右手には宝石をあしらった杖を掴んでいる。頭上には王であることを示す王冠が燦然と輝いていた。


 玉座の右側には同等の座具があり、そちらには若い女性が座っていた。煌びやかな白色の衣装に身を包み、美しい装飾の施された冠が金色の髪を彩る。碧玉の双眸がどこか緊張したように僕を見つめていた。

 絨毯の上を慎重に歩きながら、僕はどういった動作をすればいいかを考えていた。確か片膝をついて頭を垂れれば良かったと思う。


「お初にお目にかかります。本日はご招待いただき、ありがとうございます」


 用意していた動作を行い、頭の中で考えておいた文言を発音する。言葉遣いはこの際、諦めるしかなかった。

 問題が発生。相手の顔がよく見えないせいで、反応が窺えない。この挨拶は成功なのか失敗なのか、どっちなんだ。

 聞こえてきたのは朗らかな笑い声だった。


「堅苦しい挨拶は無理にせんでも良い。慣れておらんようだしな」


 そっと顔を上げてみた。王様は笑っていた。


「さ、立って楽にしてくれ。我ら人類の守護者たる勇者殿と、一度会ってみたかったのだ」


 言われた通りに立ち上がる。どうやら今のところは好印象を保てているようだ。


「自己紹介がまだだったな。儂はアルシュマディナⅣ世。お主がいなければ末代となっていた王じゃ」


 反応に困る自己紹介をされてしまった。多分、笑うのは不味いんだろう。まだ末代じゃないとは決まっていない、とも思ったがそれも飲み込んでおいた。


「初めまして。僕はクリストファーといいます」

「うむ。よく知っておるとも」


 王の笑顔に僕は反感を覚えた。一体、何を知っているというんだ。


「お前も挨拶しなさい」


 王は隣に座っていた女性にも挨拶を促した。慌てた様子で彼女は立ち上がり、衣装の裾を持って頭を下げた。


「初めまして。私は王女のマレファと申します。勇者様にお会いできて光栄ですわ」


 王妃にしては妙に若いなと思ったが、なるほど、王女様だったのか。


「初めまして、マレファ様」


 なんと返すか一瞬戸惑ったが、これぐらいの軽い返事でも多分、大丈夫だろう。

 もう既に精神的には疲れてきていて、早く会話を切り上げたい気分だった。緊張で死にそうだ。

 王女が席に戻ったところで再び王が口を開く。


「戦況は聞いておるが、あと一押しで魔族どもを魔界に押し戻せると考えて良いのかな?」

「はい」


 王は疑問形で僕に確認をした。人間たちの指導者である王でさえ、『勇者クリストファー』がどの程度の戦力なのかは知らない。やろうと思えば今日中に魔族たちを一掃することもできたが、黙っておいた。そこまで忙しく彼らを殺戮して回りたいわけではない。


「では、今更にはなるが正式に王として頼みたい。彼らをこの地上から殲滅し、我ら人類を救ってくれぬか?」


 王は真剣な面持ちでその言葉を放った。彼としては重大な仕事をしているつもりなのだろうが、言葉通り今更すぎる。

 王の命令で動いていると思われては癪だが、答えてやるしかない。


「お任せを。人々を救ってみせます」


 軽い一礼と共に答えると、王と王女は安心したような笑顔を浮かべていた。


「そう答えてくれると信じておった。今日は長旅で疲れておるだろう。部屋を用意したからゆっくりと休むとよい」

「ご厚意に感謝します」


 話は恐らくこれで終わりだろう。そう思っていたが、王が王女に何か目配せをしている。どうやら王女がいるのは飾りではないようだ。


「ところで、だ。急な話ではあるのだが」


 王がどことなく緊張したような声で切り出した。少し嫌な予感がする。

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