第6話 王都へ
数日後。僕は王都に足を踏み入れていた。
街中は活気で溢れていた。出入り口となっている門では、荷台を馬に引かせた商人たちが忙しなく行き交い、大通りの向こう側ではいくつもの露店が見えていた。幅の広い通りの左右には煉瓦造りの住宅が連なり、窓際には洗濯物などが見えている。
通りを進むと露天商たちの客引きの声が出迎えてくる。外から戻ってきた兵士たちや別の商人たちを相手にあちこちで商談が行われていた。さらに進んでいくと人混みが増大。外から入ってくる人々の潮流と街に住む人々の波頭が合流して巨大な流れとなっていた。客引きの声も変化して、兵士や商人だけでなく主婦などを客として狙ったものとなる。
雑踏の音が背景となりその中を商人の怒号が貫く。人とすれ違うのさえ難しいほど、通りは混雑していた。
正直、驚いた。王都が栄えているとは聞いていたけど、ここまでとは。
視界の端の人影に違和感。帽子を深く被った中年の男が若い女性とすれ違う瞬間、買い物かごの中から何かを取り出した。恐らくは財布だろう。平和になってくると、人間相手に略奪を行い始める。分かってはいたけど、気が滅入る光景だった。
嘆息を一度ついて、跳躍。突然人混みから飛び出した僕に、道行く人々が立ち止まって見上げる。そのまま盗人の真上から落下、地面に踏みつけにする。
「そこの買い物かごを持ったお姉さん! 財布盗られてますよ!」
僕が大声で呼びかけると、買い物かごの中を確認して財布がないことに気がつく。盗人の手から財布を奪い取って、彼女に投げ渡してやる。
「ありがとうございます!」
大きな声で礼を言って女性は雑踏の中へと消えていった。
鎧を着込んだ兵士が二人やってくる。誰かが呼んでくれたらしい。
「ご協力感謝します」
「いえ、別に」
盗人を引き渡して、僕も雑踏の中へと移動。あまり人に注目されるのは良くない。
人間の河川をかき分けていき、何とか人混みの外へと脱出する。道は橋へと続いていた。橋の下には、幅が数メートルにも及ぶ巨大な水路。船頭が船に荷物を乗せながら忙しなく移動していた。
この街は外周を巨大な外壁が取り囲み、周囲から水路が中心へと向かう構造をしている。水路の中心、湧き水の発生地には王城がある。
視線を上へと向ける。建造物の向こう側に、尖塔が見えた。人間たちの指導者が住まう王城。あそこが今日の目的地だった。
人通りの少なくなった道を歩く。小さな男の子と女の子がすれ違う。どちらも笑顔で無邪気に追いかけっこをしていた。それを見て少しだけ笑みが零れる。子供たちが平和に遊んでいられるのなら、それぐらいは喜べる。
それと同時に彼らを見る度に、自分の怠慢のせいで死なせてしまった少年の顔が脳裏を過ぎる。もしもあの子が生きていたら、今の子供たちのように笑って過ごせていたのだろうか。
一瞬で憂鬱となった気分を嘆息と共に吐き出す。今の僕にできることは、あの子供たちを死なせないようにすることだけだ。
二人の子供は大通りから歩いてきた母親らしき女性の元へと駆け寄っていった。それを見届けてから、僕は再び歩き始めた。
王城に近づくにつれて、街中の風景も変わっていった。建築物の造形がどこか意匠めいたものを感じさせるものとなり、人通りの量が徐々に少なくなっていき、反比例するように警邏中の兵士の姿が増えていく。通行しているのも、貴族の乗った馬車が増えてきた。兵士たちは僕の姿を見るなり、このあたりに来られるような人間の風貌ではないと思ってか、不審そうな顔を向けてきていた。
しばらく歩き続けると、ついに僕に声をかけてくる兵士が現れた。
「おい貴様。このあたりはお前のような人間がくる場所ではない。何者だ」
鎧姿の中年の男が威圧的な声で僕に質問してきた。鎧の意匠から、それなりの地位の人間だと分かる。
「王様から招待されまして。これが招待状です」
僕の答えに兵士はかなり怪訝そうな顔をしていた。普通の旅人を王様が招くなんてことは、恐らくありえないのだろう。
しかし、招待状の内容を確認すると表情が一変。敬礼の姿勢を取る。
「失礼いたしました。王城までご案内いたします」
「いえ。街中を眺めながら行きたいので、それには及びません」
兵士同伴なんて気分が滅入るので申し出は丁重に断った。兵士に限らず、誰が一緒にいても気分は良くないのだけど。
「かしこまりました。王城へはどうか、ごゆるりと」
兵士が立ち去るのを待ってから行こうかとも思ったが、向こうは直立不動のまま立っていた。どうやら、僕が行かないと動けないらしい。
仕方ないので、先に向かうことにした。背中に視線を感じるようで、些か緊張する。人に見られるのは好きじゃない。
兵士と出くわしてから数分ほど歩いたところで、王城にたどり着いた。門を警備している兵士に招待状を見せて、通してもらう。兵士の合図で水路を跨ぐ橋が降ろされ、木製の巨大な両開きの扉が開かれる。
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