第3章 魔族のいる世界

第16話 遭遇

 魔界という場所は厄介なところだった。進めど進めど荒野が続く。山脈も森林もなければ河川もない。一体どうやって暮らしているのかと思うほどに、何もなかった。

 彼らの暮らしぶりが分からないことは別に構わない。ただ景色が変わらないと進んでいる感覚がないというか、どこに何があるか見当もつかない。


 飛んでしまえば見える範囲は広がるし、もっと速く走れば探索範囲も広がる。けど、派手な行動はまだしたくなかった。まだ見つかるわけにはいかない。今まではどれだけ派手に行動して魔族と遭遇しようとも構わなかったが、魔界こっちで見つかればそれは『魔王』に居場所がばれることを意味する。


 今の僕では『魔王』にはかなわないだろう。だから静かに動くしかない。

 そういう理由で歩いて探索をしていたけど、全く目ぼしいものが見つからない。もしかしたら、何もないんじゃないかと思わせるぐらいに。


「参ったな……」


 こういう苦労は今までになかったせいで想定していなかった。かれこれどのぐらい歩いているのかも分からない。日の出ていないこの世界じゃ、時間を計る方法がなかった。


 感覚としては一日か二日は歩いていると思う。それだけ歩いているのに何もないってことは、それだけ居住地の密度が薄いということだろう。これだけ何もなければ広げる理由もない。あるいは、広げるほどの人口がないのか。


 分かるのはその程度のことで、『魔王』がどこにいるかも分からない。勿論、今すぐ遭遇するのは困る。けど永遠に遭遇できないのはもっと困る。

 結局、途方に暮れるしかなかった。

 こうなったらもう、飛ぶなり何なりして無理やり見つけるしかない。そう考えていた。


「あなた、何してるの?」


 女の声だった。心臓が胸から飛び出すかと思うぐらい驚いた。

 慌てて振り返ると、砂岩の傍に女が立っていた。


 暗闇の中ではっきりと見える美しい白色の髪が風に靡いていた。灰色の少し汚れてしまった布地の服装。こちらを見つめる透き通った青玉の瞳。

 綺麗な、女の子だった。思わず見惚れるほどに。


「あなた、誰? あんまり見かけないわね」


 彼女が僕に声をかける。その声さえも心地よく感じられるものだったけど、意識が現実に引き戻された。

 まずい。見つかりたくないと思っていたそばから見つかってしまった。


 けど考えようによっては好機だった。彼女から『魔王』の居場所か、そうでなくとも街の場所ぐらいなら聞き出せるだろう。『魔王』以外であれば、魔族に遅れをとる理由はない。それは魔界だろうと同じことだ。

 相手が兵士のような戦うための魔族でなければ尚更だ。殆ど魔力を使わずとも殺すことだって──。


「……っ」


 その考えに全身が硬直した。僕は、戦えない魔族さえも利用しようとしているのか。

 村や街にいた女子供を殺戮する魔族たちと同じように。力を振りかざして強引に。

 これじゃ攻める側が変わっただけじゃないか。いや、僕がここにいる以上、似たようなものなのだけど、それでも。


「……話せないのかしら」


 ずっと黙り込んでいる僕を彼女は怪訝そうに見つめていた。そろそろ何か言わないとまずいな。


「あー……えっと……その……」


 言うべき言葉が見つからない。何を言えばこの状況を何とかできるんだろうか。

 そもそも僕はこの状況をどうしたいのだろう。そこから分からなくなっている。情報はほしい。けど力は振るいたくない。事情は話せない。あまり彼女を利用するようなこともしたくない。けど情報はほしい……混乱状態だった。


「もしかして、迷子? どこか遠くから来たのかしら?」

「あ、うん、えっと、そうです、はい」


 思わず相手の言った内容に乗ってしまった。「ふぅん」と言って彼女は納得したようだった。

 相手が納得してくれたのは良かったけど、迷子が通じるんだろうか。こちらの世界の常識が分からないせいで判別がつかない。


「それは困ったわね……良ければうちに来る?」

「えっ」


 またしても考えることになった。このまま友好的な振りをして情報を聞き出すというのも手だろうか。

 けど、他に魔族がいたとしたらその全てを誤魔化しきれるものなのだろうか。全く分からない。


「あなたが良ければ、だけど。どうする?」


 彼女は首を傾げてこちらを見つめていた。しばらく考えて、僕は頷いた。


「ご好意に甘えさせてもらうよ……ありがとう」

「ん」


 彼女は一度頷いて、背を向けて歩き始めた。ついてこい、ということだろう。

 これで良かった、はずだ。周りにおかしなやつがいた、なんて言いふらされるよりは自分から行って怪しいやつじゃないと証明した方が安全策だ。


 ……いや、大嘘だ。そもそもそんな証明ができる可能性は限りなく低い。一般の魔族が仮に僕の姿を知らなくとも、大勢いる場所に行けば誰かは気がつく。寂れた村であることでも期待するしかない。


 ならば、どうして僕はついていくことにしたのか。理由は簡単だった。

 彼女に手荒な真似をしたくないというのと、自分のことを『勇者』と呼ばない誰かと会えたことが嬉しかったからだ。


 馬鹿げているけど、それだけだった。

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