その花の色は

Len

その花の色は


丘の上の小さな公園、遠くに海が見え水平線がなだらかにつづく。

その広場のベンチでボーッとする、いつもの光景だ。

こちらを指さし話す人、それももう慣れっこだ。

薄汚れたシャツに、ほつれの目立つズボン、自分でもわかる異臭。

今日も周りからの視線を感じながら、何をしようか呆ける。

かといって特に何もない。

そんな毎日だ。


そう

彼女が僕の前に現れるまでは


「ねぇ?どうしたの?」


見上げると、女の子がそこにいた。

手袋をしている、白い服を着た少し細身の女の子だ。


「私、ユキ。あなたは?」

彼女はくったくなく話しかけてくる。


「ぼくは。。クロ。。。」


「クロっていうの。。良い名前ね、こんなとこで呆けて、どーしたの?」

   

「いや、べつに。。。。」


「素っ気ないなぁ。。あ、ねぇ?お隣、いいかしら?」


「はぁ。。どうぞ。。。」


「ありがと」


そう言って彼女は隣に腰掛けた

こんな薄汚れたホームレスなんかに話しかけるなんて珍しい人だ、と思った

すると僕のぼろぼろの手袋に視線を感じた。


「ねぇ、あなたの手袋素敵ね。ちょっと見ても......」

「さわるな!!!」


ぼくは怒鳴り散らして席から思わず立ちあがった。


「あ。。。ごめんなさい。ちょっと気になっちゃって。急に迷惑よね。ごめんなさい。」


彼女は寂しそうに微笑んでいた。

居たたまれない雰囲気にぼくはバツが悪いので立ち去ろうと歩き始めた。


「あの。また。。。。」


ぼくは最後まで聞かずにその場を離れた。



ぼくに帰る家はない。

正確には、もうない。

両親が面倒見切れないと捨てたのだ。

ぼくは病気持ちだ。


両親がぼくを捨てる気持ちも分かる。

自分でもぼくの病気は不気味に思うから。



今は裏山のゴミ捨て場を住処にしている。


ゴミ山には色んな本もあり、いつもそれを読みながら眠る。

植物図鑑が最近のお気に入りだ。


ボロ布を布団の代わりに、月明かりで本を読みながらぼくは夜を過ごした。



翌朝、人の声で目覚めた。

聞くと、どうやら開拓地として、ここを使うようだ。

業者の人や車で賑わっていた。


これで何回目だろう。。。

ぼくは居場所を変えなきゃと思い、その場を離れた。


歩きながら、行く宛もなくぼんやりとしていたら昨日の彼女の言葉を思い出した。


「あの。また。。。。」


あの後、なんと言ったのか・・・。彼女のことが気になりぼくは公園をのぞいた。


彼女が公園にいた。

花壇の真ん中で、花を植えている彼女だ。


ぼぉっと見ていると、彼女と目が合い、


「あら、昨日の。。こんにちわ」


そう言うと、ニコッと笑った。

「・・・どうも」

軽く会釈をした。


「その花は。。?」


「ん?きれいでしょ、クチナシ、スミレ、キクでしょ。それと。。。ほら、バラもあるのよ?」


そう言うと、すごくキレイなバラを見せてくれた。

思わず、わぁ、と声が漏れる。


「ふふ、良い顔するのね、私ね、この荒れた広場をお花で一杯にしたいの。想像してみて。花であふれかえってるこの広場」


無邪気そうに笑う彼女に見とれていた。


「素敵・・・ですね、花に溢れかえったここ、見てみたい。」


「でしょ、ふふ。あ、ねぇ、良かったらやってみる?」


ぼくは頷いて、スコップを片手に、小さなバラの苗を丁寧に植えた。


「丁寧ね、すごい助かるわ」


微笑みながらのその言葉に、なぜか心が熱くなった。


「もう遅いから、帰りましょうか」


気づくと、夕焼け空の端に月が顔をのぞかしていた。


ユキ:「また明日」


そういって彼女は歩き出した。


「あの。。!」つい声をかけた。


「ん?なぁに?」


「・・・また・・・明日。。」


「うん。また、明日!」


彼女は手を振りながら帰っていった。

ぼくは彼女が見えなくなるまで手を降り続けた。


「また明日」

初めて言われた言葉

明日を楽しみにする感覚を初めて感じた。



翌朝、ぼくは広場へ向かった。

微笑む彼女に会いたい気持ちが、ぼくを早足にさせた。


広場へいくと、彼女がいた。

それと同時に様子がおかしいのもすぐにわかった。


複数の人たちが、昨日植えた花壇をメチャメチャに踏み荒らし蹴飛ばしている。

この町で有名な不良グループだ。

彼女は何か叫びながら止めに入っているが、細身の彼女は止めることができなかった。

彼女の瞳から流れる雫をみた。


ぼくの頭に血が登っているということに気づいたのは、一人の不良を殴り飛ばした後だった。


「やめろ!!化け物クロだ!!」


そう言うと奴らは逃げ出した。

彼らもぼくの奇病を恐れているのだ。


泣きながらうずくまる彼女のもとに駆け寄ると


「あ。。お花が。。。クロ。。。。」


泣きながら何かを伝えようとしている。


僕は、もういいから、と言い、荒れた花壇の花を拾い始めた。


「なんで。。。そんなにしてくれるの。。。。」


「僕が好きな人の作ったもの、僕は大切にしたい。」


「え。。いまなんて?」


自分でもびっくりした。

口が勝手に動いたのだ。


「あなた・・・に笑っていてほしいから。。。」


「クロ。。。あのね、私。」


彼女は手袋をはずし、バラを一つ手に取った。

バラは段々と、目に見えて、白く、その色を変えていった。


「あたしね、触れたものを白く染めちゃうの。。こんな不気味な女といたら、噂になっちゃうわ。。」


自傷気味に笑っていた。

その顔は、ぼくの見とれた顔とは違った。そんな笑顔は見たくない。


僕は彼女から白くなったバラを手に取った。


「白いバラの花言葉は、「恋をするには若すぎる」か」


そう言うと僕は手袋を外し、素手で白いバラに触れた。


見る見る、雪のような白いバラを、黒い闇が包み込んだ。

ユキは驚きながら、黒くなるバラを見つめている。


「黒いバラの花言葉は、「決して滅びぬことのない愛」


そう言って彼女に渡した。

その闇はあまりに深く、白に戻ることはなかった。


「僕も、触れたもの全て黒く染めてしまう奇病をもってる。

あのとき、黒く染めるのが怖くて、怒鳴ってしまった、すまない。

でも、こうしてユキに気持ちを伝えれるなら

僕はこの体質も悪くないって思えるよ。」


彼女は、真剣な目をしたあと、いつものように微笑んだ。


もう一回だ。


そう言って、ぼくは花壇の方へ向かった。


「まってまって、あたしも」

彼女も小走りで駆け寄った。


白く澄み切った空が、暗く闇に落ちるまで。


ぼくらは今日も広場に花を植えたのだった。



帰り際、彼女が小脇に黒いバラを隠し持っていたのは知ってたが言わなかった。


「また明日。」


「うん、また明日ね」


そういって手を振りながら彼女を見送った。


人との約束、二回目だ、やはり不思議な感覚が走り抜ける。



手袋越しの関係、

いまはまだこれで良い、と安心する僕もいた。

でも、彼女に触れたい、と思う僕もいた。


自分はどーしようもないなと笑った。


あ、裏山、使えないんだった。。

新しい場所探さなきゃなぁ。。。。

明日もあるし。


そう言って、僕はゆくあてもなく闇にとけこんだ。






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