第4話 リボルト#01 地獄の中の天国 Part1 出迎えバス

【アバン】


秀和「親父のやつ、急に俺をわけのわからねえとこに転学させやがって……なんて勝手な親だ! でもまあ、大人には逆らえねーし、こうなってしまった以上は行くしかねえだろうな……でも何だろう、この胸騒ぎは……何やらヤバそうなことになりそうだ……ああん? フラグ? なにそれおいしいのか?」

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リボルト#01 地獄の中の天国

Heaven in hell


 9月1日、朝8時。まだ残暑が続いているせいか、今日の太陽はやけに眩しくて、空気もが焦げそうだ。いつもなら、俺は既に歯磨きや朝ご飯などを済ませて、学校に行く所だったが、今俺は親父と二人っきりで、バス停に立ち止まっている。

 俺の左手に水を吸ったスポンジのような大きい水色とオレンジ色のスポーツバッグを持ち、背中にパンクしそうなリュックを背負っている。そして親父は、およそトラックの半分ぐらいもある、馬鹿でかい銀色のスーツケースを持っている。

 ああ、恥ずかしい。砂場で使うスコップでもいいから、穴を掘らせてくれ。学校に行くだけなのに、何で親父が一緒に来なければならないんだよ。まるで過保護されてるように見えるじゃないか。


「あの学校は全寮制ということで、しばらく会えなくなるな。私のことが恋しくなったら、遠慮せずにいつでも電話をかけてくれ」

 ああ、そういえばそうだったな。だから親父はわざわざここに来て、俺との離別を果たすのか。まあ、別に親父と離れたって、悲しくなんかねーよ。むしろうるさい親父の説教を聞かずに済むし、清々するぜ。

「学校に着いたら、まず寮に行って鍵をもらって、荷物を置いておけ。そのあとは支度をして、クラスメイトたちに挨拶をすることだ。それから……」

 さすが親父、こんな時でも御託を並べている。俺はもう歴とした高校生なんだぜ、そんなことを言われなくたって分かるんだよ。


「はいはい、分かってるって」 

 俺は親父の言っていることを聞いた振りをして、上の空で頷いて聞き流す。

「……やはり聞く気はないんだな。まあ、お前はいつもそうだからな」

「分かってるなら、ぺらぺら喋らなくてもいいのに」

「やはり、お前には敵わんな」

 親父はそう言って、また溜息を付いた。そんなに自分の言うことに従わせたいのかよ、親父は。まあ、どうせ無駄なことだけどな。

 こんな気まずい空気の中で、まるでタイミングを見計らったかのように、バスがやってきた。しかし、そのバスを目にした瞬間、俺は自分の目を疑った。


 まずはそのデカさ。送迎バスにしてはかなり大きすぎて、もはやツアーバスと呼んでもおかしくない。

 次はその色。学校の送迎バスとは思えない派手さ。所々にポップな色やデザインが施されていて、アメリカの路地裏の壁にある落書きを思い出す。

 そしてその音。音といっても、宣伝用の音響ではなく、タイヤが地面に軋む音だ。その音は、ぎしぎしと響いている普通の摩擦音とは違い、力のある男性がよいしょよいしょと叫んでいるような音だ。この車は、まるで「俺は生きてるぞー!」とアピールしているようだ。

 これはヘブンインヘルの実力か。インパクトがありすぎだぜ。


「随分と熱烈な出迎えだな、秀和」

「ああ……そう、だな……」

 俺は親父の意見を一切聞かない主義だが、これだけは同意せざるを得ない。

 バスは徐々にこっちに近付いてきて、バス停に着いたとたん、すぐに静止した。

 ……おかしいだろう。さっきまでスピードがフォーミュラレーシングカーとほぼ同じだったはずなのに、何で慣性を無視して急に止まるんだよ!

 しかし俺の考える間もなく、ドアが開いた。

 自動ドアか。ハイテクだな。

 そして薄暗い車内から、一人が降りてくる。灰色の車掌の制服を身に包んでいる四、五十代ぐらいのオッサンだ。帽子がかなり下がっていて、目付きがよく見えない。あんな格好じゃ、ちゃんと運転できるかどうか心配だ。


 しかしなんだ、これは。この人といい、薄暗い車の中といい、バスの外部の雰囲気とはまったく違う。ますます理解に苦しむぜ。まさか型破りに拘る俺より、発想の斜め上を行く人がいるとはな。一時美人のバスガイドが出迎えてくれると思った自分がバカだったぜ、ははっ。

 車掌の格好をしている人は、俺のところに歩いてきて、ぺこりとお辞儀をして、俺に挨拶する。


「あなたが、狛幸秀和さんですね」

「お、おう」

 あんなに渋い人なのに、言葉遣いは意外と丁寧で、少し驚いた。俺はどう対応すればいいか分からなくて、ロボットのようにぎごちなく返答した。

「大変お待たせ致しました。バスのご用意が出来ましたので、どうぞお乗りください。お荷物はこちらがお詰め致します」

「は、はぁ」

 またしても言い淀んでしまった俺。一体どうしたんだろう、いつもの自分らしくないな。

 車掌のほうを見やると、親父が持っている、両手で押してもなかなか動かない馬鹿でかいスーツケースを、車掌が難なく片手で持ち上げ、自分の肩に乗せている。

 その凄まじい姿を見て、思わず度肝を抜かれた。あそこの学校は、そんなにエリートが輩出してるとこなのか。ただの学校のスタッフと思いきや、まさかそんな凄まじい力の持ち主とは……


「狛幸さん、お荷物のご準備が整いました。どうぞお乗りください」

 車掌が再びお辞儀をした後、手のひらを開いて車の扉に向ける。

 とうとう来たか、この時。まあ、さっさと乗ってやろうじぇねえの。そう考えて、俺は迷いもなく前に進む。


「秀和」

 バスに乗る前に、親父が俺を呼び止める。

「ん? なんだよ」

 名前を呼ばれて、俺は条件反射で親父のほうに見返る。

「立派な男に……なってくるんだぞ」

 くっ、よりによってこんな時に、こんなカッコいい台詞を言いやがって。これじゃ怒りたくても怒れねえじゃねえか。

「わーったよ。言われなくたってそうするぜ」

 ってか、あんな学校に入学するだけで立派な男になれるなんて、大袈裟すぎだろう。親バカにもほどがあるぜ。俺なんかを心配するより、お袋の行方を探してこいよ。


「そうだ、これも渡しておこう」

 そう言うと、親父はポケットから腕時計を取り出し、俺に手渡す。

「なんだこれは? 餞別せんべつでもくれるのか?」

「まあ、そんなところだ。お前が新しい学園生活を送れるよう、ちょっとしたプレゼントだ」

「おいおい、マジかよ。普段はろくに誕生日プレゼントを買ってくれたこともないのによ」

「だから、その罪滅ぼしに、な? どうだ、気に入ったか?」

 俺は親父から渡された腕時計を、まじまじと見る。白いベルトに赤い盤面ばんめん、どこか近未来的な雰囲気を感じさせる。


「ああ、割と好きだぜ、こういうデザイン。それにしても、まさか親父が俺の好みを知ってるとはな」

「まあ、これでも一応、お前の父だからな」

「はっ、それもそうか……それじゃ行くぜ。俺がいないから寂しいだろうと思うけど、ほかの女をたぶらかすんじゃねえぞ、親父」

「はっはっは、私はそんなことをするとでも思うのか。相変わらず心配性だな、お前は」

 親父は何故か急に豪快な笑い声を放ち、俺の頭を無造作に撫でる。


「うっせー、誰のせいだと思ってんだよ。あと頭を撫でるの止めてくれよ。もう子供じゃねーし」

「はっはっは、お前はいつまでも私の子供なのだよ」

「まあ、年齢の差だけは不可抗力か」

「そうだな。とっ、お喋りはここまでだ。運転手さんを待たせるわけにはいかないからな」

「へいへい、分かったよ。そんじゃ行ってくるぜ……戻ってくるのは二年後だけどな」

「あそこで友達でも作れば、二年なんて一瞬で終わるさ」

「どうした親父。今日はやけにお喋りじゃねえか」

「そうだな。いつもなら3分も続かなかったのにな」

「やはり俺がいないと寂しいか?」

「そういうお前こそ。はっはっはっは……」

「あはははは……」

 珍しく笑い合う俺と親父。そしてこの和む光景は、普段なら絶対に想像できないのに。やはり別れって悲しいものだな。


「おっと、そろそろ時間だ。早くバスに乗るのだ」

「おう、じゃ、行ってくるぜ!」

 俺は全ての雑念を払い、軽やかなステップでバスに乗り込む。もしかして、これも親父の目的ねらいだったのかもしれない。


「ご用意はできましたか、狛幸さん?」

「ああ、いつでもオッケーだぜ!」

 そうだ。今の俺には何の心配も要らない。いい方向に考えるんだ、俺。今の学校もいいけど、あそこは今のとこよりもっといいかもしれない。そして俺はモテモテになって、女の子が俺の周りに寄ってくる……なんちゃってな。


「それでは、発車致します。これから急加速がございますので、シートベルトを着用してください」

 車掌は言うがはやいか、鍵を回して、アクセルを踏む。するとエンジンの興奮する発動音は、車内に轟く。俺の心臓の音がそれと共鳴して、耳元に伝わってくる。ドキドキが止まらないぜ、まったく。

 それにしても、このバスはやけに静かだな。周囲を見渡すと、ここにいるのが、俺と車掌二人しかいないことが分かった。まあ、俺は転校生だし、学生みんなは学校で住むし、別におかしいことはないよな。

 それにしても改めて考えると、こんな高級なバスでたった一人の転校生を迎えに来るなんて、贅沢な話だな。

 あ、そういえばシートベルトを付けるんだっけ。さっさと付けようっと。

 

「ドーーン! バッカーーン!」

 シャッキという接着したシートベルトの留め金が音を発した瞬間に、バックミラーから見えた車掌の目が急に猫の目のように光り、バスのスピードが急に大きな爆発音と共に上昇していく。俺は慣性の作用で、体を前に乗り出さずにいられない。まるでジェットコースターに乗った気分だ。

 しばらくすると、やっとスピードが落ち着いてきて、背中が席にもたれるようになった。しかし俺が目にした景色が、再び俺の神経を引き締める。


 窓の外には、いつもの街並みがない。スピードが早いから、空を飛んでいるじゃないかとでも思っていたが、事実は違った。そこにはカラフルな空間になっていて、建物も空もない場所だ。あえて言葉で表現するとしたら、タイムスリップしている時に時空の歪みみたいな感じか。昔のSF系アニメでよくあるシーンだ。

「すげえ! 一体どうなってんだよ、こりゃ!」

 何の変化もない日常生活で生きてきたからか、いきなりこんな非現実な光景が目の前に現れて、興奮が止まらない。

「お驚きですかね? ただ今バスは時空の隧道ディメンション・トンネルを通り抜けております。普段では5時間をかけなければたどり着かないヘブンインヘル私立学校でも、なんと10分間で到着できます」

「マジかよ! 凄すぎるだろう、これ!」

 車掌の言葉を聞いて、更に興奮が高まる。ヘブンインヘル私立学校がこんなすんげー設備を持っていれば、校舎自体もかなりすげえだろう。

 やっべー、ますます楽しくなってきたぜ! 親父、あの時にお前の意見を反対してた俺は本当にバカだったぜ。すまねえすまねえ。


「クックック……」

 まるで俺の期待を嘲笑うように、急に不気味な笑い声を出す車掌。これから青春コメディになっていくはずの物語は、一気にホラーの霧に包まれてしまう。

「な、何だ? 何がおかしいんだよ?」

 疑問を抱いた俺は、すぐ質問を口走ってしまう。

「クックック、それはその時の楽しみだ」

 何故か急に敬語を使わなくなった車掌。一体その言葉にこめられている意味はなんなんだ?

「ほら、もうすぐ着くぞ。飛ばされないようにちゃんと掴んでろよ」

 車掌がそれを言うなり、時空の隧道が急に光り出した。夜に寝ている時に蚊に起こされたり、トイレに行きたくなったりする時に、電気を付けるような眩しさだ。

 一方バスのスピードが一旦下がっていき、そして再び加速する。やはりバスというよりジェットコースターだ、この乗り物は。いつか絶対に分解して、研究してやるぞ。


 俺は時空の残骸にならまいと、体勢を低くして、座席の取っ手を強く掴む。ちなみに俺は外の景色をよく見えるようにしたかったから、窓側の席に座っているけど、今はこの激しい衝撃で飛ばされないかと緊張している。隣の席に移動したいが、この震度7に近い揺れのせいで身動きが取れない。生まれてから震度3以下の地震しか体験したことがない俺にとって、少しキツいかもしれない。

 でもなんだろう、この興奮感。まるで全身のアドレナリンが踊っているようだ。そのため、俺の体温がサウナに入っている時のように急上昇して、汗も出てきそうだ。

 一連の不規則な運動が終わったあと、バスの動きがやっと安定してきた。そして眩しすぎる白い光線も柔らかくなっていき、目が開けられるようになる。

 しかし目を開けた途端、先程の期待が不安になって、俺の表情が重くなる。


 窓の外の景色は、俺が思っていた賑やかな街並みではなく、何の生気もない不毛の荒野だ。周りにあるのは、葉っぱの生えていない枯れ木だらけ。ホラー映画を彷彿させるような不気味な雰囲気がぷんぷんしている。

「おい、ここはどこだ?」

 車掌が場所を間違えているのではないかと思い、俺は問いかける。

「どこって、ヘブンインヘル私立学校の校外だが」

 車掌は当たり前のように返答する。俺の質問がよほどおかしいと思っているのか、その口振りに疑問が交わっているように聞こえる。

「いやいやいや、なんで学校はこんなおっかない場所にあるんだ! もっとこう、森や海とか、キレイな場所だろうが!」

「これだから若造は困るな……そんな安定した環境じゃ、サバイバル精神が湧かないだろう?」

「え? どういう意味だ?」

「まあ、今に分かるさ」

 車掌はまたしてもお茶を濁して、俺の質問をはぐらかした。謎がますます深まっていく。これ以上何も聞き出せないと見切って、俺は黙るしかできなかった。


 バスが死の森を抜けると、とてつもなく大きな建物が荒野の真ん中にそそり立つ。あれは例の学校だろうか。

 校門はバスの到来と共に、徐々に開いていく。バスは減速もせず、そのまま真っ直ぐに突っ込む。

 しかし、バスが校門を通り過ぎた瞬間、俺はまた目を丸くして驚いた。

 学校の内部は、まるでアトラクションのようにキレイに施工されている。コーヒー色のがれきで出来ている橋の下に、青く澄んでいる池が流れている。

 左側に塔のような高い建物がある。でもよく見ると、それは塔ではなく、ショッピングモールだ。カラフルなイルミネーションとファッションが飾られているマネキンがたくさん並んでいて、絵のように店を彩っている。その道の近くにある住宅街のような場所に、たくさんのビルが並んでいる。そして奥には三階建ての、寮らしき建物がある。


 目的地に近付くバスは、少しずつスピードを下げていく。先程の超スピードに慣れた俺は、急の安定に違和感すら覚える。

 しかしその前に、たくさんの大きな疑問が脳裏に浮かぶ。ここは学園にしては、ずいぶん大きすぎる。いや、それだけじゃない。この楽園のような豪華な雰囲気、どこからどう見ても学園とは思えない。本当に、ここは学園と言ってもいいのだろうか。そして、学園の外にあるあの荒野は、一体なんなんだ……?


「おい、もう着いたぞ。いつまでもたもたしているんだ」

 突然に響く車掌のドスの利いた恐ろしい声が、俺の神経を引き締める。びっくりした俺の体が跳ね上がり、考えていることをすっかり忘れてしまった。

「は、はいいいい!!!」

 緊張したため、俺は自分の声かさえ分からない裏声を発し、早くバスから出ようと席をはずす。車に積んであった重すぎる荷物も、何故か自力で運べた。火事場の馬鹿力ってやつか。


 おぼつかない動きで、俺は何とかバスから降りることができた。落ち着いて深呼吸したら、今度は筋肉痛が両腕に襲う。まあ、何キロもある荷物を一気に運んだんだ、無理もないだろう。

 そして好奇心で振り返ってみたら、バスはもうそこにはなかった。エンジンの音も出さずに。


「一体どうなってんだ、この学校は……?」

 絶え間なく起きた一連の怪奇な出来事で、俺の思考回路を攪乱する。フィクションでしか起こるはずのないことが、今自分の目の前で確実に起きている。興奮の同時に、不安も混ざっている。

 ……でも、考えても仕方ないか。まずは寮に入って荷物を置いとこう。

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秀和「この後ヒロインが出るぞ! 気をつけろぉ!」

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