第6話 Double walker

 “大きい甕には五リットル、小さい甕には三リットルの水が入る。二つの甕を上手く使って、大きい甕に水を四リットル入れて台座の上に置くこと。”

 私達の前にそう書かれたプレートがあり、台座の前に大小二つの甕、脇に水の満たされた小さなため池がある。台座の奥に扉が見える。扉は閉ざされ、この問題を解かなければ先には進めない。

 参ったな、私は数を数えるのが苦手なんだ。ネイティブフレンズの適性試験でも、抽象的思考力に難あり、と書かれていたし。こういう類の頭を使う問題は上手く解けそうにない。…智也ならすぐに解けるんだろうな。

 そもそもの発端は彼を誘って立入禁止区域に入った事からだ。ジャパリポリスにも謎は多い。噂話や都市伝説の類だが、漫画家という職業柄その手の話には興味をそそられる。

 アミメ君と彼女の祖母が解決したという事件の現場を訪れたり、アリツさんといわくつきの物件や心霊スポットを巡ったりもした。散歩の途中で怪しげな雰囲気の場所を見つけると、ついそちらへ足が動いてしまう。動物だった頃の本能なのだろうか、危険かもしれないと思っても好奇心を抑えきれない。

 彼と共に足を踏み入れたのは建設予定だった地下高速道路だ。ポリス間を直接繋ぐ為に造られる筈だったが、何故か工事は中断され今に至るまで放置されている。その理由は定かではない。

「しかし、よくこんな場所見つけられるな。君より長く住んでる筈だが、こんな所知らないぞ。」

 入口に張りめぐらされたテープを大きな図体を屈めてなんとかくぐり抜けた彼が言う。

「我ながらこういった所には鼻が効くんだ。君も作家なら、もう少し好奇心を大事にした方が良いんじゃないかな。」

「俺は文字が読めるからな。」

「私だって立入禁止ぐらい読めるよ。」

「文字が読めても意味が理解出来てるかどうかな。ネイティブのオオカミさんには。」

「…私が獣だったから遵法意識が低いと言いたいのかい?」

「皮肉を返しただけだよ。気に触る言い方して悪かった。」

 幾らか神妙な声音で彼が告げる。

「気にしていないさ。動物だったのは事実だし。」

 そう、以前の私なら気にしていただろうが、今は平気だ。あの保護区での一件で幾分胸のつかえが取れたようだ。

「でもまあ、私は数字には弱くてね。スケジュールの管理だとか細かい事はアリツさん任せなんだ。」

「じゃあ一人で店の会計なんかはどうするんだ?」

「カードで、ってそれ位なら計算出来るよ。」

「ふうん。なら、198ジャポネのおにぎりを5個買ったら合計は?」

「ん、私はおにぎりを5個も食べないよ。」

「じゃあ3個なら?」

「……594ジャポネ。」

「396×22は?」

「……ちょっと待ってくれ。そんな数字どこから出て来るんだ?」

「別に、簡単な計算だろ。」

「君は答えが分かっているんだろうな。」

「8712」

 ほとんど間を置かずに答えた。くそ、これはさすがに気に触ったぞ。彼の方を向くとどこか得意げな表情だ。まるで自分は森羅万象の頂点に立っているとでも言いたげだ。

「今度は俺が答える番かな。」

「きゅ、999×99」

 どうだ、簡単には答えられないだろう。

「98901」

 そんな、いとも容易く。

「君、当てずっぽうに答えてるんじゃないだろうな。」

「オオカミさんこそ、正解が分かってるんだろうね。」

 ぐっ、悔しいが言い返せない。

「前言撤回だ。君やっぱり私を馬鹿にしているだろう。」

「拗ねるなよ、オオカミさん。綺麗な顔が台無しだ。」

 私は彼に背を向け足早に進む。我ながら大人気ないとは思うが、少なからずプライドが傷付いた。自分で言うのもなんだが私は繊細なんだ、落ち着く為にも時間が必要だ。彼と距離を取り暗い道を歩く。

「ぼんやりしてどうしたの、答えは分かったのかしら?」

 背後からかけられた言葉で私は現実に引き戻された。振り向くと私によく似たオオカミのフレンズが立っている。その瞳が紅く煌めいた。

「ふん、馬鹿にするな。これくらい。」

 私は小さい甕に水を満たし、それを大きい甕に入れる。これで三リットル。

「それでどうするの?」

「あとは四リットル丁度になるまで水を入れていけばいいんだ。」

 言いながら甕を台座に置き、小さい甕を手に取ろうとした時。

 ブー!ブザーの音が響く。

「駄目みたいね。」

 クスクス笑いながらオオカミが告げる。

「四リットル丁度入れてから置かなければ。ズルせずにちゃんと考えなければいけないようね。」

 構わずに小さい甕を使い大きい甕に水を入れていく。しかし何の反応も示さない。

 悔しいが奴の言う通りらしい。

「もう降参かしら?」

 カチンときた、私は奴を睨みつける。だが、相手は口元にうっすら笑みを浮かべて佇んでいる。私は大きく息を吐く。冷静になろう。いつもの私らしくない、彼ならそう言うはずだ。

「なら、君のお手並みを拝見しようじゃないか。」

「いいわよ。でも水を汲むのは貴女がやってね。」

 そう言って右腕を上げて見せる。嫌味な奴だ。私は軽く鼻を鳴らして頷いてみせる。

「それでどうするんだ?」

「まず、大きい甕で水を汲んで。そしたら小さい甕にその水を入れるの。」

 言われた通りにする。

「小さい甕の水を捨てて、もう一度大きい甕の水を入れて。」

「…それで?」

「これで小さい甕には二リットルの水が入っている。言い換えるとあと一リットルだけ水が入るわ。」

 なるほど、そういう事か。得心がいった顔の私に奴が笑い返してきた。

 私は無言で水を汲み、小さい甕に水を注ぐ。これで四リットル丁度だ。甕を台座の上に置く。

 ピンポーン!聞き慣れたチャイム音が鳴り響き、扉が開いた。



 ヒトとフレンズが共に生きる街ジャパリポリス

 無数の出会いと別れが交錯し

 数多の笑顔と涙が生まれるこの街で

 人々は生きていく未来へと繋がる今日を



 地下高速道路を足早に進む私の後ろから智也が駆けてくる。

「待ってくれ、オオカミ!独りで先に行くな。」

 どうやら思ったより速足になっていたようだ。私は立ち止まり彼の方を向く。

「からかって悪かった。もう機嫌を直してくれ。」

「私の方も大人気なかった。仲直りしよう。」

 私が笑顔で答えると彼も安堵したように笑顔を見せた。

 再び彼と並んで歩く。私達の足音が暗闇に吸い込まれていく。

「片側だけで五車線はあるぞ。これだけの規模、どうして中止したんだろう?」

「噂は幾つかあるけれど、もっともらしいのはセルリアンが出現した為だという説かな。」

「セルリアン…、ポリスは結界で覆われているが地下までは及んでいない、そう考えれば有り得ない話でもないか。」

「街に出没する奴らも地下から来ているという噂もあるからね。」

 彼が立ち止まる。

「ちょっと待ってくれ。じゃあ、セルリアンが襲って来る可能性も有る訳か。」

「そう思ったから、今まではさすがに一人で奥まで入ろうとはしなかったんだ。」

「俺を誘ったのは?」

「君なら良い囮になりそうだと踏んだからだよ。」

 悪戯っぽい笑みを浮かべ私は告げる。

「傷付くなあ、オオカミさんにとって俺はその程度の男なのか。」

 言葉とはうらはらに軽い調子で呟くと彼はまた歩き出す。

「冗談冗談。君も大切な友達だし、相棒として頼りにしてるからだよ。」

 彼と二人なら負ける気がしない、本当にそう思えてくるから不思議だ。何だか良い気分だ、どんな暗闇でも進んで行けそうだ。

 そんな私の前に深い闇が口を開けていた。道路が途切れている。持っていたライトで前方を照らすと、かなり先の方に道路が続いているのが見えた。大きな亀裂によって道路が分断されているんだ。

「崩落したのか、なんだいこりゃ?」

 私はライトで穴の中を照らしてみた。

「深いな、底の方はよく見えないぞ。」

「何だっけ、モクシロク?だったかに、こんなのが出てきたような。」

 後ろから覗き込む彼の呟きを聞きながら、亀裂の縁に近付いて真下を照らす。

 何だ!?今一瞬だが人影が、フレンズ?

 私は前に体を乗り出すと、深く暗い闇の奥に目を凝らす。

 突然腕を掴まれ後ろに引っ張られる。驚いて振り向くと…

「タイリクオオカミ!深淵を覗き込むな。闇に飲まれるぞ。」

 いつになく真剣な表情で彼が言う。掴まれた腕が痛い。

「あ、ああ、済まない。」

 掴まれた腕に目をやると、ハッとした顔で彼は手を離した。

「ごめん、急に掴んだりして。オオカミさんが穴に落ちそうに思えて。」

「そうか…、心配させて済まない。穴の中にフレンズが見えたんだ。それでつい…」

「おいおい冗談はよしてくれ、こんな所にフレンズが居るもんか。」

「………」

 いや、あれはフレンズだった。見間違いだとは思えない。

「やめてくれよ、背筋が寒くなってきたぞ。」

「…そうだな。分かった、探険ごっこはお終いにしよう。これ以上は進めそうにないし。」

 彼がホッとした表情を見せた。

「ふふ、でかい図体のわりに君は結構怖がりなんだな。」

 すると彼はムッとした顔で背を向け、無言で駆け出す。ちょっと呆気にとられたが、後を追いかける。程なく追い付いた。

「追いかけっこで私にかなうと思ったのかい?」

 そのまま追い抜いて先に行くと彼が叫んだ。

「待ってくれよ!置き去りにするつもりか?」

 速度を緩め彼と並んで走る。

「本気になるなよ、大人気ないな。」

「先に走り出したのは君だろ。私を置き去りにしようとするからだよ。」

 私と彼は並んで走り続ける。何だろう、こうして誰かと一緒に走るのも悪くない。実に楽しい。この時の私はそう思っていた。

 だが、現在の私はそんな風に感じる余裕など無かった。オオカミのフレンズと並んで走る。私達の後ろから施設の一部である巨大な歯車が壁や天井を壊しながら転がって来る。何だってこんな事に。

「これもアトラクションの一部なのか!?いくらなんでも過激すぎるだろ!」

「そんな訳ないでしょう!この施設はもうガタがきているのよ!」

 前に扉が見える。しかし、取っ手のような物は付いていない。押してみてもびくともしない。

「どうなってるんだ、開かないぞ!」

 両拳で扉を叩く。頑丈に出来ている、私の力では壊すのは無理か。

「ねえ、これ見て!取っ手が付いてる!」

 声の方を見ると、丸い柱の前に奴が立っている。取っ手が付いていて、上には何かのフレンズの像が乗っている。振り返るともう一本の柱があった。取っ手を掴み動かしてみると柱が回転する。

「これが扉の鍵なんじゃないかしら!」

 回転する柱。フレンズの像。扉の鍵。

「柱を回せ!上の像を向かい合わせにするんだ!」

 叫びながら柱を回転させる。二つの像が向かい合った瞬間、チャイムの音がして扉が開いていく。背後から歯車が迫る。開ききる前に私達は扉の隙間に体を滑り込ませた。振り向くと開いた扉の向こうに歯車が近付いて来るのが見える。扉が閉じていく。間に合うのか?いや、この扉が耐えられるのか?

「先に行くぞ!」

「分かってるわ!でも見て!」

 オオカミが指差す先には台座があり、その奥に扉がある。

「くそっ!こんな時にまたクイズか!」

 とにかく奥の扉まで走る。扉の前に着いたと同時に轟音が響き、部屋が揺れる。耳鳴りがする。こういう時はフレンズの耳の良さを呪いたくなる。

 後ろを向くと入口の扉は閉じている。歯車との衝突に耐えられたようだ。思わずため息をついたのも束の間、周りの壁にひびが入り、天井からパラパラと建材の細かい破片が降ってくる。

「どうやら安心するのはまだ早いらしい。さっさとここから出よう。」

 さて、とは言うもののまたクイズを解かなければ。改めて台座を見る。何やら円錐形のオブジェと二本の柱がある。

 “重ねられた円盤を別の柱へ全て移すこと。動かせる円盤は一度に一枚だけ。大きい円盤を小さい円盤の上に置いてはいけない。”

 扉の上のプレートにはそう書かれている。円錐形のオブジェに見えたのは円盤が重なっていたのか。これならどうにか解けそうだ。台座の上の円盤に手を伸ばそうとした時…

「危ない!」

 咄嗟に跳び退いた私の前に天井から大きな破片が落ちてきた。

「…一応、礼は言っておくよ。」

「どういたしまして。それよりも早く、ここも崩れそうよ。」

「分かってる。」

 円盤に手を伸ばす。

「31回よ。」

「?」

「n個の円盤を別の柱へ移す最短の手数は、“2のn乗マイナス1”だから、この場合は31回だわ。」

「丁寧な解説、痛み入るね。」

 言っている間にも天井から破片が落ちてくる。これ以上ぐずぐずしていられない。

 私は1番目の円盤を別の柱へ移す。次に2番目の円盤をもう一方の柱へ、1番目を2番目の上に移し、3番目の円盤を別の柱へ。1番目を4番目の上に、2番目を3番目の上に、そして1番目を2番目の上に移す。これでまずは3個、あとは同じ要領で…

「焦らずにゆっくり急いで!」

「………出来た!」

 一呼吸置いてチャイムの音が鳴り、扉が横にスライドして開く。…と思ったら、扉は途中で止まってしまった。駄目だ、この幅では通れない。

 オオカミが左手で片方の扉を引っ張る。私も両手でもう片方の扉を引っ張った。扉が少しずつ開いていく。

「もう少しだ!」

 人一人分の幅が出来た。

「よし行け!早く!」

 オオカミの背を押すようにして私は扉を通り抜ける。背後では天井が崩れ落ちる音がする。間一髪だ!私達はそのまま通路を駆けていく。



 地下高速道路を出た私達に向かって詰問するような声が掛けられた。

「あなた達、ここで何をしているの!ここは立入禁止よ!」

 瓶底眼鏡をかけた銀髪のフレンズが立っている。紺のジャケットに黒いスカートとタイツ、首元には黒い蝶ネクタイのようなものを巻き付けている。

「開発管理省調査部所属のギンギツネよ。あなた達は?獣民証を見せなさい!」

 携帯端末の身分証明画像を見せながら彼女が言う。

「君にそんな権限は無いだろう。行こう、オオカミ。」

「待ちなさい!フレンズ型セルリアンによる事件が多発しているのよ。獣民証を提示しなさい。通報するわよ。」

「相変わらず頭が固いな。それと眼鏡のセンスも悪いままだ。」

 うんざりだ、という風にため息混じりで智也が答える。何だ、この二人知り合いなのか?眼鏡に関しては同感だが。

「…貴方も子供じみた所は変わらないわね。まだ大人の自覚が無いの?」

 二人の間に険悪な空気が流れ始める。堪らず私は口を開く。

「待ってくれ。私が彼を誘ったんだ。ちょっとした出来心で。ほら、獣民証だ。今日のところは見逃してくれないか。」

 私の身分証明画像を一瞥したギンギツネが一瞬驚いたように息をついた。

「貴女、もしかして漫画家の…」

 言いかけて彼女はわざとらしい咳払いをする。

「良いでしょう、今日のところは大目に見ます。今後は気を付けるように。」

 澄ました態度で告げる彼女を見て、智也が鼻を鳴らす。

「君のそういう所が…」

「智也!」

 私は彼の腕を掴んで引っ張る。せっかく丸く収まったのに、蒸し返さないでくれ。彼女の言った事にも一理あるぞ。

 帰りの車中、私も彼も無言だった。不意に彼が口ずさむ。

「静けき夜巷は眠る、この家に我が恋人は、かつて住み居たりし。」

「それは詩かい?」

「ああ、ハイネという人間の詩だ。題名は…」

 彼が教えてくれた詩を私は再び耳にする。崩落の収まった通路を足早に歩きながら。

「かのひとはこのまちすでにさりませど、そがいえはいまもここにのこりたり。」

「どうしてお前がその詩を知っているんだ?」

 答えずに私によく似たフレンズは続ける。

「ひとりのおとこそこにたちたかきをみやり、てはおおいなるくのうとたたかうとみゆ。」

 オオカミのフレンズは紅い瞳を私に向ける。その表情はまるでお話の続きをせがむ子供のように私には見えた。

「その姿見て、我が心慄きたり。月影の照らすは、我が己の姿。」

 自然と口ずさんでいた。

「汝、我が分身よ、青ざめし男よ。などて汝去りし日の、幾夜をここに悩み過ごせし、我が悩みまねびかえすや。」

 言い終えるとオオカミの拍手が響く。

「フフ、貴女も知っていたのね。」

「さっきの質問に答えてくれないかな。」

「分かっているんでしょ?それより貴女は?貴女の事を聞かせてくれないかしら。」

「どうして私が、お前に身の上話をする必要があるんだ?」

「知りたいからよ。貴女の口から聞きたいの。私自身の記憶として。」

「自身の記憶として?」

「私の記憶は他の誰かのコピーでしかないわ。私の姿も。私は写し身、ドッペルゲンガーよ。」

 ドッペルゲンガー、それがあの詩のタイトル。もう一人の自分。彼は別れた恋人への未練が自分の似姿として現れたと解説してくれた。

「だから知りたいの。貴女の事を、貴女の言葉で。貴女、ここへは一人で来たんじゃないでしょう。友達?それとも恋人かしら?」

「彼とは…、お前には関係無いだろう。」

「ヒトは詩に想いを乗せる。でも私にはそれが分からない。私にとっては音の羅列でしかないわ。でも貴女は違う。」

「この詩の意味が知りたいのか?」

「貴女の気持ち。その人とはどんな関係?どう思っているの?」

「…友達だ。いや、相棒かな。」

 どうしてあの時、彼はあの詩を口ずさんだのだろう。別れた恋人。あのギンギツネが?二人の関係が気になって仕方がない。どうしてだろう、胸がぞわぞわする。

「貴女も私と似ているわね。」

「見た目はオオカミだからな。だが私はフレンズだ、紛い物のお前とは違う」

「そうじゃない、上手く言えないけど。私はここでずっと独りだった。外へ出たいの。貴女は違うの?」

「出たいに決まっているだろう。何が言いたいんだ。」

 そう問いかけてもオオカミには言葉が見つからないようだ。自分の気持ちを表現出来ない、それがもどかしい、そんな表情をしている。

「私が他人に心を閉ざしている、そう言いたいのか?」

 何故かそんな言葉が口をついて出た。

「そうかもね、心って、よく分からないけど。本当はその人ともっと素直に話したいんじゃない。」

「余計なお世話よ!」

 うっかり素の口調が出てしまった。何だ、心の底を見透かされたようだ。こんな奴に。

「あら残念、もっとお喋りしたかったのに。」

 やがて少し開けた場所に出た。前に扉がある。台座が二つ。ハンマーが乗っている。また何かの仕掛けか。左右の床が壁に向かって傾斜している。

 私とオオカミがハンマーを手に取ると、前方の床が開き下から積み上げられたブロックが出て来る。一番上のブロックには耳が付いていて、目とおぼしき黒丸が描かれている。

「ケモノ落としか。」

「どうするの、これで崩せば良いのかしら?」

 オオカミが左手のハンマーを掲げてみせる。

「ちょっと待て。…そうだな、おそらく二人で同時に崩していく仕掛けなんだろう。」

 私は両手で、オオカミは左手でハンマーを構える。

「行くぞ、せーの!」

 タイミングを合わせてブロックを崩していく。一つ、二つ、三つ。私と奴の息はぴったりだ、ちょっと癪だが。四つ、あと一つだ。

 だがここで奴がハンマーを振り遅れた。一番上のケモブロックがずれたタイミングで台座に落ちる。ブザー音が鳴った。失敗だ。

「おい、ここから出たいんじゃなかったのか?今はお前が頼りなんだ、しっかりしてくれ。」

「ごめんなさい。…これ、やり直せないかしら。」

 崩したブロックは壁際の傾斜した床の底に転がっている。その床が開きブロックが落ちる。ケモブロックの乗った台座が床下に沈む。暫くして、再び開いた床から積み上がったブロックが出て来た。

「どうやら、再チャレンジ出来るようだ。今度は頼むぞ。」

「分かったわ。任せて!」

 私達は息を合わせてハンマーを振る。一、二、三、四、五!ケモブロックが同時に落ちる。チャイム音が鳴り、扉が開いた。

「今度は上手くいったわ。さあ、行きましょう。」

 そう言うオオカミの左手からハンマーがカランと床に落ちた。

「待て!お前…」

 私は奴を呼び止め、左手を掴むと強引に袖を捲り上げた。露わになった腕には所々にひびが入っている。

「バレちゃったわね。」

 オオカミは口元を緩めて軽く舌を出す。

「もうサンドスターが残ってないの。そう長くはないわね、この身体。」

「…お前は、ここを出たら。…私を、フレンズを襲うのか?」

「そうしなければ私は生きられない。フレンズから奪う事でしかサンドスターを取り込めないから。」

 紅い瞳が真っ直ぐに私を見つめ返してくる。

「貴女はどうするの?今ここで私を壊す?」

 私は言葉に詰まった。目の前にいるのはセルリアンだ。フレンズの敵。私から大切なものを奪った。奴らを破壊する事に躊躇いなど無い。その筈なのに。

「癪にさわるが、今はお前と私は運命共同体だ。これが出口か、まだ分からないからな。」

「そうね、一時休戦と言ったのは私の方だったものね。」

 私達は並んで扉に向かい足を進める。奇妙な道行きはまだ終わりそうにない。



 地下高速道路の探索から数日後、私と智也は彼の車で新たなミステリースポットを目指していた。

「しかし、君も懲りないな。また探険ごっこか?」

「それに付き合う君も同類だろ。作家としての好奇心がうずくのさ。」

「好奇心猫を殺すって知ってるかい?」

「知ってるけど、私はタイリクオオカミのフレンズだからね。」

 彼が半ば呆れたようなため息をもらす。

 車窓からは枯れた雑木林が見える。彼がハンドルを大きく切る。前方に倒木が転がって車線を塞いでいた。路面の状態が悪いのか、車がゴトゴトと揺れた。所々にひびが入り雑草が伸びている。

「酷いね、開発管理省は何やってんだか。…あれかな?」

 呟いた彼が車を減速させる。

 目当ての場所に着いた。旧開発地区の閉鎖されたテーマパーク。人が訪れなくなって随分と経つようだ。正門には蔓草がびっしりと生えている。

「ここから見ると、まるでお伽話に出て来るお城みたいだな。」

「君は結構ロマンティストなんだな。」

「知らないのか、オオカミさん。男は皆ロマンティストなんだぜ。」

「そうなのかい。メモしておこうかな。」

 彼が正門をよじ登る。私は軽く膝を屈めると一息に門を跳び越えた。遅れて彼が門を乗り越えてやって来る。

「さっきはああ言ったが、よく考えるとここは文化娯楽省の管轄だな。」

 私は辺りを見回す。舗装された地面は道路同様、ひび割れて雑草が生い茂っている。

「どちらにせよ、どうしてここまで放ったらかしなんだろう?」

「貴重な文化遺産、とでも思ってるのかね。全くお役所仕事なのは変わらないな。」

 話しながら二人並んで歩く。やがて建物の中に入る。何のアトラクションだろう、入口の扉の上に看板らしきプレートがあり文字が書かれているようだが…

「ダブル…、ウ…?よく読めないなあ。」

 そう言うと彼は扉に拳を叩きつける。

「かなり頑丈に出来てるな。まあ、ヒトだけじゃなくてフレンズも来るし、ネイティブのヘラジカなんかなら、壁をぶち壊して進みかねないからな。迷路とかさ。」

 冗談めかして言う彼に軽く笑い返すと、私は扉の脇の柱に目を留める。ヒトの手の形をしたレリーフがある。

「智也、ここに何か…」

「オオカミさん、こっちに…」

 私達は同時に顔を見合わせる。扉の左右の柱に同じレリーフ。彼が左手を前に出す。私も右手を前に出した。

「これが扉の鍵で。」

「ああ、二人で同時に押すんじゃないかな。」

「…せーの!」

「…せーの!」

 レリーフを押す。思った通りだ。扉が左右に開いた。私達は顔を見合わせて微笑んだ。

「さて、開いたはいいが、どうしたものかな。大分老朽化してるようだし…って、おい!」

 彼の叫び声に私は振り返った。

「どうした?早く行こう。」

「どうしたじゃなくて、そんな簡単に…」

 彼の言葉を遮るように扉が閉ざされた。

 咄嗟に扉を叩くが、無論びくともしない。しまった、まさかこんな事になるとは。車中での彼の言葉が頭に浮かんだ。今回ばかりは彼の言う事を聞いておくべきだったか。

 そうだ!服のポケットから携帯電話を取り出す。…駄目だ。繋がらない。孤立無援か。

 ふと気付いた。照明が点いている。こうなったら先に進むしかないか。意を決して前に見える扉を開ける。階段を下りて少し進むと小部屋に出た。正面に扉、上に天秤のレリーフ、扉の前に二つの台座がある。それに…

「何者だ、お前は?」

 私はゆっくりと振り向いた。

「鋭いわね。フフ、ようこそ。歓迎するわ。」

 紅い瞳を煌めかせたフレンズが微笑を浮かべながら近付いて来る。

「止まれ!それ以上近付くな!」

 私は右手に意識を集中させる。けものプラズムが蒼白い刃と化す。

「待って、貴女と戦うつもりは無いわ。だから…」

 目の前のフレンズが右手を突き出す。私は踏み込むと同時に右手を振り下ろす。けものプラズムで形成された刃、相手が本物のフレンズであれば何も問題はない。だが、セルリアンなら…

 切断され床に落ちた右手が砕け散る。

「待ってと言ってるでしょう!」

 右手を失ったフレンズ、いやセルリアンが蹴りを繰り出す。それを左肘で受けると一歩下がって間合いを取る。セルリアンは左手で右手首を押さえ、鋭い視線を向けてくる。

「人の話を聞きなさい!私を壊せば貴女ここから出られないわよ!」

 警戒しながらも私は構えを解く。

「どういう事だ?」

「フン、その扉は開かないのよ。頑丈だから壊せないし。多分仕掛けがあって、それを解かなければ先に進めないのよ。」

 仕掛け、入口の扉を開いた時のことが思い浮かんだ。この部屋の扉の上にもレリーフがあった。ここはそういうアトラクションなのかもしれない。

「理解出来たのなら、戦うのはやめて。一時休戦よ、ここを出るまでの間。」

 見た所こいつは私と同じオオカミのフレンズ、そのコピーのようだ。フレンズ型セルリアンは元になったフレンズの記憶や人格の影響を受けるから、こいつの言葉は信用出来なくはない。私達オオカミは仲間意識が強いからな。

 巷ではオオカミは嘘つきだとか狡賢いとか言われてるそうだが。全く心外だ。むしろ仲間を騙すのはヒトの方じゃないのか。…智也も私をそういう目で見ているんだろうか?

「いいだろう。ここを出るまでは協力しよう。妙な真似をすれば、即座に叩き斬るけどな。」

「もう斬られてるけど。」

 右手首を指差して言う。口の減らない奴だ。

「それで、どうやったら扉が開くんだ?お前は分かっているのか?」

「さあ?まずは自分で考えてみたら。脳まで筋肉のおバカさん。」

 舌打ちして部屋を見回す。大きさの違うブロックが幾つも転がっている。ふむ、これは…

 私は顎先に手を当ててしばし考えてみる。

「どう、分かった?それとももう降参する?」

 私は奴を一瞥して鼻を鳴らす。

「その台座に乗れ。くどいようだが、妙な真似はするなよ。」

「はいはい、了解しました、ボス。」

 奴は私の言った通りにする。口は悪いが協力するつもりは有るようだ。奴が乗った台座が沈み、もう一方の台座が浮き上がる。思った通りだ。

 私は大きいブロックを持ち上げる。それなりに重いな。まあ、ネイティブの私にはそうでもないが。それを浮き上がった台座に載せる。続けて大きめのブロックを載せていく。今度は奴が乗った台座が浮き上がる。

「私はそんなに重くないわよ。失礼ね。」

 腰に手を当てて奴がふくれっ面をしてみせる。全く口が減らないな。

 大きめのブロックを下ろし、幾つか適当なブロックを見繕って重さを調節する。

「ねえ、まだかしら?飽きてきたわ。」

「黙って乗っていろ。もうすぐだ。」

 そう言ってブロックを載せる。チャイムの音がして、扉がゆっくりと開いた。

「へえ、やるわね。おバカさん、と言った事は取り消すわ。この調子でよろしくね、パートナーさん。」

 奴が左手を差し出してくる。私は右手でその手を払うと扉に向かう。

「あら、つれないわね。」

 こうして私と奴との奇妙な道行きは始まった。



 私はセルリアンに手刀を叩き込む。黒い下位セルリアンは呆気なく砕け散る。だが、数が多い。壊れた壁からとめどなく溢れて来る。

「きりが無いわ。逃げた方がいいんじゃない。」

「お前の仲間だろ、どうにか出来ないのか!」

「無理よ!私が生んだんじゃないもの!」

 無造作に襲いかかって来ていたセルリアンの動きが止まった。何だ?

 セルリアン達が一箇所に集まる。互いに押し合いやがて一つの塊と化していく。

「融合するつもりよ!」

 オオカミが叫ぶ。黒い塊は風船のようにみるみる膨らみ、四つ脚の大型セルリアンとなった。こちらに向かって来る。動きは遅いがこの巨体だ、動くたびに床や壁が壊れ、天井が崩れていく。

「逃げましょう!もう駄目よ、ここも崩れるわ!」

「分かっている。だが、その前に!」

 私は左手で右手首を掴みサンドスターを集中させる。けものプラズムの刃が強い輝きを放つ。雄叫びと共に大型セルリアンの前脚に斬りかかる。左右の前脚が折れたセルリアンはバランスを崩し倒れる。これで何とか足止め出来ただろう。

「行くぞ!」

 呆気に取られた様子のオオカミを促すと、私達はその場を後にして走った。

 大きく開けた場所に辿り着いた。今までとは雰囲気が違う。正面に一回り大きな扉がある。扉の周りに植物の葉を象ったレリーフがある。あれはもしかして月桂樹か?すると恐らくこれが最後の扉。

「やったぞ!ここが終点だ!」

「でも変よ。妙に荒れてるみたいだし、仕掛けも無いわ。」

 言われてみればそうだ。胸騒ぎを覚え私は正面の扉の前に立つ。まさか?一つ息を吐くと両手で扉を押す。

「…駄目だ!開かない。くそ!」

「そんな、ここまで来て…」

 急に身体が重くなったように感じる。胸の奥に穴が空いたような感覚。絶望。と言うやつか…

 長い時間が過ぎたように感じた。だが、実際は五分と経っていないかもしれない。音がする。こちらに近付いて来る。微かに床が震える。悪い事には悪い事が重なるものだ。振り向くと通路の先、黒い塊が目に映った。無数の脚を蠢かせてセルリアンが迫って来る。その姿はまるで蜘蛛だ。

 項垂れていたオオカミがフラフラと歩みだす。

「おい!どうするつもりだ?」

「同化してみるわ。アレと。」

「同化?そうしたらどうなるんだ?」

「私のサンドスターを吸収して擬似フレンズ化するかも。私と同じ記憶と人格を持った。」

 オオカミは寂しげな笑みを浮かべる。

「でもそれは私のコピー。多分、私だけど私じゃない別人の私。フフ、おかしな言葉。」

「お前は…」

「その前にサンドスターが足りなくて、上手くいかないかも。その確率が高いわね。ごめんなさい。」

「…私のサンドスターを吸ったらどうなんだ。そうすれば生き延びられるだろう。何故そうしない?」

 一瞬驚いた顔を見せ、オオカミはクスクスと笑った。

「よしんばそう出来たとしても、またここで独りぼっちで過ごすんでしょう。…もう疲れちゃった。こんな事なら、フレンズになんてならなければ良かった。」

 オオカミは私を見つめて言う。

「貴女は?フレンズになって幸せ?」

 私は…。確かに、フレンズにならなければ。あんな悲しみを、苦しみを、この胸の不可解な気持ちも、知らずに済んだ。でも…

(初めまして、アリツカゲラです。アリツって気軽に呼んで下さいね。…うわー、素敵なお部屋ですね。今日からは一緒ですね。それじゃあ、これからよろしくお願いしますね。)

(これから先生の担当を務めるアミメキリンです。ふふふ、何を隠そう、私の祖母はあの名探偵アミメ・クリスティなんですよ!)

(よかったら中で話さないか、漫画家のワオンソン先生。…大丈夫だ!俺が傍についているよ。タイリクオオカミ。)

 私は微笑んで答える。

「最高だったさ。いままでも、これからも。」

 そうだ、胸を張って言える。大丈夫。

「明日はいつだって白紙なんだ!」

 私は足を踏み出す。まだだ、こんな所で私の物語を終わらせはしない。

「下がっていろ。行くぞ!」

 右手にけものプラズムを纏わせ、膝を屈めて構える。通路を崩し黒いセルリアンが部屋に入って来る。今だ!床を蹴って跳躍する。空中で身体を回転させセルリアンの頭上から斬りかかる。手応えがあった。セルリアンは真っ二つになる。

 だが、二つに分かれたセルリアンが脚で身体を支える。四つの脚が手足のように動き、二本足で立ち上がったそれは人型へと姿を変えた。

 一体が飛びかかって来る。速い!素早く身を翻して躱す。そこにもう一体が、変形し棘付き鉄球のようになった腕を振って攻撃してくる。これも跳躍して躱す。直後に轟音がする。部屋の壁が崩れたようだ。まずいな、長引くと部屋が持たない。

 一体の身体が波打つ。何だ?表面に棘が浮き出てきた。まずい!動くと同時に何本もの棘が飛んで来て背後の壁に突き刺さった。更にもう一体が腕を鞭のようにしならせ襲って来た。右手の刃で斬り払う。一瞬怯むように下がるが、すぐさま腕が再生する。

「後ろよ!」

 声と同時に跳ぶ。棘付き鉄球が私の体を掠め壁を砕く。前から“鞭”、後ろから“鉄球”が攻めて来る。私は正面に飛び込む。“鞭”に蹴りを浴びせ、反動で後ろに跳ぶ。空中で振り向くと同時に右手を振り下ろす。“鉄球”の片腕を斬り落とした。続けて攻撃しようとするが、“鉄球”の身体からまたもや棘が飛び出す。身をよじって躱す。直後、背中に激痛が走った。“鞭”か!

 動きが止まった私に“鉄球”が腕の鉄球を突き出す。跳躍するが間に合わない!私は両脚を折りたたみ、鉄球が直撃する瞬間に両脚で蹴りを放った。どうにか衝撃を相殺する。それでも完全ではない。弾き飛ばされた私は壁に激突する。一瞬呼吸が止まる。

「無理よ!どうしてそこまでするの?」

 オオカミの悲痛な声がする。どうして?…決まっている。私が生きているから。生きたいからだ。この胸の鼓動が尽きるまで、何度でも立ち上がってみせる。

「信じているんだ。諦めなければ、きっと…」

「余計に苦しむだけでしょう。」

「それが生きるって事だろう!」

 天井から破片が落ちて来る。本格的に部屋の崩壊が始まったようだ。このままでは良くて生き埋めだ。二体のセルリアンはお構いなしに向かって来る。私は奴らに向かい駆ける。“鞭”の攻撃を躱して身を屈めると“鉄球”に足払いを掛ける。バランスを崩し倒れる。よし!右手を突き出そうとするが、足に何かが絡まる。くそっ、また“鞭”か。絡みついた奴の腕を切り離す。仰向けの“鉄球”が腕を上げる。腕が伸びて私に向かって振り下ろされる。躱したものの、これでは決着がつかない。奴らはいいがこっちには時間がない。ここまでなのか?

 その時私の耳が音を捉えた。壁を叩く音。壁の向こう側から聞こえてくる。壁のひびが広がる。遂に壁が砕かれた。外側から。壁の穴から大きな影が姿を見せた。まさか…

「智也!!」

「タイリクオオカミ!!無事か!良かった。」

 思わず彼に抱きつきたくなったが、今はそれどころじゃない。彼も状況を察したようだ。さすが相棒。

「遅いじゃないか。お姫様を待たせるものじゃないよ。」

「姫?じゃじゃ馬の間違いじゃないか。良くて女戦士だな。」

 床が震動し始める。壁のひびが大きくなる。あまり時間は残されていない。

「何回だ?」

「え?」

「こいつらを倒す最短の手順だ」

「何の話だ、オオカミ?」

「智也、私には分かるぞ。君と私が掛け合わされば!」

 “鞭”が腕を振り回して迫る。私は身を屈める。智也のマフラーの一撃が奴を薙ぎ倒す。私の右手の刃が“鉄球”の腕を斬り落とす。智也がマフラーを奴の足に絡めて引きずり倒す。私は“鞭”に向かう。奴の攻撃を掻い潜り…

「智也!」

 渾身の回し蹴りを放ち、“鞭”を蹴り飛ばす。

「オオカミ!」

 智也が全身をしならせ、“鉄球”を投げ飛ばす。

 二体のセルリアンは空中で正面衝突して床に落ちる。

「無限大だ!」

 私は床を蹴り跳び上がる。右手を振りかぶりセルリアン目掛けて急降下する。蒼く輝く刃がセルリアンを串刺しにした。持てるサンドスターを右手に集中させる。限界まで圧縮された高濃度のサンドスター粒子が臨界に達し、互いに反発して拡散する。それはセルリアンを構成するサンドスター・ロウと連鎖反応的に対消滅を起こす。セルリアンが光に飲み込まれる。

 遥かな時、遠い何処かで私は見た。東天に輝くその星を。蒼く燃え盛る瞳を。

「…天狼咆哮シリウスハウル。」

 二体のセルリアンは光の粒子と化し消え去った。

 部屋全体が大きく揺れる。

「ここはもう崩れるぞ!早く出よう、こっちだ!」

 智也に促され彼が空けた壁の穴に向かう。

「お前も来い!急げ!」

 オオカミに呼びかける。

 私達は崩れ落ちる通路を駆け抜ける。前に階段が見える。

「もう少しだ!」

 智也の後に続き階段を上ろうとする。足元の床が崩れ落ちた。左手で階段に捕まり、右手を後ろにいるオオカミに向かって伸ばす。オオカミも右腕を伸ばす。

 私の右手は空を掴む。彼女の右手があった筈の場所を。

 彼女が落ちて行く。ひどくゆっくりと、スローモーションのように見える。微笑んだその唇が呟いた。

 あ り が と う

 私にはそう聞こえた。

「オオカミ!」

 智也が私の左手を掴んで引き上げる。

 彼女はフレンズじゃない。それなのに、どうしてこんな気持ちに…

「…ここも危険だ。出よう、オオカミ!」

 彼に引かれるようにして私は建物の外に出た。

「とんだ事になったな。でも君が無事で良かったよ。…大丈夫か?」

「……」

 無言で立ち尽くす私を彼が優しく抱きしめた。軽く背中を叩いてくれる。

「…ありがとう。大丈夫よ。」

「ん?」

 また、素の口調が出てしまった。私は彼から離れて咳払いをする。

「大丈夫だ。私の方こそ済まないな。君をこんな事に巻き込んだりして。」

「平気さ。相棒だからな。疲れただろ、帰ろう。」

 彼が左手を差し出す。右手でその手を掴む。私達は並んで歩き出す。彼の手の温もりが伝わってくる。この温もりだけは手放したくない。



 アリツカゲラです。こんなお話ご存知ですか?女性のお化けが出る古い遊園地。観覧車のゴンドラが落ちたりするそうです。ポルターガイスト、でしょうか?怖いですね〜。

 あ、そうそう、話は変わりますが、もしジャパリポリスでお住まいをお探しなら、是非ともホームARITUKAで。きっと素敵なお部屋が見つかりますよ。お気軽にどうぞ。



 次回 『Physician of friends』

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